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「情の時代」。混乱の『あいちトリエンナーレ』で心をゆさぶられた7作品

開催中の『あいちトリエンナーレ2019』に行ってきた。
テーマは「情の時代」。

展示作品のひとつである「表現の不自由展・その後」の《平和の少女像》が、政治家の介入によって展示中止となった。市民からの抗議による安全性の理由からとのこと。
開催中の今も、そのことばかりがクローズアップされ混乱が続いている。

今回の件は、政治家の介在でのアートの検閲とみなされ、主要な海外作家からも続々と展示中止の要請が来ている。常日頃、検閲と戦いながら制作しているアーティストからすると、真っ当な主張だと思う。
それでも、わたしたちが作品に触れる機会が消えてなくなってしまうのはとても残念なことだ。


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『あいちトリエンナーレ2019』の会場は愛知県の中に4つの主要エリアがある。その中の「四間道・円頓寺エリア」には今回行くことができなかった。その他の3つのエリアを、帰省中に駆け足でまわり、絞りに絞った中でおすすめしたい7作品をご紹介。

4つの会場を1日でまわるのはなかなかハード。
ゆっくり時間がとれる方は会期中、何度でも使えるフリーパスチケット3,000円がおすすめ。

「あいちトリエンナーレ2019」4つの会場
A : 愛知文化芸術センター
N : 名古屋市美術館
S : 四間道・円頓寺
T : 豊田市美術館・豊田市周辺
※それぞれの会場の頭文字と数字を合わせて作品番号となっている。

A06【ウーゴ・ロンディノーネ】 孤独のボキャブラリー

《孤独のボキャブラリー》とは、まるで生きているかのような、ピエロの彫刻45体によるインスタレーションです。色鮮やかな衣装を身にまとってはいますが、彼らは無表情を貫いています。この作品はロマン派やシュルレアリスムなどの美術史の文脈に加え、ポップカルチャーの動向、道化やマイムの来歴も参照しています。

イベントのメインビジュアルにもなっている、本作品。
45体の眠ったピエロが集うビジュアルインパクトもさることながら、この部屋に足を踏み入れた瞬間に、自分が存在している世界が一瞬で変わってしまったように感じる。
広い空間に漂う違和感。そこはピエロたちの世界で、自分自身がエイリアンである。彼らの邪魔をしないように、そっとその世界を通りすぎるようなそんな感覚だった。
この感覚はビジュアルから感じ取れるものでなく、ぜひ体感してほしいのだけど、残念ながらウーゴ・ロンディノーネも作品の展示中止を要請している一人である。(8/20、展示の続行が発表された。)


A20【袁廣鳴(ユェン・グァンミン)】 日常演習

《日常演習》という映像作品で、私たちは現実離れした風景を目の当たりにします。真昼の都市をドローンで捉えた映像には、人間が誰一人として映っていません。まるでCGで合成された非日常的な印象を与えるこの情景は、台湾で1978年より続く「萬安演習」という防空演習を捉えたものです。この演習は毎年春先に実施され、日中の30分間人々は屋内へ退避し、自動車やバイクなどの交通も制限されます。台湾の高齢者や外国人にとっては戦争の影を感じさせるものの、若者にとっては毎年の見慣れた行事になってしまい、年代や立場によって受け止め方が異なるようです。台北の最も賑やかな通りを含む5つの場所が無人となった風景は、一見安定した平和な街の日常に潜む戦争の脅威について私たちに考えさせます。

台湾の町並みをゆっくりとなめるように映すドローンの映像作品。
そこには人も車も映っていない。まるで人間は存在していないのに退廃していない世界のようだ。
CGで消しているのかと思い解説を読むと、30分間の防空演習で人々は屋内に退避しているという。
現代もなお、戦争を想定した防空演習を政府主導で続けている状況を、平和ボケしたわたしはアートによって知ることになる。
毎年訪れるその30分間のあいだ、台湾の人々は何を思うのだろう。


A12【伊藤ガビン】 モダンファート 創刊号 特集 没入感とアート あるいはプロジェクションマッピングへの異常な愛情

伊藤ガビンは「編集」を切り口に、紙媒体、ゲーム、映像、WEB、現代美術作品まで、多彩なディレクションを行っている。

入替制の映像作品で整理券を配布した、アトラクションのような展示スタイル。
雑誌の創刊という切り口で、流行りのプロジェクションマッピングやアートを風刺している。会場の中で唯一、笑いがこぼれるわかりやすい作品。


N04【モニカ・メイヤー】 The Clothesline

《The Clothesline》彼女が1978年に始めた参加型プロジェクトでは、ピンク色の紙に、参加者が日常生活で感じる抑圧やハラスメントなどを匿名で書いてもらったものを展示する。なかなか声を上げることができない人々が、その思いを告白するのに安全な環境を提供するとともに、社会構造から生じるダブル・スタンダードについて観客に気づきをもたらし、そこから対話や連帯が始まるきっかけを作り出している。

人々の内なる声が吐露されている空間。
一般的に知られているハラスメントの内容もあれば、自分にとっては当たり前だと思っていた概念への提唱がいくつもあり、衝撃を受けた。
声を上げていくことで、多様性への社会が開かれていっているようにも感じた。
自分にとって生きにくい世の中は、全て概念に囚われていることが要因のように思う。そういった面で、多様性を受容できる世の中への、うっすらとした希望が見えはじめた時代の変化を感じることができる。

そして8/20、展示中止を表明してたモニカ・メイヤーさんの展示の声は回収され「沈黙のClothesline」へと変更されたとのこと。



N07【青木美紅】1996

《1996》18歳のある日、母親から、自身が両親に切望されて配偶者間人工授精で産まれてきた子供であることを知らされる。それは、幼い頃より彼女が感じてきた「尋常でない母親からの愛」に理由があったのだと感じた瞬間でもあった。奇しくも世界初のクローン技術で生まれた羊の「ドリー」と同じ年に生まれた彼女は、以降自分を含めた「選択された生」にまつわる偶然と必然、与えられた祝福と呪詛について考察を続ける。柔らかい肌のようなラメ糸で刺繍した絵画や、ゾートロープ(映像的に回転する連続絵)、インスタレーションを制作している。

「人工授精」で生まれたことを母親から告げられた部屋。
部屋のようすも、そのことを告げられた時の母親の顔までもが刺繍によって表現されている。
やわらかな布と刺繍の質感からあたたかさを感じる一方で「選択された生」が彼女に与えた衝撃と衝動、圧倒的な狂気を感じた。


T09B【高嶺格】 反歌:見上げたる 空を悲しも その色に 染まり果てにき 我ならぬまで

廃校のプール底部を、コンクリート板を高い壁のように垂直に立ち上げた作品。米国のトランプ大統領が不法移民や薬物密輸対策として、メキシコとの国境への建設を主張する壁の高さと同じで9メートルにも及ぶ。

ここは地元の高校で、何人かの友人も通っていた廃校のプール。
その床を立ち上げた壁。裏側は巨大な鉄骨で支えられている。
なんの変哲もなさそうな画像だけが出回っていたのだけど、あるはずもない場所に突如としてあらわれる9メートルという壁の高さというのは、想像を遥かにこえた威圧感がある。
トランプ政権による移民を排除する強権的圧力と分断のおぞましさが、恐怖として身体感覚にダイレクトに伝わってくる


T04【ホー・ツーニェン】旅館アポリア

1965年に独立するまで、彼の出身地であるシンガポールは、19世紀は英国領であり、太平洋戦争中は日本の軍政下に置かれていた。彼は、歴史の記録や伝承を丹念にリサーチし、アジア全域にまたがる複雑な物語を美しい織物のように紡ぎ出す。その作品からは、単一的な視点を越えた、多層的なアジアの歴史が透けて見えてくる。映像、インスタレーション、サウンド、演劇といった従来のジャンルを自由に横断しつつ展開するその世界観は、壮麗さや優雅さをまといつつ、虚構と真実の間で「正史から抜け落ちた物語」を亡霊のように蘇らせる。彼の語りによってめくるめく変化をとげる歴史が、時に暗く、時に妖艶に観る者を魅了し、現代につながる近代以降のアジアの問題に光を当てる。

豊田市の「喜楽亭」は明治時代後期から続いた料理旅館で、大正期の代表的な町屋建築として知られる。この建物をまるまる使ったインスタレーションは、出撃前に喜楽亭に泊まったという神風特攻隊員のようすを小津安二郎の映画と横山隆一のアニメをベースに「体感」することになる。
ふらっと訪れたわたしたちも、戦時下の「喜楽亭」にタイムトリップしてしまう不思議な空間。
「喜楽亭」は、この時のために大切に保管されていたのではないかと思うほどに建築物とアートが一体化した体験型映像作品である。


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「情の時代」というテーマは、今やるべき最善のテーマなのではないか、と思うほどに現代にピッタリとハマっているように感じた。
説明分が少なかったり、さらに小さくて読み辛かったり、会場のUXが複雑という課題もあれど、この中に載せられなかったものも含めて、感情をゆさぶられる作品がたくさんキュレーションされていたように思う。

残り二ヶ月、もっと作品とアーティストにクローズアップし、たくさんの人が、見て考える機会になってほしいと願う。

そして、現在展示中止となっているすべての作品が再開して閉幕となり、映画にでもなりそうなサクセスストーリーをひそかに期待している。

※サカナクションのパフォーマンス「暗闇ライブ」はチケットが取れなかった。残念です。


会期:8月1日(木)〜10月14日(月・祝)まで


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