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ラングドックワイン「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」 フランスの週刊フードニュース 2023.05.17

今週のひとこと


南仏ラングドックを代表するワイナリーの1つである「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」のボトルに、パリのあるワインバーで出会いました。

オーナーソムリエから、フランス・ジュラのトップワイナリー「Ganevat」と同じ所有者だったことがあり、同じフィネスを持つ素晴らしいワインだと勧められて、Ganevatファンとしては、このワインを開けることに。軽やかなペッパー香とオレンジ、グレープフルーツのような苦味と酸味が美しい、素晴らしいワイン。イタリアのモルタデッラとの相性が最高で、合わせるとバラのような香りが立ち上がるようでした。

オーナーの話ぶりが少し謎めいていたために、この2つのワイナリーについて調べてみました。もと所有者とはスイスとロシアの2重国籍を持つ Alexander Pumpyanskiという人物でした。

彼の父は、なんとロシア最大の鋼管メーカーTMKの創業者。石油・ガス産業への主要サプライヤーとして財を成したことは世界的にも知られています。そのため、ウクライナ紛争が勃発した昨年の2月下旬以降、息子である Alexander Pumpyanski自身も、クレムリンと密接な関係を持ち、資金的な支援する可能性のある要注意人物となり、欧州連合が作成した富豪のブラックリストに掲載されるという憂き目にあっていたそうです。そこで、Alexander Pumpyanskiは、「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」と「Ganevat」の資産が凍結されることを恐れて、ブラックリストが発表される直前の昨年、急遽売却していました。

フランスのワイナリーは、以前から知られている通り、世界中の富裕層たちの投資の標的になっています。中国人によるボルドーワイナリーの買収には及ばずとも、2008年のリーマンショック以来、ロシアが目立った躍進を遂げていたことも知られています。最近では、サンテミリオンのLa Grâce Dieu des prieursや、ドルドーニュのChâteau Thénacなどのロシアン人投資家による買収が話題になっていました。

対してAlexander Pumpyanskiの買収は単なる利益重視だけの投資とは違っていたようです。Ganevatの14代で、Ganevatの名声を1代で高めた当主Jean-François Ganevatは、Alexander Pumpyanskiのことをワインの深い愛好家であり、美味しいワインを作るための投資を惜しまなかったと評しています。Alexander Pumpyanskiの今はといえば、危害の及ばないトルコに避難をしているそうです。資産が凍結されているために、日常生活さえままらない生活を、家族で余儀なくされているということでした。

Jean-François GanevatがGanevatのキャピタルをAlexander Pumpyanskiに売却したのは2021年のことだったそうです。まさか、このような世界情勢になることを予測せずしての決断でした。挑戦をせず昔ながらの伝統的なワインを造っていた父の代から一転し、ビオディナミへの果敢に変換するなかで、将来を見据えれば、より大きな投資が必要になった。その時に現れたのがAlexander Pumpyanskiだったそうです。

一方、「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」は、11世紀にその土地にやってきたシトー会の修道士たちによって12世紀からワイン造りがはじまりましたが、2015年にAlexander Pumpyanskiが買収。以来Pumpyanskiは、Le Prieuréを指揮するBenoît Pontenierとしっかりと組んで、このワイナリーに新しい命を吹き込んだと言われています。偉大なワインを蘇らせるという野望のもと、醸造を改善するための設備投資に力を入れてきたという功績も残っています。

Pumpyanskiはワインに明るくないスペイン人の投資家に「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」、「Ganevat」をともに譲ったとのこと。しかしながら、「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」のBenoît Pontenier、「Ganevat」のJean-François Ganevat、というそれぞれの当主にキャピタルを買い戻すことを望んでいたということです。「Ganevat」はそれを見事に果たしましたが、「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」についてはまだ動きが見られません。

コロナ禍の際も、渦中にあることは数十年経たないと明らかにされないと繰り返し言われていましたが、もちろんこの紛争についても、戦地だけではなく、渦中にある壮絶な悲劇やドラマが露わになるのは、数十年先のことだと思わされました。

先日、1年に1度、パリ市主催で開催される「パリの最高バゲット賞」の審査に足を運んできましたが、その日、一人のウクライナ人女性に会いました。パリ市は、2020年から、審査員にプロだけではなく、パリの市民からも参加者を広く応募するという、ユニークなプログラムを組んでいます。今年の応募者は1200人もあったそうで、くじ引きで審査員に選ばれたのが6名。ウクライナ女性もその中の一人でした。乳母車を押して、子供とともに会場に到着していました。パリに住んで17年だそう。審査後に話を聞けば、「パリのバゲットの味わい方、美味しさに開眼した。母国のバゲットとは本当に違う」と嬉しそうに言いながらも、ウクライナの家族や友人のことを思わない日はないとこぼしていました。

伝統にはむろん人間の歴史が交差する。しかしながら、ワインの醸造、バゲットの発酵と焼成など、あらゆる科学は、人間が自然力から読み解いた知恵ではあるが、自然の摂理に包括されるもの。実は人間は自然の中で右往左往するだけの存在なのかもしれないと、この頃思います。

と同時に「Le Prieuré Saint-Jean-de-Bédian」は感動を与えてくれた。継承すべき伝統は、技術だけでなく、こうした心を揺さぶるという付加価値であり、共鳴にもあるのではないか。その付加価値は、商品の有用性に左右されるとはいえ、いままでは貨幣価値として交換されていたようにも思われますが、貨幣価値は変動する。言い知れない感動を交換する、共有する、次世代に伝える方法は、他にもあるのではないかなと思っています。


今週のトピックスは、今週のひとことの後に掲載しています。食の現場から政治まで、フランスの食に関わる人々の動向から、近未来を眺めることができると、常に感じています。食を通した次の時代を考える方々へ、フランスの食事情に触れることのできるトピックスを選んで掲載しています。どうぞご参考にされてください。【A】ポール・ボキューズ学院が名称変更騒動。【B】アラン・デュカス が女性ミクソロジストとコラボレーション。【C】アメリカの唯一の3つ星女性シェフがパリに進出。【D】Sushi Shopがラーメン開始。

今週のトピックス

【A】ポール・ボキューズ学院が名称変更騒動。
4月下旬、リヨン郊外エキュリーにある名ホテル・調理師学校 l’Institut Paul-Bocuseは、名称を変えて再編成されることが発表されました。

もともとは1990年の設立で、当初はEACH(École supérieure des arts culinaires et de l'hôtellerie ホテル調理師高等学校)であったのを、2002年からはポール・ボキューズ学院として前進させてきましたが、2018年に逝去された偉大な料理人 Paul-Bocuseの名を冠しているため、学校の重要な教育の1つであるホテルビジネスにスポットが当たってこなかったことに言及。例えば、ホテルへの就職志望者は、生徒の半数以上を占めるということです。

新名称は Lyfe (Lyon for excellence)。世界2大ホテル調理師学校と言われる、スイス・ローザンヌ、アメリカのコーネルと並ぶ規模とクオリティの学校にすることが目標でもあり、現在のキャンパスそばにあるシャトーChâteau de la Roseraieも取得し、第二のキャンバスとして9月にオープン予定。6500㎡の広さで、22の教室を収容する2つの棟からなるとのことです。また旧校舎も改修を図っており、総額2,500万ユーロを投下しての大改編となることに。

このプロジェクトを推進している中心人物はGilles PélissonとDominique Giraudierの2人の経営者。Gilles Pélisson(この3月に逝去)は、アコーグループの創業者の1人でもあり、ポール・ボキューズ学院の社長でもあったGerard Pélissonの甥で現社長。Dominique GiraudieはFLOグループの元オーナーでもあった人物。Gilles PélissonとGerard Pélissonは、2015年にフランス財団の庇護のもとにG&G財団を創設しており、ポール・ボキューズ学院の活動の支援にあたってきました。

ポール・ボキューズ学院の価値観を守る会(ADVIPB)とポール・ボキューズ学院の創業者で構成される同窓会は、この経営陣による決定に反対しており、学校経営をポール・ボキューズの息子であるJérôme Bocuseが指揮するよう強く要求しています。

昨年からJérôme Bocuseとポール・ボキューズ学院の経営陣の間では、ポール・ボキューズの名前の乱用について訴訟問題に発展していたという背景もあり、この度の発表がさらにどのような展開になるのかが注目されています。

Château de la RoseraieにはGilles Pélissonキャンパスとも名付けられ、ボキューズにならびGilles Pélissonの銅像も建てられ、新たな第一歩を踏むであろうことは予想されます。

【B】アラン・デュカス が女性ミクソロジストとコラボレーション。
パリ7区にあるケ・ブランリー美術館の最上階には、アラン・デュカス・グループによるレストラン「Les Ombres」がありますが、この夏限定で、パリ20区にある話題のカクテルバー「Combat」が、スペシャルスペースをオープンします。

カクテルの世界をあまり知らなかったというアラン・デュカス、あらゆるカクテルバーを試したところ、「Combat」のトップバーテンダー、ミクソロジストであるMargot Lecarpentierの腕に惚れたということ。彼女のスペシャリテImpécâpre(テキーラ、ゲンジアナ、ケッパー、ベルモット、クルミ、レモン)などを味わい、場所とカクテルの中身のハーモニーに納得。Margotとのコラボレーションを探り、この夏実現することになりました。

「Les Ombres」のシェフのAlexandre Sempereの料理6皿とデザート2皿に合わせた、カクテルのペアリングを披露します。
Impécâpreもメニューにありますが、こちらに合わせる料理はアーティチョークのクルスティヤン、ニンニクとミントのコンディマン。カクテルは20ユーロ、料理は10ユーロ。

数年前から、パリにおけるカクテルへの熱は高まっていますが、ますます注目されていくでしょう。

【C】アメリカの唯一の3つ星女性シェフがパリに進出。
アメリカで女性シェフとして唯一のミシュランガイド3つ星の格付けに輝く在カルフォルニア「アトリエ・クレン」のドミニック・クレンさんが、この6月にパリ9区にオープンする5つ星ホテル「ラ・ファンタジー」内レストランの監修シェフとして登場します。

「ラ・ファンタジー」は家族経営の小規模なホテル・グループが手がけるホテル。インテリアは、アーキテクト・インテリアデザイナーとして知られるスウェーデン出身のMartin Brudnizki氏が担当し、エコロジカルな雰囲気を漂わせます。緑あふれるテラス、ルーフトップなども取り入れて、若い世代に向けた、都市の中の憩いの場を目指す「場」となることを目指しているようです。

無論、ドミニック・クレンさんによるレストランは大きなよびものとなるでしょう。場所はオペラ座界隈からピガール方面に北上した界隈で、ニューコンセプトのレストランやバー、ブティックなども連立し、新し物好きの新世代が集まる場所でもある。

クレンさんは、魚と野菜を中心にした、カルフォルニア独特の西海岸料理にインスパイアされた皿を提供し、自然とつながる食卓を提言すると発表しており、オープンが待ち遠しい。もちろん、ゼロプラスチック、ゼロ廃棄物というアメリカでの哲学を、この店でも展開するとの意思表明がされていました。

メインダイニングGolden Poppyのほか、カフェ、ルーフトップバーなども展開するらしく、人気のスポットとなることは間違いないでしょう。

【D】Sushi Shopがラーメン開始。
KFC、ピザハット、バーガーキング、スターバックスなどのビッグフランチャイズオペレーターであるAmRest。スシチェーンで成功を収めているSushi Shopもその傘下にあります。

この度スシだけではなく、焼き鳥や餃子、焼きそば、丼モノ(カレーカツ、エビフライカレー)、さらにはラーメンにもその商品数を増やしており、広がりつつある日本のジャンクフード愛に注目しているといっていいでしょう。

ラーメンは、チキンと鴨肉をチャーシューがわりに。スープは野菜で出汁を取り、味付け卵とチャーシューを乗せてボリュームにも自信を見せています。

また少し前から1つ星シェフのマリの血の入ったアフリカ人シェフ、モリ・サッコとのコラボレーションにも力を入れており、人気があるようです。アフリカのスパイスをスシに落とし込んで、新しいフュージョンスシを展開しているのもなかなか面白い。

例えばベルベーレという西アフリカ独特のスパイス(各家庭によって異なるようですが、コロリマ(カルダモンに似ている)、ニンニク、赤唐辛子、ルタ(パッションベリー)、ニゲラ、塩)を使ったエビのスシ。レモン風味のココナッツソースでシャリを仕上げてレタスで巻いた鯛のスプリングマキ。

さらにジェネレーションを超えワールドワイドになったジャパニーズフードの威力を見せつけられています。ドリンクのバラエティはまだまだではありますが。



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