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Annaの日記 妊娠するという奇跡、命を諦めるという選択 ②

胎嚢が確認出来たと分かって、次のクリニックまでの2週間、私は受験勉強の追い込みのように「高齢妊娠」と「卵巣嚢腫」を調べまくっていた。

調べれば調べるほど、不安になることしか出てこない。

・高齢出産の流産の確率
・高齢出産による障害児、ダウン症の確率
・タバコ、酒による奇形児のリスク
・薬の服用による奇形児のリスク
・高齢出産による妊娠中毒症のリスク、切迫早産、胎盤早期剥離等・・・

そして、爆弾になっている8センチ大の卵巣嚢腫。


あっという間に2週間が経ち、いよいよクリニックの日がきた。

受験の発表のような変な緊張感があった。
でも、なぜか二人が望む「結果」になるだろうという自信があった。


スクリーン越しに子宮の中に見えた世界は、今でも鮮明に覚えている。
2週間前の画像とは全く違い、小さな、でも確かに人間の形をしたものが
ピクピクと動いている。


 「おめでとうございます。元気に動いてますね!」

先生も、看護師さんも嬉しそうに私に言い、母子手帳のもらい方や今後の検査の方法、出産場所の説明を次々とはじめ、口が裂けても「堕ろすことを考えている」なんて言えなかった。


正直、想定していなかった「結果」だった。心拍が確認できるまでに20~30%ダメになると言われ、確実にその確率に入ると思っていたからだ。
この劣悪な子宮環境にこの卵子が耐えられるわけがないと思い込んでいた。

帰り道、自分は今ヒトリで歩いていないんだと思うととても不思議な感覚になった。
変な高揚感があったのを今でも覚えている。

かなり深刻な会議になった。正直夫もこの「結果」に驚きと動揺を隠せない様子だった。しかし、彼の中で回答は出ていた。

 「あきらめよう」 だった。

正直驚いた。どこかで妊娠していたら「頑張って産もう」と言うと思っていたからだ。何も実感のない状態でも命を見捨てることなんて出来ない人と思っていた。

同じ結果を望んでいたはずなのに、
二人の気持ちは一致していたはずなのに
何故か全否定をされたような気持ちになり、
涙がぽろぽろと出てきた。


しかし、この子が無事生まれたとして、成人するときに父親は69歳。
その上、子供を望んでいなかった彼は稼ぎは十分あっても大学まで出してあげられる貯蓄にはほどほど遠い状態だった。
そして、何よりも高齢出産による母体のリスク。タバコ・酒による障害児のリスク。そして、卵巣嚢腫の心配。
明るい未来なんで何ひとつ描けない状況だった。


「産みたい」ではなく「堕ろせない」

これが私の気持ちだった。確かに動いているあの小さな命を見て、自ら殺してしまう事はどうしても出来ないと思った。

何を話しても、涙が出てくる。同じ方向を向いていたはずなのに・・
私の貯蓄で子育て費用は賄える余裕があることを話しても首を縦にはふらなかった。

元々子供が好きではない自分に「シングルマザー」という選択肢だけはなかった。彼の意見に従うしかないと思った。
しかし、従うと同時に今まで何一つ問題なくやってこれた関係は確実に終わりに向かうんだろうと感じた。

女性として、もう人生で二度と
   「母親」にはなれない後悔

  人間として、「堕胎する」という
    命を殺したという後悔


死ぬまでこの後悔はつきまとい、今後二人に何かある度にこの話が出て
喧嘩になるのは目に見えていた。

こんなに不妊治療で悩む女性が望む「妊娠」が、奇跡であるはずの「妊娠」がとても辛く、苦しい事かと思うと、自分らの軽率な行動で命を諦めるかと思うと、申し訳なさで涙が止まらなかった。

話が平行線のまま、次の日を迎えた。
泣いて目が腫れているのが自分でもわかった。
仕事に行く前にもう一度同じ事をきいた


  答えは同じだった。

その言葉を聞いて、私ははき捨てるように
「従うので、堕胎手術をする病院を探してください。」と言った。

 終わった・・楽しかった彼との時間もガタガタと音を立てて終わっていくんだ、そう感じた。

仕事が手につかない状態で昼休みにLINEがなった。
彼からだった。

「夜もう一度話をしよう」

手術する病院の話なんだろうと、涙をこらえながら仕事をするのが精一杯な状況だった。


     「頑張ろう」

思いもよらない言葉だった。考え直した理由は色々聞いたが、びっくりしすぎてほとんど覚えいない。
でも、その時の感情はなぜかとても嬉しかった。
こんなに子供がいらないと言っていたのに、妊娠継続ができるかもわからないのに、障害児が生まれてしまうかもしれないのに、何も不安が拭えていないのに「嬉しい」の感情だけが生まれた。


 こうして、41歳と48歳で親になる決心をした。


        〜続く〜



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