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内田百閒(別冊太陽スペシャル)

■ 感想

「内田百閒(別冊太陽スペシャル)」(平凡社)P159

内田百閒好きにはたまらない最高の特集号。百閒の作品でも特に人気がある珠玉の七作「冥途」松浦寿輝さん、「残月の行方」恩田陸さん、「南山寿」古井由吉さん、「東京焼盡」佐伯一麦さんなど、思い入れのある作品への寄稿がどれも秀逸で、名立たる作家陣の百閒愛に共感と歓びが込み上げる。

<百鬼園鉄道紀行>では、シリーズでお馴染みのヒマラヤ山系さんや、夢袋さん、御当地さん、状阡君たちが写真付で紹介されているのも、阿房列車がより鮮やかに立ち上がるようで嬉しい。

<漱石山房の人びと>では、サロンに集まった俊才、寺田寅彦、野上豊一郎、芥川とのエピソードや、九月会と百閒の関わりなど、自由奔放に我が道を行く百閒の姿を垣間見ることができる。そして、借金で有名な百閒が想像よりもずっと高給で陸軍や海軍での教授の仕事をしていたことには驚いた。流石大家の造り酒屋の一人息子として育っただけあってお金の使い方も借金への概念も独特で豪快というか、良くも悪くも豪放磊落。

人柄としては情が深く愛した人や物をとことん愛する傾向もあるが、阿川弘之さんが「ただやさしい老作家であったわけでもあるまい」と書き残したように、取っ付き難く我儘で、平常への字口で気難しい百閒先生。いまでいうツンデレ極まれりな人物ではあるものの、愛情を注ぎ育ててくれた血の繋がらない祖母「竹」のことを「父よりも母よりも大事なのはどうすることもできない、人生のつながりは血ではなく心に在るのではないか」と述懐したりと、人の心の深いところを掴んで離さない人たらしな一面がたまらなく愛おしい。

23歳で亡くなった長男・久吉が、亡くなる前に食べたがっていたが食べさせてやれなかったメロンにとても悔いが残り、長男の死後メロンを口にすることはなかった百閒。愛する愛猫ノラとクルとの別れが耐えがたく、恐らく慟哭しながら書き上げたであろう名作「ノラや」にも先生の不器用で深い愛情が滲みだしていて、我儘気儘な性格も沢山の美点でなし崩し的に愛されてゆくことが、更なる長寿を願って教え子たちを中心に毎年誕生日に開かれた「摩阿蛇会(まあだかい)」の存在でも痛い程に伝わってくる。

日本芸術院会員内定の知らせに「イヤダカラ、イヤダ」とにべもなく断り、池を造り「禁客寺」と名付けた自宅離れには「だれも上がらせないから、皆さんもそのおつもりに願う」と、ひとりの空間を愛し、頑なに立ち入らせない時間を作るものの、誰も来ないとそれはそれで寂しがる。それでもなお「百閒まだ死なざるや」と愛される名文家の不思議な魅力が存分に詰まった本書、最高にお薦めの一冊です。

■ 漂流図書

■内田百閒集成14「居候匇々」

谷中安規さんの版画も存分に楽しめる集成14。

不器用なふたりがどうしようもなく惹き合い生まれる作品たちをもっと見たかった。

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