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私の星の時間。失恋とクォーターライフクライシス

 これは、私が私のために書く記録である。私は愚かだから、犠牲を払って得たこの宝を、いつか忘れてしまうかもしれない。そうならないよう、ここに書き残す。これはサンプル1の私の経験で、他の誰も救わないかもしれない。でも誰か共感してくれたら、ちょっぴり嬉しい。
 私は高校生の頃から7年間交際していた恋人がいたのだが、先日振られてしまった。あまりの衝撃で、自分の価値観がひっくり返ってしまい、クォーターライフクライシスが終了した。

○はじめに

時間を超えてつづく決定が、ある一定の目付の中に、あるひとときの中に、しばしばただ一分間の中に圧縮されるそんな劇的な緊密の時間、運命を孕むそんな時間は、個人の一生の中でも歴史の径路の中でも稀にしかない。こんな星の時間──私がそう名づけるのは、そんな時間は星のように光を放ってそして不易に、無常変転の闇の上に照るからであるが──(後略)

シュテファン・ツヴァイク. 人類の星の時間 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.30-35). Kindle 版.

 シュテファン・ツヴァイクは、人類の今後を左右するような発見やひらめきが訪れたほんのひとときの短い時間を、人類の星の時間と名付けた。
 7年間交際した恋人に別れを告げられた。目の前が真っ暗になった。別れを告げられた土曜の夜は、私の人生の中で最も辛く、最も長かった。私は人間の形をした虚無となった。しかしその夜を超えて気付いたのだ、私の価値観にパラダイムシフトが訪れたと。私はこの経験を、「私の星の時間」と呼ぶことにする。

○孤独と自立

 私は濁流のような感情に飲み込まれていた。もう二度と楽しさや幸せを感じることなどできないと確信した。私の心臓はくり抜かれた。私の半分が失われてしまった。私という人間がこの世界から消えた。喪失感という言葉では到底足りなかった。もう二度とこの暗闇から抜け出すことなどできはしないと思った。あの土曜の夜、永遠の孤独を味わった。
 次の日の朝、心の片隅に小さな温かみを感じることができた。私は自問した、「お前は本当に孤独なのか?」。
 私には家族がいる。友人がいる。確かに、昨日まで私の感情の全ては恋人だった。世界の全てが失われても、恋人がいるならまあいいかと思っていたかもしれない。それほどまでに感情的に依存していた。だから土曜の夜に感じた永遠の孤独に偽りはない。しかし、恋人は世界の全てではない。恋人がいなくても、私のことを大切に思い関係性を保ってくれている人はいる。そんな人達のことを今まで忘れていたなんて、私はなんて不誠実な人間なんだろうか。
 恋人に感情の全てを依存する、恋人がいればもう何でもい。これは私の問題を放棄して逃げることであるし、恋人にとっても迷惑な話である。

いうまでもなく、自分が自立していなければ、人を尊重することはできない。つまり、松葉杖の助けを借りずに自分の足で歩け、誰か他人を支配したり利用したりせずにすむようでなければ、人を尊重することはできない。

エーリッヒ・フロム. 愛するということ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.494-496). Kindle 版.

 私は自分の感情という側面で、全く自立していなかった。自分の足で歩くことに疲れ、恋人に頼りきりでいた。結局、恋人を尊重できていなかった。私は恋人を利用していたのかもしれない。もちろん、そんなことしたくはなかったし、しているつもりもなかったのだが、結果として利用していたのだったら同じことだ。
 私は孤独ではない。私は自立しなければならない。そんなことにようやく気付いた。

○勝利と幸福

 私の行動原理は、常に「勝利」であった。ライバルに勝つこと、私が一番になることが最も重要だった。だから、平凡や凡庸を嫌った。勝利することで、私の自尊心が満たされた。私は天才型ではなく努力型で、大抵のことは努力することで人並み以上にできた。向上心のある努力型と学校教育(特に義務教育)というシステムは、驚くほど親和性が高い。努力すれば必ず報われるものではないが、勉強、特に小中学校の勉強は努力が報われやすい分野だ。学校のテストは勉強すれば点が取れるし、くもんは量を解けば何学年も先に進める。学校では勉強以外でも、発言回数や、読書記録、家庭自習量など、様々な部分で生徒同士を競わせる。向上心のある努力型は、まるでそれらが自分のためにあると言わんばかりに、全てで勝利を目指す。勉強ヒエラルキーのトップの生徒たちは、友人であると同時に、ライバルだった。小学校でも中学校でも、勉強面では常に上位だった。絵も描けたし楽器も演奏できた。私の自尊心は、満たされた。
 進んだ高校のネームバリューで、「頭が良い」の自尊心は満たされていた。だから私は部活に注力することにした。高校から始めた競技であったが、マイナーなスポーツだったこともあり、努力し、ある程度の成績を収め、3年の夏まで大会に出た。私の自尊心は、満たされた。
 高校時代は部活と行事にかまけたので、受験は失敗し浪人した。しかし私の向上心と努力を受験勉強に全ベットしたので、右肩上がりで成績が伸びた。第一志望の学部には落ちたが、第一志望の大学に合格した。私の自尊心は、満たされた。
 大学に入学し、スポーツ系のサークルに入ったが、人間関係が合わず辞めた。今までのように、受験や大会のような目標がなく、自分が平凡で凡庸な人間になってしまったと思った。「普通」に就活をしても、その先平凡な人生しか待っていないだろうと思った。だから特別な職業に就こうと思い、特別な職業に就くための試験を受けた。しかしその試験に落ち、私が「普通」だと思う会社に就職することになった。凡庸な人間になってしまった気がした。私の自尊心が、初めて満たされなかった。そして拗らせた。
 就職し、働いて、私の人生が凡庸になってしまったことを嘆いた。この先、結婚して、子供を生んで、働くのは当たり前で、それをこなした上で何か特別なことをしないと、生きる意味がないと思った。私は人生をチェックリストの連続だと思っていた。凡庸な項目をチェックした上で、何か特別なイベントを起こさなくてはいけないと思った。特別なことをして勝利すれば幸せになれると信じていた。クォーターライフクライシスだと思ったが、症状に名前がついたところで何も解決しなかった。
 苦しかった。今とは違う特別な自分を求めるということは、現在の私を否定するということだ。私は私でいいと、恋人はずっと伝えてくれていたのに、私自身も、恋人も信じることができなかった。7年間も同じ言葉をかけてくれていたのに相手に全く届かないことがどれほど辛いか。空虚だっただろう。全部私が悪い。
 全て苦しくて、何も楽しくなかった。幸せになりたいだけなのに、どうすれば幸せになれるのか皆目見当がつかなかった。

 私がこうなった原因は、人生の大きな局面で、自分の勝利条件を常に満たしてきたからだ。目標を達成し集団の中で地位が向上する。私はこの勝利を、幸いなことに今まで積み重ねてきた。そして、勝利こそが、いや勝利のみが喜びであると、学んでしまった。
 しかし恋人に振られて私の価値観にパラダイムシフトが起こった。勝利を求めても私は幸せにはならない。実際、凡庸を憎み勝利を求めたこの2年間、幸せを感じていなかった。
 私は勝ちにこだわった学生生活を送ったが、それを差し引いても、友人に囲まれて楽しい時間を過ごしたはずだ。7年間も一緒に過ごしてくれた、恋人だっていた。私が愛する人を大切にし、私が楽しいと思う時間を大切にする。これこそが、幸せなのではないか。達成と地位向上による快楽は、所詮一時的なものに過ぎない。生きる喜びは、愛と楽しさを大切にする私の精神世界にこそあるのではないか。
 これが幸せだと、ずっと前から知っていた。でもどうしても腑に落ちなかった。私は勝ちにこだわる生き方しかしてこなかったから、これからもこう生きるしかないと思っていた。変わりたいと思ったこともある。けど自分自身の力では自分の考え方を変えられなかった。しかし恋人を失うという人生で一番の苦痛と引き換えに、生きる喜びを見つけた。やっと、呪縛から解放されたのに、君だけがいない。本当に苦しい。けどこの苦しみは、大いなる宝の代償だから。失わなければ何も得ることはできない。君を求めるのはずるい。君を失わないと私はまだきっと不幸に縛られていたから。平凡なんてない、私は私を幸せにしたい。私が私を受け入れることで、クォーターライフクライシスは終わりを告げた。

○共感

燃えるように目映く明るい流れ星が視界を横切り、眼のまえで燃え尽きた。それは生涯のなかで見たもっとも驚くべき光景のひとつだったが、わたしが驚いたのは自分自身の反応のほうだった。その瞬間をゆっくりと味わったり、自分の幸運をひとり反芻したりするのではなく、わたしはすぐにまわりを見て甲板に誰かいないか確かめた。わたしが望んだのは、誰かのほうに向きなおって「すごかったですね、いまの見ました?」と言い、赤の他人から「ええ、きれいでしたね!」という答えを聞くことだった。相手は誰でもよかった。(中略)しかし、このインド洋上での経験によって、自分の性格をまるっきり誤解していたのだと知った。その美しい光景を目の当たりにした地球上で唯一の人間であることを特別に感じるのではなく、むしろわたしは、流れ星がそれほど現実的ではなく、その経験がより意味のないものだと感じていた。なぜなら、わたしはそれを誰かと共有することができなかったからだ。

ウィリアム フォン・ヒッペル. われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 (Japanese Edition) (pp.138-139). Kindle 版.

 私は1人でなんでもできる人間だと思っていた。1人でライブも行くし、1人で東欧旅行も行く。むしろ1人の方が刺激的で楽しい、そう思っていた。1人でなんでもできて自立している自分が、かっこいいと思っていた。1人は複数人で行動するのとは違う刺激があり、魅力があることは否定しない。しかし1人で楽しんでいる時、その楽しさは自分の中で完結していたか?
 1人でライブに行った時、その素晴らしさを友人に話し、動画をストーリーにシェアした。1人で東欧旅行に行った時、楽しかったことや怖かったことを恋人に話し、美しい景色や美味しい料理の写真を送った。思い返してみれば、友人と一緒にライブに行った時の方が圧倒的に楽しかったし、1人で食べたザグレブ風カツレツよりも、友人と一緒にロヴァニエミのサブウェイで食べたサンドウィッチの方が美味しかった。
 1人で楽しんで、1人でその感情を処理していることなんて、1つもなかった。1人で楽しんだとしても、私は誰かと共有したかった。私は1人では何もできていなかった。 
 1人で異国を旅して生き残ることの達成感は異常である。その報酬(ドーパミン)は、平凡な日常を憎み、複数人で旅をすることを嫌うのには十分である。いつしかわたしは、1人で異国を旅をすることにしか、旅行の楽しさを見出さなくなっていた。「温泉?気持ちはいいけど旅行ではないよね」
 せっかく一緒に旅行しているのに、現在の楽しさに共感してくれない人間と、誰が一緒に出かけたいというのだ。もちろんその場ではある程度楽しむが、満たされない私の気持ちを察していたに違いない。
 本当のところ私自身は常に共感を求めていた。日常にあったこと、些細なことでも感情が動いた時、恋人にLINEしていた。おそらく尋常ではない量を送っていた。それは全て、共感が欲しかったからだ。私の全てに共感してほしかったからだ。私は今まで考えたこともなかったが。
 そんなに共感が欲しいなら、一緒に経験すればいい。ナルヴィクで1人で見たオーロラよりも、ロヴァニエミで友人と見たただの夜空の方が、鮮明に覚えている。その瞬間を一緒に共有したからだ。私も自分の性格をまるっきり誤解していた。私は一人では生きられない。

○手持ちカード

 恋人に別れを切り出されて気付いた、私はこの人の心を変えることはできないと。私には変えられないことがあると、やっと自覚した。
 そんなことは当たり前だとあなたは笑うかもしれない。しかし私は手持ちカードが不公平だった時、それがどんなに仕方がないことだとしてもかなりの熱量で怒っていた。
 例えば、生まれた家によって生じる人生の違いの不合理さを嘆いていた。ビルゲイツの子供は言うまでもなく裕福だ。彼らはお金が原因でやりたいことを諦めるという経験はないだろう。なぜ生まれた家が違うというだけで、選択肢に差が生まれるのか。こんな不合理は納得がいかないと、本気で思っていた。他にも、世界の公用語が英語であるということ(もちろん世界の公用語などないが、英語であると言っても過言ではないはずだ)なども挙げられる
 わたしの友人はこの話を聞いて笑った、そんなの当たり前だよと。当たり前なのはわかっている、けれども腑に落ちなかったのだ。

 しかし恋人にもう好きではないと告げられて、初めて私の努力ではどうにもならないことに正面から向き合うこととなった。恋人の心は私の手持ちカードにはない。努力しても錬成できない。自分がいかに無力であるかを思いしった。私は自分に配られたカードを初めて自覚したのだ。私が影響力を行使できる範囲には限界がある。持っていないカードは、持っていないから仕方がないのだ。
 このことを理解したら、コンプレックスも持っていないカードをねだる行為だったのだとわかった。自分が持っていないカードをいくら望んでも持つことはできない。もしそのカードがお金を出せば買えるものであるのならば、買えばよいが、買えないものもたくさんある。持っていないもの、持てないものについて心を病んでも、仕方がない。
 私はコンプレックス人間だったので、このことが腑に落ちたのはとても嬉しい。もちろんこんなことは昔から知っていたのだ、それでも腑に落ちないから、コンプレックスとして悩んでいたのだ。私は私が持っているカードを大切にする。

○人生考

 楽しみは、基本的には何かのご褒美だった人生だ。本来、目標を設定し努力してそれを達成することそれ自体は楽しいものである。しかし私にとって、受験や部活のプロセスは、楽しさ以上に苦しみが勝つ場合が多かった。苦しんで努力して、目標を達成し地位が向上する(勝利する)。その結果、幸福や喜びを感じ、目標達成のご褒美として楽しいことを楽しむことが許される。だから、楽しいことだけをしていると、「私はこんなことをしていて良いのか」「他にもっとやるべきことがあるのではないか」という考えでいっぱいになってしまう。楽しいことだけを行うことに罪悪感を感じていた。この考え方に縛られると、人生の大部分を占めるのは苦しみで、その合間に勝利という幸福と、ご褒美としての楽しさがあることになる。価値観が変わっていなければ、私の人生はこうなっていただろう。
 では、「あなたの人生は基本的には苦しみですが、要所要所で大きな喜びや楽しみがあります。そのような人生で良いですか」と問われたら、なんと答えるだろうか。わたしは嫌だと答える。本当は苦しみたくない。楽しいことや幸せだけを摂取していたい。なのに私は苦しみの先の幸福や楽しさしか感じられない。矛盾した自分が、とても辛かった。
 たとえ苦しみを乗り越えた先に楽しさがある、が正しいとしても、楽しさは苦しみを乗り越えなければならない、を意味しない。幼い頃の自分は、これを理解していたと思う。苦労の先の楽しさも感じていたが、日常の楽しさ(例えばボール蹴りをするとか、友達とカラオケに行くとか)も感じていた。いつの間にか、楽しさは苦しみと引き換えなければならないものになっていた。

 生命の本質は、生きることそのものだ。鹿や熊、我々の遠い先祖である類人猿もみな、生まれ、繁殖し、死ぬ。たまたま地球という星に生まれた有機物が、偶然を重ねて生命を得たに過ぎない。人類は進化の過程で偶然にも脳を大きくし、他の生命よりも考えることが得意になってしまった。しかし多少思考が得意になったところで、いきなり人類にだけ「生きる意味」が与えられるわけではない。我々は、ただ生きるだけである。それならば、生きることに何か崇高な意味なんてないのだとすれば、自分は自分を幸福にするように生きればいい。自分を苦しめる人生を歩む必要なんてもちろんないし、私が楽しいと思うことに条件を付ける必要もない。私が自分に課すルールはただひとつ、私を幸せにしなさいということだ。
 日々の楽しいことを大切にする。それは苦しみを伴う努力を否定するものではない。努力の先の達成が本当に必要であると考えるなら、もちろんそれは実行するべきだ。避けるべきなのは、苦しい努力をしなければならない、という考えのもと、努力をすることだ。ストイックであることは素敵なことだが、ストイックであることそのものが目的になるべきではない。
 楽しいことはたくさんある。愛する者を大切にする。自分の好きなことを大切にする。やりたいことをやる。美味しいものを食べる。自分が楽しいと感じているその瞬間を大切にする。人生とはきっと、悪くないものだろう。

○結び

 今までの私は、私が感じる幸せや楽しさを偽り、勝利にこだわり生きてきた。自分の本当の気持ちを見つめようとせず、自分自身と対話することを拒んできた。自分を受け入れられず、自分を愛することなどまるでできていなかった。

聖書に述べられている「汝のごとく汝の隣人を愛せ」という考え方の裏にあるのは、自分の個性を尊重し、自分を愛し、理解することは、他人を尊重し、愛し、理解することとは切り離せないという考えである。自分を愛することと他人を愛することは、不可分の関係にあるのだ。

エーリッヒ・フロム. 愛するということ (Japanese Edition) (Kindle の位置No.987-990). Kindle 版.

 私を愛することができていないのだから、他者を愛することもできなかった。愛される資格もなかった。恋人だった人には、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 私は宝を得た。人生を得た。しかしそれでも、恋人を失った悲しみが消えるわけではない。

心はずぶ濡れの洗濯物だ。両手で抱え、一所懸命に絞っているのに、あとからあとから涙が溢れる。重くて辛くて、支えていられないほどなのに、投げ出してしまうことはできない。これほどの悲しみは、一体どこから来るのだろう。

宮部みゆき,『ブレイブ・ストーリー下』,p.331

 でも、こんなに悲しい思いをせずには、私は私を変えられなかっただろう。「恋人に振られて価値観変わる」は、いわばショック療法だ。恋人に振られたことと私の価値観が変わることには、因果関係もなければ相関関係もない。今まで生きてきたことの中で一番辛かったから、衝撃的だったから、生まれて初めての挫折だったから、骨の髄まで衝撃波が伝わってきたのだろう。しかしこんな衝撃を与えてくれるのも、やっぱり恋人に振られるという出来事以外考えられない。7年間好きでいさせてくれた人に振られること以上に衝撃的なことなんてない。恋人に振られて価値観が変わることに因果関係も相関関係もないが、でも私にはこれしかなかったのだ。

 私がもっと早くに気付きを得ていれば、せめて恋人と過ごした時間の幸せをもっと噛み締めることができればと思わずにはいられない。しかし時間は前にしか進まない。

女神さまのお力にすがり、運命を変えることができようと、所詮それはひととき限りのものだ。僕はこれからも、喜びや幸せと同じように、悲しみにも不幸にも、何度となく巡り合うことでしょう。それを避けることができない。ましてや、悲しみや不幸にぶつかるたびに、運命を変えてもらうわけにはいかないのです。

宮部みゆき,『ブレイブ・ストーリー下』,p.435

変えることができるのは、僕だけだ。僕が、僕の運命を変え、切り拓いていかなくては、いつまで経っても同じ場所にいて、同じことを繰り返すだけで、命を終えてしまうことになる

宮部みゆき,『ブレイブ・ストーリー下』,p.436

 たとえ過去に戻って運命を変えたとしても、この先の悲しみをすべて消し去ることはできない。さらに別の悲しみが生まれるだけだろう。
 もし私の価値観にパラダイムシフトが起きていなければ、私は自分の不幸を嘆き、前を向けず、その場で足踏みしながら命を終えていたかもしれない。愛する人が、誰もいなくなってしまったかもしれない。
 過去も他人も変えられない。私が変えられるのは、未来と私自身だけだ。少なくとも私は、過去よりも自分を受け入れられるようになった。私を理解することを恐れなくなった。楽しいことを楽しいと感じられるようになった。世界は何も変わっていない。私が変わった、ただそれだけだ。私という存在のうちの、滅ぶべき部分だけが滅びたのである。