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左川ちか全集

■ 感想

「左川ちか全集」左川ちか(編)島田龍(書肆侃侃房)P416

思考の断片を力強くコラージュするような左川ちかの詩篇たち。

『北国の陸地はいま懶く そして疲れている。(中略)其処の垣根は山吹の花で縁取られ、落葉松は細かに鋏んだ天鵞絨の葉を緑に染めてゐる』

雪に埋もれた深い眠りの地で、曇天の鬱々しさを切り裂くように思考を一気に跳躍させ、生命の息吹で彩る鮮やかさ。北海道出身の左川にとって雪は幻想的なだけの存在ではないが、厳しくも美しい季節の移ろいに人生を重ね、死の別つ足跡を偲び、生きることへの灯火を見つけようとする。

生来身体の弱かった左川の詩篇には死の香りが纏わり、その手を離そうとしない。戦う人であった左川に迫りくる死の足音は作品に影を落としながらも、凛とした輝きと圧倒的な濃密さを以て重く深く読み手の心に射し込む。

『私たちは一個のりんごを画く時、丸くて赤いという観念を此の物質に与えてしまってはいけないと思う。(中略)りんごというもののもつ包含性といふものをあらゆる視点から角度を違えて眺められるべきであらう(中略)詩の世界は現実に反射させた物質をもう一度思惟の領土に迄もどした角度から表現してゆくことかも知れない』

固定観念の枠を取っ払い、目に映るものを徹底的に分解し、そのものを感じ、現実へと還元した先で自分にとってのりんごを捉え直す。知っているつもりでいた世界を捉え直し、自分なりの正体を見つけていくことの果てしなさは大いなる希望であり、生まれ直す歓びの光を見た気がした。

『夏がくれば思い出す はるかな尾瀬遠い空___』「夏の思い出」等の代表作で知られる、作詞家で詩人の江間章子さんとは終生大切な友人として共に輝くような夢を描いていたことが読めたことも嬉しい。92歳と長生きされた江間さんとの待ち遠しかった再会に、今頃は歓びを爆発させているだろうか。

沢山の才能を持ちながら24歳という若さで早逝した彼女は「みんな仲良くしてね」「ありがとう」と最後の言葉を家族に遺して旅立った。苦しみや哀しみに寄り添う左川の言葉たちは、これからも硬質な輝きを失うことなく語り継がれていくだろう。

■ 漂流図書

■詩歌探偵フラヌール|高原英理

左川の「プロムナアド」を読んでいて高原英理さんの「詩歌探偵フラヌール」を思い出す。

フランス語で「散策」「遊歩道」を意味するプロムナードとフランス語で「遊歩者」を意味する「フラヌール」。素敵な漂流となりそうで愉しみ。

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