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跳ね兎-『角砂糖の日』より

■ 感想

「跳ね兎-『角砂糖の日』より」山尾悠子
(画)山下陽子(Éditions HAQUENÉE)P20

山尾さんの序文付で「角砂糖の日」から抜粋された短歌十首と、それぞれのうたにイマジネーションを重ねた山下陽子さんのコラージュやオブジェ作品が挿画として配されたカードセット。

繊細な薄氷のように瀟洒で美しい見た目とは裏腹に、硬質で凛とした光を放つ短歌たちは一葉ごとに眩暈がする程の幻影を秘めている。

『角砂糖角ほろほろに悲しき日窓硝子唾もて濡らせしはいつ』

角砂糖の角がほろほろと解けてゆく程遠くになった幼き日の記憶。窓硝子のとろりとした透明感は氷砂糖のような仄甘さと感触、そこに零れ落ちる涙の塩っぱさと混ざり合い、共有の記憶として心に零れ落ちてくるよう。詠まれた日との時間の距離を持つ歌であるが、硝子を舐めた時の冷たさと唾へと視点がフォーカスされることで、一気に五感を伴い身体ごと遠き日に吸い寄せられる。

『南西の沖に驟雨は廃船を飾れり 海の美女への花合歓』
合歓の木の眠りを醒ますように驟雨は降り注ぎ、伏せた長い睫毛の先まで紅く染めあげて咲く花合歓は朽ちようとする廃船に慈しみと共に寄り添うようで、生と死の静かな交歓に圧倒される。

『燦きの名ひとつ野辺に置きわすれ姿は見えぬ かくて過ぎし時代』

跳ね兎に誘われて、私の心は海も野辺も駈け急ぐ。かつてアリスの姉が眩しく見ていた、兎と少女アリスが軽やかに跳び去った午睡の合間の泡沫の夢のようだった。

■ 漂流図書

■山下陽子作品集 未踏の星空

山下陽子さんの作品は美しいだけでなく、眺める度に新しいイマジネーションが湧き、いつも新鮮な気持ちで心ときめく。

諏訪哲史さんがTEXTを寄稿されているのも嬉しい。

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