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アジ・ダハーカの箱 第5話:死都編 【承】

"……それにしても、噂通りだな"

"ああ、驚いた。信じられん"

"本当に……犬属性のドラゴンどもが寄って来ない。一度も襲われてない。このまま目的地まで到着できるんじゃないか"

"そうだな。車を走らせてけっこう経ってるが、こんなにど真ん中のルートを通ってもまったく襲ってくる気配がない。不思議なほどだ"

"見ろ。向こうにいるのは犬属性ハイエナドラゴンだ。目が光ってる。……こっちを見てる。何匹もいやがるぜ。あいつらが人間の車を襲撃しないなんてよっぽどのことだ"

"ひひひ、これもお嬢さんの狼殺しとやらの恩恵ですかな?ありがたや、ありがたや"

"おい!クソジジイ!私はお嬢さんじゃない。次にそんな呼び方をしたらそのガスマスクの中に手榴弾を食わせてやるからな"

"うひひひひ、おお、こわい、こわい"

"ギフト、やめろ。おまえは黙っててくれ"

"チッ、卑しい毒使い野郎がよ"

"……犬属性を退ける能力、赤ずきんの実績か。本当にドラゴンからこんな力が授かるとは"

"まあな。私自身も驚いていることだ。狼を始末してからずっとこんな感じが続いてる"

"便利なスキルだ。さぞや重宝されただろう"

"ヴェロニカ・ザ・レッドフードはその道では有名だからな。報酬がべらぼうに高いってよ"

"ハ!それはどうも。私もドラゴンハンターと名高いサンダウナーどのに会えて光栄だ。まあ、今は首輪付きで、しかも料金後払いで雇われてる身だがな"

"おまえもか!奇遇だな。まったく、後払いってのはクソみたいな気分になるぜ"

"サンダウナー、ヴェロニカ。二人とも、何を言ってる。報酬は支払うさ。ギフトもだ。必ずな。それに……狼殺しの実績、赤ずきんが実在するとなると、禁断の紋章の情報も真実味を帯びるというものだ"

"ふん、どうだか。担がれてるんじゃないだろうな"

"そんなことはないさ。頼りにしているぞ。ヴェロニカのおかげでここまで無傷だ。もうすぐで到着する"

"……"

"どうした?"

"いや、ちょっと狼を始末したときのことを思い出してな。奴を殺してから赤ずきんだなんて呼ばれもしたが、狼野郎が死に際に放った言葉が気になるんだ"

"言葉?狼属性ドラゴンウルフのか?"

"ああ、ここに来てから予感がするんだ。呼ばれてるんじゃないかって"

"呼ばれてる?誰に?奴はなんて言ったんだ?"

"それは……"

……

……

……

記憶が古びたカセットテープの録音機能の如くまだら模様に再生される。それと同時に、脳が認識させる速度の概念が鈍化した。いや、逆だ。限界まで研ぎ澄まされたのか。交通事故や何かで時間の流れが遅くなったかのように感じられることがあるそうだが、疑わしく思っていた。その考えは撤回する。本当だった。今はすべてがスローだ。スローモーションの世界が俺の目前で繰り広げられている。鉛のように重苦しい鈍色の時間が流れる。それもそのはずだ。

「ううっ、ぐっ、く、く」

……ここは死都ロサンゼルスのとある廃ビルの一室。

「くそッ!離せ!クソ野郎!」

あそこで首を絞められて呻くのは俺たちの仲間、ヴェロニカ!

彼女は狼属性のドラゴンを始末した、ザ・レッドフードの異名を持つ優秀な傭兵だ。さっきまで再生されていた記憶、ピクニックに行くときのバスみたいな呑気な会話のなかで話されていたこと……狼属性ドラゴンウルフの最期の言葉……!今なら彼女が言っていたことがわかる気がする。なぜなら、"いる"からだ。目の前に。ヴェロニカの首を片腕で締め上げるのは、ローブを着てフードを深く被った痩身の女性のような姿をしたドラゴン……奴こそが悪名高き呪属性ダムドゥドラゴン!ヴェロニカの過去を刈り取りに来た死神だ!

死都ロサンゼルスへと首輪型爆弾での管理付きで潜入した俺たちは、今、そこにいるもっともヤバいドラゴンに襲撃されている。

キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!

外は雨のように釘が降っていた。そう、釘だ。本物の釘。雨音でなく金属音が絶え間なく鳴り響き、とてもうるせえ。中も外もどちらも信じがたい光景だ。いや、こんなことが現実だと信じたくない。

まずい、まずいぞ。本当にまずい。

ドラゴンが持つ特有のプレッシャー、テレパシーめいてその存在感だけで理解させられた。ダムドゥドラゴンはヴェロニカを殺すつもりだ。暗黒のようなフードの中の表情を見ることはできないが、愚かでちっぽけな人間どものことを嗤っているのはわかる。もちろん、ヴェロニカをやったその次に狙うのは俺たちだろう。奴に銃は無効だ。わかる。銃弾なんかじゃ殺すことはおろか傷一つつけることすらできない。確信した。ドラゴンとは本来そういう存在だ。ロサンゼルスを一晩で滅ぼしたドラゴンのうちの一匹ってぐらいヤバい奴なら尚更のこと。じゃあ、いったいどうすれば……どうする?どうすれば良い!このままではヴェロニカが殺される!

「がはッ!畜生ーッ!死ね!」

ヴェロニカは足が宙に浮くほどの膂力で首を締め上げられながらも、腰に装備したコンバットナイフを抜き、呪属性ダムドゥドラゴンに向けて振りかぶった!

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