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サンタさんへのお願い  @7472


庭に咲いている金木犀の香りが家中を満たす午後。子ども部屋のドアを開けた瞬間、茜は部屋の中に入ることをためらった。  

部屋の中央に位置するドア。その正面には秋のやさしい光がそそぐ窓がある。窓に面しておかれた勉強机は、DIYが大好きな茜の手づくりの作品だ。机の前におかれた椅子は、昔どこかの小学校で使われていた木製の椅子。

その小さな椅子に腰掛け、机に両肘をついて手を組み、まるで祈りを捧げるような格好でうつむく藍の姿があった。10歳とは思えない小さな頭にちょこんと乗っかっている漆黒のショートヘアには、文字通り天使の輪が輝いている。

ふたつ仲良く並んだ机の横には本棚が。10歳の藍と6歳の緑、それぞれの本棚を見ると、ふたりが育ってきた道を自然と思い出し、いつもどんな時でもやさしい気持ちになる茜だった。本棚の横にはベッドが・・・シンメトリーに配置された子ども部屋は、いずれふたりが成長したら部屋の中央に壁を作ってふたつの独立した部屋になる予定だ。

ベッドの頭の少し上には、丸い小さな嵌め殺しの窓があった。藍と緑はその窓をたいそう気にいっていた。ふたりしてその窓をハイジの窓と呼んでは、何かにつけてそこからの景色を楽しんでいた。


部屋の中にかすかに香る檜、窓から差し込む光の筋、キラキラとひかる細かなホコリまでもが、なにやら神聖な雰囲気を漂わせているように感じた。

茜が部屋に入ろうとしていることに気づいていない様子の藍は、じっと動かず姿勢を変えない。いくら母親でも、想いで宇宙遊泳している娘の邪魔はできないし、そんな野暮な女ではないという自負が茜にはあった。藍に気づかれないようそっとドアを閉めて茜は階段をおり台所と向き合うことにした。


***


クリスマスまで数週間。茎に十字の切れ目をいれ、水をはったボウルにほうれん草をひたした。土が茎から追い出されていく様子をぼんやりと眺めながら、茜はクリスマスプレゼントのことを考える。

ふたりとも、去年まではサンタクロースの存在を心から信じていた。ところが、今年は様子が違ってきた。小学校4年生の藍が、友だちにサンタクロースの存在を否定されたらしい。

「ねえ!母さん!サンタクロースがいない・・・って本当なの?プレゼントは本当は母さんや父さんがお店で買ってきて用意してくれてるって・・・本物のサンタさんなんかいない!って本当なの?!」

学校から帰るなり、怒ったような声で茜に詰め寄る藍の目にはうっすらと涙まで浮かんでいた。そろそろ本当のことを話してもいい年齢だと思ったけれど、大人になる準備もまだできていない小さくて幼い藍だった。もう少しだけ夢の世界の住人でいさせてあげたい・・・そう考えた茜は咄嗟にそれを強く否定した。

「そんなわけないじゃない!サンタさんはいるよ!母さんも本物のサンタさんに会ったことはないけどね・・・でもサンタさんはいるって思ってる。だって・・・そんなこというなら、今までのプレゼントはいったい誰が持ってきてくれてたの?」

「栞ちゃんがいってた・・・プレゼントはみんなパパやママが用意してくれてるんだって・・・サンタさんが配ってるわけじゃないんだって・・・」

そう言うと、黒い瞳を輝かせていた涙が一滴すーっと頬を伝った。

言えない・・・涙を流すほどにサンタクロースの存在を信じているこの小さくて可愛い女の子に、サンタクロースはいない・・・とは言いたくない。いつかきっと本当のことを知るだろう。でも涙を流すほど、藍の心の中にいるサンタクロースはたいせつな存在なのだ。今はまだその時じゃない。もしかしたら今年が最後になるかもしれない。けれど、それでも、なんとかこの涙をとめてあげたい・・・茜はそう思った。


「そっか・・・あのね・・・よく聞いてね。お花の中に住んでいる小さな妖精・・・母さんには見えない。茜にも見えないでしょ?それでも、お花の中にはなんだか妖精が暮らしているような気がするじゃない?それと同じことだと思うの。サンタさんがいると思っている子どものところへは、サンタさんは必ずやってくる。でもサンタさんなんかいない・・・そう思っている子どものところへは、残念だけどサンタさんは来ないんじゃないかな・・・って母さんは思うんだ。だから、サンタさんは本当にいる!そう信じている藍のところには、今年もサンタさんからプレゼントが届くと思うんだけど・・・そう思わない?」


そこまで一気にいい終えて茜は藍の顔を見ながら微笑んだ。べそをかき、困ったようなもっと泣きたそうな顔をしている藍。けれど、なんとか、どうにか、自分自身を納得させようと決心したかのように首をたてにふってうなずいた。そういうほんの些細なことであっても、子どものこころが昨日よりほんの少しだけ成長していることを感じる茜だった。


***


去年まではよかった。クリスマスのプレゼントの準備に困ることなどまったくなかった。ほしいプレゼントを空の上のサンタクロースに聞こえるくらい、大きな声で窓にむかって叫べば、きっとサンタさんにも聞こえる。そんんな話をふたりに言って聞かせていた。そうしてふたりが窓からプレゼントのリクエストを大絶叫しているところをこっそり聞いては、プレゼントを用意してきた。


けれど、今年は違う。緑は早々に窓にむかってプレゼントのリクエストをしていたが、藍はいつまでたってもリクエストの絶叫がない。と思ったらテレパシーでも送っているつもりなのか、机に向かって祈りの姿勢だ。


これは困ったことになった。ほうれん草の土をこそげながら、どうしたものかと考える。けれど、何もいい考えが浮かばない。仕方なく、ほうれん草をあきらめて、居間のテーブルに向かって椅子に腰掛けた。そして藍と同じ姿勢をとってみる。


と、ほんの一瞬、茜の頭の中に光がはしった。同時に見えたのは碧い色の目をした黒猫だった。茜は確信した。猫だ。碧い色の目をした黒猫だ。でもどうして・・・?動物を家族に迎えるには、それなりに覚悟が必要だ。始めの一年間はきちんとした躾をすること。また、それ以上に愛情をたっぷり注いで育てることが犬や猫と暮らすためには必要不可欠だと説明してある。


フルタイムで仕事をしている茜には、とても生き物の躾をするだけの余力はない。となれば、それは必然的に藍の仕事になるはずだった。果たして、今の藍にその大役が務まるのだろうか?そんなことを考えずにはいられない茜だった。


夕飯の支度にもどる。考え事をしながら手をうごかしているせいか、いつもより余計に時間がかかる台所仕事だった。


***


その後、何度か子ども部屋のドアを開けると、あの時と同じような姿勢で机に向かっている藍の姿に出くわした。そのたびに茜は居間のテーブルに向かって両手を組んで目を閉じてみる。すると必ず碧い目の黒猫が現れた。何度も黒猫をみるうちに、いつしか茜の心の中にプレゼントは碧い目の黒猫を探してあげよう・・・という気持ちが芽生え、やがてそれは強い決心へと変わっていった。


犬や猫を飼うなら、里親募集を募る非営利団体から・・・と、漠然と考えていた茜は、近隣の団体に片っ端から問い合わせをして、碧い目をした黒猫がいないかどうかを問い合わせた。けれど、茜の頭に浮かぶ黒猫はどこにもいない。そんなある日、問い合わせをした団体の人が言った。


「そもそも、碧い目の猫というのは、日本猫ではなくて、ラグドールやシャム猫、ペルシャ猫のような猫なんです。だから、黒い猫で目の色が碧というのは、かなり希少で高価な猫なんですよ。こういう場所にやってくることはまずありません・・・。ただ、例外もありますよ。たとえばですけど・・・親猫のうち片方が日本猫で片方が黒シャムなら碧い目の黒猫が生まれるかもしれません。雑種というくくりになるので、そういう子なら、うちのような場所にやってくる可能性もありますけどね・・・」


その話を聞いた茜は、今まで問い合わせをした団体とあわせてそれ以外の団体にも碧い目の黒猫がもしも里親募集になったときには、ぜひ知らせてくれるようお願いの電話をかけまくった。


その甲斐あって、クリスマスの1週間前に碧い目の黒猫がみつかった。茜は黒猫の引き取りに、県内の団体へキャリーバッグ持参で出かけた。小さなアパートの一室は、清潔な感じのいい部屋だった。台所に詰まれた猫砂と猫餌の山。壁に貼られた予定表には、里親希望者の面会予定がぎっしりと書き込まれている。室内にはケージが二段におかれ、猫たちが生まれたであろう年月と保護された場所や日時、また既往症などが事細かに書き込まれたネームプレートがかかっている。猫たちはおっとりした様子でくつろいでいた。


一番奥の下の段にいた、碧い目の黒猫のケージには、同じように碧い目をしたキジトラの猫が両手をばんざいにして仰向けの状態で昼寝をしている。黒猫は猫砂の中で目を閉じて用を足している最中だった。


他のケージはすべて一匹ずつ入っているのに、なぜこのケージは二匹一緒に入っているのか疑問に思った茜は思った通りに聞いてみた。すると、ふっくらしたいかにも猫好き・・・といった感じの女性が「この子達は兄弟なので、できれば二匹一緒に里親としてひきとってほしいと思っているんです」と話してくれた。


そのときひらめいた。

昼間、家の中には数時間、誰もいない時間帯ができてしまう。ひとりぼっちで寂しく留守番をしているうちに、イタズラをする可能性もあるだろう。ならば、寂しくないように、遊び相手がいたほうが、黒猫にとっても幸せではなかろうか・・・それに・・・兄弟なら、引き離すのも可哀想だもの・・・

そして気づいたときにはキャリーバッグの中に二匹の碧い目の猫をいれて自然と急ぎ足になる茜だった。


***


クリスマスまでの数日、その間は近所のペットホテルに預かってもらうことにした。できるならすぐにでも家に連れ帰りたい気持ちだった。人間の都合で、あちこちたらい回しにするのはどうか・・・という気持ちがなくはなかった。でも、藍にとって、これが最後のサンタクロースからのプレゼントになるかもしれない・・・そう思うと、少し可哀想ではあるけれど、猫たちにはほんの少しだけ我慢してもらうことに決めた。


やがて、クリスマスイブの夜・・・。家族でごちそうを食べて、トランプをしたりUNOをしたり、オセロをしたり、ひとしきり遊んだ9時。子ども部屋に向かうふたりと「おやすみ」を交わす。ふたりが部屋にはいったのを確認し、急いでペットホテルへ向かう。そして碧い目の猫二匹を家に連れて帰ってきた。


ペットホテルに予め持ち込んで二匹が使っていた猫トイレを洗面所の洗濯機の横に置く。水とご飯用のホーロー容器をランチョンマットの上に置き、二匹が入ったキャリーをそのすぐそばに置いた。キャリーの扉を開けてそっとその場を離れる。ソファに座って静かにしていると、音を立てながら交互に水を飲んでいる音が聞こえる。やがて、腰を少し低くし碧い目をクルクル、かなり警戒しながら、家中の探検がはじまった。ひととおり家の点検が終わると今度はソファに飛び乗って二匹でじゃれあっている。


なんとも微笑ましく、癒される光景だった。


珈琲をいれて、編みかけのマフラーを編もうと毛糸だまを手にしたその時、いきなり手にしがみつきじゃれてきた。可愛い・・・。すでに鼻の下が伸びてデレデレ状態の茜は、編み物をしながら猫じゃらしや小さなボールで二匹の子猫たちと思う存分遊んだ。いつの間にか猫と一緒に居眠りをしていたようで、気づくと朝4時になろうとしていた。


「あぶない!あぶない!すっかり居眠りしちゃった・・・虐待につながるようなことはしたくないけど、サンタさんからのプレゼントなんだからね・・・君たちはちょっとだけここに入っててちょうだいね・・・」


そう言いながら二匹を白いキャリーバッグに閉じ込めると、大きすぎる真っ赤なリボンをバッグの上の持ち手の部分にくくりつけた。しばらく心細げにみゅうみゅう泣いていた二匹も、新しい環境の中で疲れたのか、すぐに重なりあって眠ってしまった。


静かになったところで、仕舞っておいた緑のプレゼントを押入れから出す。居間にあるクリスマスツリーの根元に、緑のプレゼントと藍のプレゼントをセット。


「よしっ!これで準備OK!あとはふたりが起きてくるのを待つばかり・・・ふたりともどんな顔して喜んでくれるかな・・・楽しみにだな・・・」


どちらがプレゼントをもらうのかわからないくらい、いつになく気持ちがソワソワしている茜だった。気を落ち着けようと、ミルに珈琲豆を入れて、ゆっくりと豆を挽く。ほんのりと香る珈琲の香り。なんて気持ちがいい朝なんだろう・・・カーテンを開け、真っ暗な空に輝く月を眺める。


珈琲を飲んで編み物の手を動かしていると藍と緑が階段を下りる音が。ふたり同時に「おはよう!」と言いながら居間に入ってきた。ツリーにかけよるふたり。同時に二人同時に奇声を発した。

「わあーーーーーーーい!緑がサンタさんにお願いした通り!一輪車!!!
色もピンクだよ!母さん!見てよ!ほら!ピンクの一輪車だよ!やったーーーーーーー!」

ピンクの一輪車にくくりつけてある水色の大きなリボンをはずしながら頬を少し赤らめた緑が喜んでいる。

緑の喜び様とは裏腹に、藍は目にいっぱい涙を湛えて白いキャリーバッグを覗き込んでいる。そして透明な扉の奥で光っている碧い目の猫を見つめながら、藍はなぜかキャリーバッグをなでている。


「どうしたの・・・藍?サンタさんにお願いしたプレゼントと違った?リクエストしたのとは違うプレゼントが届いちゃった?」


そう言いながら茜はキャリーバッグの扉を静かに開けた。周りを警戒しながら、腰を落としてあちこち匂いをかぎながら忍び足で出てくる二匹の猫を見た途端、藍はしゃくりあげて泣き出した。


「サンタさん・・・藍がお願いした通り・・・碧い目の猫ちゃん・・・連れてきてくれてたよ・・・サンタさんは・・・本当にいるんだよね?母さん?だってそうでしょ?母さんは鳥ならいいけど、犬や猫は駄目!ってずっと言ってたもん!!!だからこれは母さんじゃなくて、絶対サンタさんからのプレゼントだよね・・・?ね・・・?そうだよね・・・?」


「うん・・・そうだね…サンタさんが届けてくれたんだと思うよ・・・」


そう言いながら茜の目にも涙がうかぶ。二匹の猫はふたりの小さな女の子の匂いを代わる代わる嗅いだり、小さな手の甲を舐めたり点検に余念がない。
藍も緑も動物が大好きだ。ふたりして猫のやわらかな毛をなでながら碧い目をのぞきこみ話しかけている。いい眺めだった。


「ねえ・・・藍・・・どうして猫がほしいって・・・サンタさんにお願いしようと思ったの?今まで動物がほしいなんて、ひとことも言ったことないのに・・・なにか理由があるなら、教えてくれない?」


うつむいて自分の手をじっと見ながら何か考えているような様子だった藍が、しばらくしてやっと口を開く。


「うん・・・あのね・・・仲良しのお友だちのリュウくんわかる?弟がシュウくん・・・ふたりともサッカーやってる・・・うん・・・あのコね・・・ママとね・・・離れ離れになっちゃったの・・・ぜんぶ話きいてないからよくわからないんだけど・・・とにかく・・・生まれてからずっと一緒にいた大好きなママと会えなくなっちゃったの・・・この前ね・・・学校から一緒に帰ってくるときにね・・・ママに会いたい・・・っていってすごくいっぱい泣いちゃってね・・・だからって、母さんがリュウ君のママの代わりになれるわけなんてないし・・・藍なんかなんにもしてあげられないし・・・それでね・・・うちに猫がいたら・・・一緒に猫と遊べたら・・・もしかしたら・・・少しは元気になってくれるかな・・・って思ったの・・・だから母さんにお願いしても無理だって思って・・・サンタさんにお願いすることにしたの・・・」

そこまで話すと藍は突然に大きな声で泣きながら茜の胸に顔をうずめた。友だちのことを思って涙を流すことができるわが子を、こころから愛おしいと思った。

「そう・・・そんなことがあったんだ・・・リュウ君もシュウ君もきっと心細いだろうね・・・事情がよくわからないけど・・・でもね・・・藍がそうやってふたりのことを思っている気持ちは、きっとリュウ君とシュウ君の力になるはずだから・・・お話したくさんして・・・一緒に猫たちの面倒もみてもらって・・・母さんもふたりのママに連絡してみるから・・・ね・・・心配だろうけど・・・大丈夫!今年はもう間に合わないけど、来年はリュウ君とシュウ君のママのところにも、サンタクロースが来てくれるように、みんなでお願いしてみよ!・・・ね!きっと大丈夫・・・なんとかなるから・・・ね!」


藍の様子を不思議そうにみている緑の視線を感じながら、茜はいつまでも猫の毛のように柔らかい藍の髪を撫でていたいと思った。そして、あふれる涙をとめようともせずに、静かにゆっくりと目を閉じた。



おしまい




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久しぶりに物語を紡ぐきっかけをくださったことに心から感謝します!

ありがとうございました


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