ayatopia

アヤトピア/ ayatopia 日常のささいな思いをボソボソッと歌にする、トロピカルな四畳半フォークシンガー。ハワイと猫と雪山と珊瑚礁が好き。http://ayatopia.blue/ twitter @ayatopian instagram @ayatopia

右折の恋人

作業所での1日の仕事を終え、送迎用のリフトカーに車椅子ごと乗り込んだY君の隣の補助席に腰かけた私は、携帯型の酸素マスクをつけたY君の顔を見上げることになるこの高さから、今日は何を話そうかと緊張していた。

Y君は筋ジストロフィーの持病を持っている。無口でいつも何を考えているかよくわからないY君の送迎の当番がまわってくるたびに、今夜の夕飯の献立に悩むような、密かにそんな気分になった。

走行中の揺れ

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さなぎの時間 -12

白い恋人のいない街で。

その街へ行くために、私は高速バス3本と電車を乗り継いだ。
目的地へ向かう電車が、長い海底トンネルへ入っていった。電車は海底駅で一時停車し、乗客はホームに降りることができた。他の乗客に混じって私もホームに出た。コンクリートの壁の継ぎ目から滴り落ちる水を、蛍光灯の薄白い光がぼんやりと照らしていた。トンネル内の空気は重たく、これといって見るべきものもなかったため早々に車内に戻っ

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さなぎの時間 - 11

依存と連鎖とシュタイナー。

山形でナースをしていたNさんが、仕事をやめてドイツに留学することになった。Nさんは父の画塾の生徒だった女性で、父が筆を折った後も、山形から時々見舞いに来てくれていた。
父は、見舞いの客に対してよそ行きの態度を取りがちで、客が帰った後は体を硬直させて大量の汗をかいたりすることがよくあったが、Nさんの前では不思議と緊張することなく、自然体で過ごせるようだった。職業柄なのか

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さなぎの時間 - 10

黒い円の真ん中で、悪魔は。

私の住みついていた「円」は、半径2kmほどの広さだった。
円の中にはスーパーマーケットやコンビニエンスストアーがあり、病院や小さな書店などがあり、私の衣食住に関わるほとんどはこの中で済ませられた。
円の中央には、寂れて空家の目立つ新興住宅団地「△▷×〇△ニュータウン」が広がり、円の中心には私たち家族の住む中古の賃貸住宅が建っていた。
家の中には父がいて、私の黒い重りに

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さなぎの時間 - 9

「何がしたいの?」おじさん症候群と私

その後しばらく、私たち家族がどうやって暮らしていけていたのか、謎だ。
父は国民年金や健康保険をきちんと払っていなかったので、普通に納めていたら支給されるはずだった障害者年金などの最低限の生活保障金が支給されなかった。
また、父は懇意にしていた画材店に長い間ツケ払いをしていて、その額は普通車が1台買えるくらいにまで達していた。
父は、新作に取りかかるたびにフラ

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さなぎの時間 - 8

さようなら未来

父が倒れてからしばらくは、もしかしたらまた東京に戻れるかもしれないという淡い希望を捨てきれず、下北沢のアパートを半年間借り続けた。
父が命の危機を脱してからは、いわきから四谷の学校まで週1回、高速バスで片道4時間かけ日帰り通学していた。しかし、週1回の通学で授業についていけるはずもなく、結局学校は退学することになった。アパートも引き払い、東京に自分の居場所はなくなった。

1年

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