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御舟と三島と"業火と劫火"

「ごうか」に漢字をあてると業火と劫火になる。ものを書いておられる御仁であればこの違いについて説明を受けるまでもないであろうからして、わたしのような者がいちいち拙い説明を書き加えるまでもないだろう。

さて大正14年に速水御舟が軽井沢逗留時に描いた『炎舞』という作品。
そして、三島由紀夫が昭和31年に書き上げた「金閣寺」であり、後の文庫本の装丁画として使用した御舟の『炎舞』
 『これらの意味は同じなのか、同じであるとするならどちらの"ごうか"であるのか』と云うのがわたしのスタート地点と落ち着いた。

速水御舟 作 『炎舞』 山種美術館収蔵
三島由紀夫 作 『金閣寺』

「金閣寺」の装丁画を眺めてみるとオモシロいことが覗える。
新潮社であり、三島由紀夫は、なぜ御舟の炎舞をオリジナルのままに使用しなかったのだろうか~というところである。
もしも、御舟の描いた"ごうか"と装丁画の"ごうか"に同じ意味であり同じ漢字を当て嵌めるとすれば装丁画はオリジナルが踏襲されていても当然と考えられないだろうか。
 が、図案はカットされているのである。
 わたしは三島がこの画を指定した前提で考えている。同時に図案カットも三島からの指示でなされたであろうと見ている。

さて、今から六十数年前の話しである。
炎舞が完成してから98年が経過している。
どの様に考え、どの様に扱い、どの様に言葉にするか
わたしにとって小説を書くことは当時の人々の精神世界への旅を楽しめることでもあり、自分の持っている世界観、言葉で表現することでもあるが、一作ごとにゼロを探す行為は些かもって筆が遅くなるのでありました。

あまり気にしていない。
必要なものはそのうち何処からか落ちて来るはずである。

世一


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