見出し画像

AIにアートは創造できるか?~「AIと競う事に意味はあるのか」という素朴な疑問~

 日経電子版の記事【アルゴリズム絵画4800万円 AI学習データ、誰のもの?】は、AIを活用する際に用いられる学習データの帰属をめぐるリポートですが、今回気になったのは、この中で事例として出てくる『AIアート』についてです――そもそも、AIにアートは作れるのか?――。



 「AIにアートは創造できるか?」などという問いかけが出てくる以前、アートとは、何の疑いもなく、「人間の作るもの」でした。わざわざ「人間が作るもの」と定義する必要もないくらいです。それ故、「自然は最も偉大なアーティスト」などという比喩的な表現が使われたりします。

 この「人間が作る」という点は決定的で、アートが創造されるには、技法、テクニックだけでなく、少なくとも作者の『感情』『感性』といったものが関わってきます。そして、『感情』・『感性』の背後には、『人格』があり、『人格』の形成は周囲の人との繋がり社会との繋がり時代背景などと密接に関係してきます。つまり、アートとは、生身の肉体と、体験が前提となっているのです。

▶『アート』の要素
 アート=テクニック+感性+感情+・・・・・・
    =テクニック+人格
    =テクニック+人との繋がり+社会との繋がり+時代との繋がり

 記事中に、いみじくも『アルゴリズム絵画』という表現が出てきますが、アルゴリズム、つまり方程式、テクニックだけでアートは成立しませんAIには人格はありませんから、原理的にAIには(AI単独では)アートは作れないのです。

 アートはあくまで『創造』であり、『(予測)計算』ではないのです。

▶『AIアート』?
 AIアート=アルゴリズム=『計算』≠『創造』=アート


 それでは、少し違う分野になりますが、AIと将棋や碁で競う事をどう考えたらいいでしょうか?

 もちろん、知力の限りを尽くすことは有意義ですが、大量のビッグデータを処理することに長けたAIと人間では、そもそも頭脳の構造が違います。その部分、AIの長けた部分でこれを凌駕しようというのには無理がありそうです。まるでゴリラ、キングコングとレスリングするようなものです。これは蛇足ですが、もしAIに勝てるとしたら、意表を突き、AIの予測を狂わせるような、不協和音の混じった旋律、戦法で攻め立てるのがいいかも知れません……

 AIの本質は、人工知能Artificial Intelligenceというよりは、拡張知能Augmented Intelligenceなのであって、競い合うものではなく、人間の知能の拡張機能として協働すべきものなはずです。

 最後にもう一つ蛇足を――。生命体としての宇宙人には何らかの『人格』があると考えられますから、アートがあっても何ら不思議はありません。人間に理解できるかどうかは別として……


(追記:人工知能Artificial Intelligenceと拡張知能Augmented Intelligenceに
    ついては、下記の拙稿でも考察しています。)









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?