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アクマのハルカ 第7話 生きにくいのは真実から目を背け、人との対話を避けたから!

 両肘を教壇に付き、上目遣いで香月麻莉亜(こうつき まりあ)を見つめる瞳は、麻莉亜にとっては銃より怖い殺人鬼だった。例え華奢な身体も相まって可愛らしい小悪魔に見えても、目の前でクラスの生徒たちをどんどん取り込んでいったのだから。
しかしこの子に取り込まれたはずの生徒たちが今、麻莉亜の目の前にいる。

 なぜ?

 麻莉亜は、生徒1人1人の顔を見る。叶海(かなみ)、奈津美(なつみ)、紗也佳(さやか)………。しかし、誰とも目が合わない。

 なぜ?

 目が合わないのは、生徒たちの心の中に何か変化があったのではないか?
 これまでの生徒たちとは目が合うというか、嘲笑の目で見つめられ、麻莉亜の方が目を背けていた。麻莉亜の場合は恐怖からだったが、生徒たちには何があったのだろう。
 麻莉亜への後ろめたい思いか?
 この子への絶対服従を解いたのか?
………………
 麻莉亜は生徒たちから目を離し、この子を見つめた。この子は一体、何を考えているのか。本当に教祖になり、後ろの生徒たちを信者にしたのだろうか。

 頬杖を付き、麻莉亜を見つめるこの子の瞳が、自信と成功と勝利が漲っていると見せかけているように、麻莉亜には見えた。
 「麻莉亜先生、大好きよ。先生も仲間に入ってよ。」
 この子は他の生徒たちの顔を見ている、というか、感じている。しかしそれを麻莉亜には示さない。生徒たちが麻莉亜に親しみを示さないのと同様に。

 だからこの子は生徒たちが麻莉亜に親しみがなく自分に服従している様に見えている外観を利用し、麻莉亜に生徒たちが自分の味方で麻莉亜の敵だと思わせようとしているのだろう。
そう、麻莉亜の絶望を手に入れ、麻莉亜だけは取り込むために。
……………
 しかし麻莉亜は、生徒たちがこの子に完全に心を奪われたのではなく、生きるために従わざるを得なかった部分もあったことを知った。だから、自分だけは負けないと思い堂々と背すじを伸ばした。
 「誰も貴女の仲間じゃない。よく見てみなさい。」
 とこの子の目を瞬きだにせず睨みつけ、強い口調で言った。
 しかし、この子もこの子で生徒たちが全員自分の味方と思い込むことにした事実を決して捻じ曲げない。正義と正義がぶつかる。
 「負け惜しみ?麻莉亜先生、かわいー♡」
 とこの子は麻莉亜の言葉を意に返さない。裸の王様とは当にこのことで、心が離れているのに権力に刃向かえない家臣を連ねていた。

 この子に麻莉亜を喰う力はないと思った麻莉亜は、左手の銃をしっかりと握り直した。
 「貴女って可哀想な子ね。」
 麻莉亜はこの子を見つめる。撃つチャンスを狙っているのだ。この子は、
 「どこが?」
 と首を傾げる。その些細な動きにすら私を見てと言う心の声が聞こえる様だった。

 「人ってね、駒でも使い切るものでもないのよ。」
 麻莉亜の息は途切れ途切れになる。足の痛みが身体に染みるのだ。
 「じゃあ他人は何のためにいるの?」
 この子は右足を軽く上げてぶらつかせる。生徒たちが全員いるから、行動一つ一つが注目の的でまるで、この子の完成披露試写会の様であった。
 「居てくれるだけで、優しい気持ちになったり、疲れを癒やしてくれる。居てくれるだけで有り難いのが、人よ。」
 麻莉亜は心の中に家族や恋人の顔を思い浮かべた。それだけで火が灯るように温かくなる。
 そして温かい気持ちになったのは麻莉亜だけではなかった。生徒たちが「自分は居るだけでもいい」と感じたのだことで、空気が変化した。自分の存在に自信を持ったのかも知れない。
 麻莉亜は自然と少し間、目を閉じた。
………………
 その時だった。

 生徒たちの心の変化に気づいたのは麻莉亜だけではない。この子もだった。だからここで喰わなければいよいよマズイ、自分がやられてしまうと思ったのだろう。

 この子が一層前のめりになり、付いていた頬杖を辞めて両手を伸ばし、教壇に乗り上げ麻莉亜を襲うおうとした。

 麻莉亜はその気配で直ぐに目を開け後付さりし、黒板にぶつかった。ガチャと音がし、麻莉亜も生徒たちも驚きはしたが、生徒たちは傍観者のままだった。

 間に合わない。
 と思った瞬間だった。

 赤い雲が現れ、この子の羽を引っ張った。羽はリュックサックになっていて肩紐が外れ、きれいに宙に浮く。
 引っ張られた反動で後ろを見たこの子が
 「あっ、羽が。」
 と言い手を伸ばした。

 麻莉亜はここだと思い、最後の銃弾で羽を撃った。
 パァーーーン。

…………………
 その瞬間、この子が消えた。
 そして沢山の羽が天井から舞い降りてきた。それはまるで、雪が積もった木の枝が降ってきたかのようだった。

 「綺麗」

 「雪みたい」

 「羽」

 そう言って、生徒たちが天井を見上げ、羽に手を伸ばした。羽は幾つも幾つも降ってくる。ゆらゆらと舞い、床に積もっていく光景はまるで教室中に雪が積もっていく様であった。

 真っ白になっていく教室の光景を見て、麻莉亜は、「知っている。」と感じた。
…………………
 幼かった頃、雪国で過ごした麻莉亜は、雪は白くて綺麗だから清潔と思っていた。だから、一番綺麗な雪山に顔を突っ込んで、周り中の雪を食べていた。

 こっそり食べていたと思っていたのは麻莉亜だけで、除雪に来た近所の人達が、
 「麻莉亜ちゃん、雪は汚いから食べちゃだめ!お家に帰って顔洗っといで。」
 と雪の中から撮み出されることが日常だった。

 小学生になった頃、雪には、砂ぼこりや波しぶき、工場から排出される粒子であるエアロゾルが含まれていて、汚いと知った。
 美しい真っ白な見た目はきれいだが、中身は汚かった。
…………………
 まるで美しく見える雪山のよう。

 麻莉亜は積もりゆく羽を見て思った。

 「刺さる」

 「助けて」

 生徒たちの足元に積もる羽は生徒たちを絡めていた。羽を握った生徒たちは「痛い」と言い、金縛りにあったように動かなくなった。

 麻莉亜は本能的に、この羽は危険と感じていたから、積極的には触っていなかった。
……………… 
 積もりゆく羽が生徒たちを拘束する教室を見て、これが解放のための最後のチャンスかもしれないと思った。麻莉亜は、溢れ出した思いそのままに生徒たちに話す。

 「叶海、自分のいいところを手放してどうするの?この子の理想の叶海は、何もない抜け殻よ。引き込まれないで!」

 麻莉亜は教室を2歩、3歩歩く。

 「奈津美、ガードは大事よ。だけど相手を間違えないで!奈津美が唯一、心を開いた相手はサイコパスよ。他の人に心を開いていない分、全て奪われます。」

 歩くと羽を踏むカシャカシャという音がする。しかし、麻莉亜の足に巻き付くことはない。

 「紗也佳、噂の中に真実はありません。自分で話して、それを信じて。偽物を信じて行き着く先は、ここはどこ?という全てを失った世界よ。」

 麻莉亜が歩く度、その周りを赤い煙が巻かれる。どうやら赤い雲が、麻莉亜の足に羽が巻き付かないようガードしているのだった。

 「真弓、信者になってどうするの?自分の心の中に光るものを見つけて、自分の道を歩みなさい。真弓の人生はこの子のためのものではない。」

 麻莉亜は教室を大きく一周し、教壇に戻ってきた。
………………
 大きく息を吸う。
 生徒たちの胸のあたりまで羽は積り、石像のようになった生徒たちは動かなかった。それでも麻莉亜は話すのを辞めなかった。信者からの解放には、生徒たち自身が真実を正確に見て、自分でどうすべきか考えて行動してもらう以外はないと思ったのだ。

 「長いものに巻かれて、共通の敵を見つけていじめる。目的は様々で、貴女たち自身が何もない人間だからかも知れないし、自分がいじめられないためかもしれない。

 そして無意識か意識的か、いじめに加担してきた貴女たちが言う『生きにくい』と。

 人と直接話すことを避け、噂や評判、妄想で他人の人格を決めつけ、決めつけた人格と会話する。
 だから会話は噛み合わない。

 結果、評判を立てた貴女たち自身が「アイツに何言っているかわからないやつ」と周りからみられるが、ハブられたくない。そこで悪意を引き受け悪者になってくれそうな人の粗探し。

 いじめられないために自分を出さず、屈折した事実解釈と他人の粗探しをしながら、自分の心を殺すループから抜け出せない生きにくい自分になったのは、勇気のない貴女たちの怠慢よ。

 信者になるのではなく、自分で真実を見てよ。そうやって自分と向き合って、心の中に光るものを見つけてそこに向かって生きてよ。その方が生きやすいよ。」
………………
 麻莉亜が言い終わる頃には、目の前は真っ白な羽が積り、誰の顔も見ることが出来なくなっていた。

 「貴女たち全員が、悪魔の悠(はるか)だった。」
 麻莉亜は小さく呟いた。その声と同時に足元に落ち着いていた真っ赤な雲が麻莉亜の頭上にまで伸び、麻莉亜を竜巻のように一瞬にして攫った。

 赤い雲が散ったあとの麻莉亜の目の前には、生徒たちが雑談に励む教室があった。ただ、そこには悠の姿だけがなかった。

(アクマのハルカ 第7話 生きにくいのは真実から目を背け、人との対話を避けたから!)

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