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第一印象は「来る場所、間違えたかもしれない」 ~文学フリマ初参加体験記~

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

平日の疲れと、2日前の寝違えがまだ残っていて身体が重い。

今日は文学フリマ初参加の日。この日が来てしまった。期待よりも不安の方が上回るこのひりつく感じ、久々だ。部活の試合の日の朝を思い出した。

本が詰まった登山用リュックをよっこいせと背負い、行ってきます。

コンビニで掲示用のポップを印刷し、駅の階段を駆け上がり電車に揺られる。途中でウマ娘「イナリワン」が突然ナレーションを始めてちょっと元気が出た(会場は大井競馬場が近い)。

流通センターの出店者用の列に並び、いよいよ入場だ。


場にのまれる

行列に流されるまま、会場に着いた。時計を見ると10時40分。自分のブースを見つけ、とりあえず椅子に座る。ふーっと息がもれる。このスペースが、今日の小さな居場所だ。

さて、今回僕が用意してきた本は一種類。なので準備はシンプルだ。まずは見本誌用の文面をのんびり考えるとするか。

10分以上かかってようやくできた。これで手に取ってくれる人が増えるといいな。見本誌コーナーに本を持っていってこれで良しっと。

席に戻る。さあ、次はブースの設営だ。まずは布を広げてっと。

一通り準備ができた。こうなると周りが気になってくるもの。ほかブースも進んでるのだろうか。顔を上げ、そのまま固まった。

お向かいにとんでもない存在感を放っている人がいた。視界に入ったのは、胸を大きく開けた服をまとったお姉さん(キャミドレスってやつ?)と、セーラー服を着たお姉さん(学生ではない)。しかも、その後ろには水着姿のデカいポスターがどーん。

来る場所、間違えたかもしれない。

助けてと左を見ると、そちらにはシルバニア―ファミリーの家みたいな立体レイアウトが建設されていた。手慣れた手つきに付け入るスキはない。しかも二人組でワイワイしてて楽しそう。

対して僕は一人。しかも、本は地味な題材の一冊だけ。

いや仲間はまだいるはずだ。助けて右隣!

首を回すとそこにあったのは空きスペースだった。出品キャンセルしたらしい。

思わずうなだれる。助けはなかった。


目のやりどころがなくて、遠くを見るしかない。

あっ。

遠くに既視感のある段ボールが見える。これは、ツイッターのつながりもあって前回あいさつしたぶどうの方じゃないか!

一人知っている人がいただけで、ちょっとがんばれる気がしてきた。よし、やるぞ。


始まりの緊張

時間は11時50分。緊張で味のしないおにぎりを詰め込んでいると、

「10分早いですが文学フリマを始めます!」

いよいよ始まった。流れに任せ手を叩く。パチパチパチ。乾いた音が響いた。緊張でのどが乾く。


どれぐらい時間がたっただろうか。15分か30分か覚えてない。人が来た! 手に取って「これください」

「ありがとございます!」

自然と笑顔が出た。

正直、かなりほっとした。今回、「石碑」を扱うというかなりマイナーな内容で出店している。

もし好きな人がいれば刺さるように作ったつもりだ。でも、そういう人がいなかったらどうしよう。

その心配は杞憂だった。同じ好きを共有できることが、こんなにも意味のあることだとは。


謎の客人

「どんな目的でこの本を作ったんですか?」

突然訪れてきたのはジェントルなおじさん。こういういかにも賢そうな雰囲気、嫌いじゃない。

ほほう。よくぞ聞いてくれました。國威宣揚碑の文化的価値と、それが知られていないこと。そして今のままではなくなってしまうことを力説した。きちんと届くかな。

ちょっと渋い顔をしたおじさんは

「こういうの興味ありますかね?」

手にある本には「新しいデモクラシーの構想」の文字。

あれ? もしかして「國威宣揚」みたいなとがった思想を持っている人だと見られていた?

ここまで来てくれて何もしないのは申し訳ないので、とりあえずお互いの本を交換した(差額は払った)。自分では絶対に買うことのない本だ。でも、今日参加しないとこういう本と出会うことは絶対になかっただろう。

なるほど、これが文学フリマ。


ようやくつかんできた

なんやかんや時間はすぎていく。続けていると、数十分に一度ぐらいの間隔で人が来てくれることがわかってきた。

ペースつかんだぞ。おかげで少し周りを見渡す余裕が出てきた。

見えてきたのは、他のブースも意外と売れていないということだ。僕と同じかそれよりちょっとにぎやかぐらいの人が多い気がする。

お向かいのお姉さんも客入りは似た感じだった。ただ、サービス精神がすごい。谷間にスマホをはさんだり自分のブロマイドを配ったりしてる。強い。

左のブースの人もお客さんに積極的に話しかけている。ちょっとは見習おうかな。


予想外にうれしかったこと

売れ行きが大体見えてきた。バカ売れはしないけどたまーに手に取ってくれる人が現れるぐらいのぼちぼちの客入りか。予想どおりって感じだ。

ただ、予想外のこともあった。

「初めまして! ツイッターでは相互フォローです!」

思った以上にたくさんの人があいさつに来てくれたことだ。しかも、面白かったのがみんなバックグラウンドが違っていたこと。

狂気記事王決定戦で知った人。
自由ポータルZで競っていた人。
大学で一緒に記事を書いていた友人。
何年も前から記事を書いている姿を見ていた人。
ゲームの友人。
家族。
文学フリマで前回あいさつした人。

僕の狭い人間関係の中で、まさかここまでたくさんの人が来てくれるとは。正直、本が売れたかのことよりもこっちの方が自分の中では大きい。

ブースに来てくれた方、本当にありがとうございます。


少し見て回る

15時ぐらいだろうか。まさかの弟が来てくれた。こういうアウェイ空間でリラックスして話せる人が来てくれるのは何よりもありがたい。しかも、少しだけ店番も手伝ってくれるとのこと!

ということで、ちょっと出かけることにした。椅子から立ち上がる。ふらついた。そういえば、今日肉まんとおにぎり2個しか食べてない。カロリー不足だ。どうやら遠征する元気はもう残ってない、と。

ということで、ここ第二会場を軽く回ることにした。

すぐに気になるブースで足が止まった。「石特集」の文字があるではないか。迷わず財布を手に取る。

「実は僕も石碑の本だしてるんですよ!」

同志に釣り針をしかける。

「國威宣揚碑っていうんですけど」

で、本の名前で一本釣りだ!

「あっそれもう買ってます」

釣られたのは僕の方だった。がっちり握手したい気持ちをこらえる。


そのあと背中が見えていたブースに行きぶどうの本を買い(その人は不在だった)席に戻ることにした。ちなみに、気になる本はほかにもいくつか目に入ったが売り切れだった。民俗学の本やケモ耳文化研究の本はまた今度で。


まさかの石好き

席に戻ると弟が一枚の紙をすっと差し出してきた。

「さっき来た人、出店してて石碑好きって言ってたから席に行ってみるといいよ」

なるほど。渡された紙にあるブース番号を手がかりに、人をかき分けて訪れてみた。

ごめんください。

あっという間に15分がすぎた。

相手の方は、まさかの大学の先生だった。そして石碑や文化保存に興味があると。

僕の今回の本は、「なくなる國威宣揚碑を知ってほしい。あわよくば保存してほしい」という熱意を込めたつもりだ。そして、まさにその熱を受け止めてくれる相手だった。そうそう、こういう話がしたかったんだよ。

一冊買って笑顔で席に戻った。


増殖しました

再び自席へ帰宅。少し弟と話していると、存在感のある人が来た。まさかの、お向かいのお姉さんだ。

「二人、どういう関係なんですか?」

兄弟です。

「そうなんだ、増殖したのかと思ったよ!」

なので、僕の鉄板ネタを披露することにした。

「実は、もう一人いまして――」

僕の兄弟は三兄弟で、今回の弟とは別に「双子の弟」がいる。なので、三つ子と間違えられることもあったりすると。

お姉さんにはちゃんとウケた。なんだ、悪い人じゃなった(当たり前)。

ずっと肩に入っていた力がようやく抜けた。今この瞬間、ようやく心から文学フリマになじむことができたのだ。


お疲れさまでした

弟にお礼をし、あとは残りの時間をのんびり店番だ。

あれからもぽつぽつとお客さんは来た。その中で、たまーに明らかに鋭い「わかっている側」の質問をする人がいて、それがたまらない。

「八紘一宇」という言葉が自然と飛び出す人。

「紀元二千六百年記念って神社でよく見ますよね」と察しがいい人。

「忠魂碑と國威宣揚碑の違いって何ですか」と質問してもらったときには池上彰が「いい質問ですねー!」と笑顔を浮かべる気持ちがわかった。


そして17時。拍手とともに文学フリマが終わった。

結局売れた本は25冊。どう見るかは人によると思うが、僕の感触では「まあこんなもんかな、悪くない」といったところだ。

ここまでマニアックな本を、ツテもない状態で一種類だけ出してきちんと売れた。なにより、好きな人には届けることができた。それだけでも参加した価値はある。


挑戦してみてよかった。人が来てくれて会えてよかった。

また1年後とかに参加するのはありかもな。ただ、今度参加するときはもっとキャッチ―なネタにするか。帰りの天下一品でこってりラーメンをすすりながらそんなことを思ったのでした。


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