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占いと預言のジオメトリー Ⅰ.ラプラス

――物語の始まりには神話があり、同様に、終わりにもそれがあるのだ。――
     ルイス・ホルヘ・ボルヘス

 よく知られてるように、大半の神々は決して全知全能ではない。
 確かにヒトの認識しうる神は、とある偉大なゲルマン詩人が物語ったように、歴史の潮流と民族、文明の趨勢によって究極に近い力を持つ者も過去に存在してきたし、あるいは力を失い悪魔や妖怪の様な小物と化したり、歴史から名を消して、”死んで行った”神も数多存在している。
 しかし究極の能力を持った神でも、全知全能というモノへの糸口すら掴めずに、力を失っていった。

 ここに物語を記している僕も、かつては力ある神の一柱であったし、古い神々や偶像が迫害されて来た暗黒時代にも何とか生き残り、今の世界の人口に比べれば僅かばかりの人間の記憶に名前が残され、存在はしているものの殆どの力を失った無力な神である。

 これから物語の都合上、僕が名を名乗る必要がある・・・・”ラプラス”と言う名が、今の僕に最も相応しい名前だろう。
 天才でありながら、自ら作り上げた数学の迷宮に閉じ込められ、生涯抜け出す事の出来なかった迷宮探索者の名前である。

 まず最初の話を語ろう、
 一人の放浪者が海岸の寒村――山を背にした小さな漁村――の崩壊を預言し、その村の村長をいたく驚かせた。
 村長は放浪者を歓待していた宴を取り止め、同席していた全員に口外しない事を堅く誓わせた。
 放浪者に対してどの様な処置をするか、村長は暫く考えあぐねていたが、その漁村にとって旅人殺しは古来からのタブーであったし、逆にその放浪者に村の崩壊の詳細を聞く事も躊躇(ためら)われ、 村長も村人もその口から何も発せずにいた。
 村が助かる手段を尋ねるにしても、流浪の新興宗教団や奇蹟詐欺師が巷に多かった事もあるため結局は深入りを避け、その放浪者には多少の路銀と食料を渡し、夜陰に紛れて村を出るように促す事に落ち着いたのだった。

 実際、その漁村には崩壊の要素は全く無いように、村長には思えた。
 漁は例年より僅かに豊漁であったし、近年は海賊、異教徒に対する派兵も無く、戦乱も増税もずっと先の様に思えていた。
 津波や山崩れ、長雨と言った災害の類なら人知の及ぶものではなく、放浪者が本物の預言者だったと諦めよう、と
 彼は決して無能な指導者では無かったのである。

 しかしその2日後、一つの事件が起きた。
 村の子供が河原から光り輝く石を持ってきて、近所の子供や大人たちに見せびらかしていたのである。
 それは、純度の高いゴールドの欠片であった。
 女子供はすぐさま河原に殺到し光る石を探し始めた。漁から帰って来た男達も、漁具の手入れをせずに河原に向かった。
 村人は皆最初は小遣い稼ぎか、あるいはピクニック気分でまずゴールドは見つからないとタカを括って河原に向かったのだが、実際に探してみると小魚を獲るより簡単に欠片が収集出来たし、運が良い者はこぶし大の金塊も自分の物に出来た。そして村人達は狂喜乱舞していった。

 それからは僕が長々と語る必要は無いと思う、村から人が徐々に居なくなり最後には崩壊した。
 村人は当然、金鉱や金脈がある川の上流へと住まいを移していった、話を聞いた新参者や山師が溢れ、新しい商売を始めるものや投資家、更に預言者を自称する新興宗教や奇蹟詐欺師も上流に作られた新しい近郊の村へと集まって行った。

 放浪者を追い出した村長は、始めはゴールドラッシュを歓迎し、上流への移村にも賛成だったのだが、金鉱を村の財産だと思っていた為、新たな入植者がその財産を蚕食していると条例によって次々入植に対する規制を掛けた。
 ―――が、やはり従来の村民と新たな住人の対立を生み、入植者側の勢力から狙撃されてしまい、命は取り留めたもの身体の自由と村長の座を同時に失う事となった―――

 まずこれが、僕が語る最初の話である。
 放浪者の語った預言は非常に強く、当時の何人も抵抗できず、 そして、名も姿も無い強力な神を短時間ではあるが生み出した。
 預言を残した放浪者は河原で金の欠片を見つけて、村人が不和にならない様に善意で言葉を残したのかもしれないし、あるいはこれからちょっとした悪戯心だったのかもしれない。
 しかし迷宮の神(あるいは悪魔か)は常に、僅かな曲がり道を、巨大な迷宮に変え様と深淵の底で待ち構えているのであろう。

拓也 ◆mOrYeBoQbw(初出2013.08.25)

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