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あの電球って、あの子が買いに行ったの?(別居嫁介護日誌 #57)


義父母のたっての希望で、取り替えることになった玄関の鍵。

「誰かが自宅の鍵を持っていて、留守中にものを盗んでいく」「デイに行っている間に、誰かが入り込むかもしれないから、まずは鍵を交換しなくてはいけない」と、義父母はかわるがわる訴えた。

もの盗られ妄想の症状自体は、もっぱら義母のみに現れていたようだったけれど、義父も「ドロボウ話」は心底信じていた。義父は「(ドロボウの姿を)見たことがありません」と言いつつも、「家内のものばかり盗まれる」と、義母の言い分を信じて疑ってない様子でもあった。

玄関の鍵を何度取り替えたところで、義父母が期待する「ドロボウ退散!」は実現しない。何かをなくしてしまったり、忘れてしまったりすることはこれからもある。「鍵をとりかえたのに、どうして…!?」となるのか、ならないのか。

先々のことを考えると、気が重いところもあったけれど、「鍵を交換することで、おふたりの気が済む可能性もあります」と、担当のケアマネジャーさんに背中を押され、業者を手配した。ついでに、新しい合鍵を入手できるなら、悪くない選択かもしれないとも思えた。

気がかりだったのは、義母が早々に合鍵を紛失してしまうといことだったが、なんとか回避できた。当初、想定していた場所とは違っていたが、置き場所を突き止めることができた。しかも、義父母はわたしに鍵を預けてくれる気満々であった。だが、これにて一件落着……とはならないのが、認知症介護のおもしろいところであり、厄介なところだ。

「たしか、うちには達也とB子(義姉の名前)、あと2人ぐらい子どもがいたと思うんだけど、わからなくなっちゃったの。あなた、知っている?」

こう聞かれたとき、わたしは久しぶりに言葉に詰まった。介護になれてきたと思ったら、思いがけない方向から剛速球が飛んできた。

実は、夫には義姉以外に、亡くなった姉がふたりいる。なので、義母の「あと2人」という記憶は正しい。でも、だからといって何をどう伝えればいいのか。……正解がさっぱりわからない!!!

そして、こんなときに限って、夫は近所のコンビニに電球を買いに行っているのである。SOSの出しどころがまるでない。助けてー!

「そうですねえ……。B子お姉さんに聞いてみましょうか?」と返したのは、まるきりの逃げ口上。苦肉の策であった。

すると義母の返事は「そこまでしなくてもいいわ」というものだった。さらに「今度会ったら、渡せばいいわね」と独り言のように言ったかと思うと、「はい、これはあなたの鍵」と1本をわたしの手に乗せ、残りはすべて元あった引き出しに戻してしまった。そうですか、戻しちゃいますか!

そうこうしているうちに、夫が戻ってきて、電球交換が始まった。義母は興味津々で、作業している夫に、あれこれ話しかける。

「その電球はだいたい何ワットぐらいかしら?」
「いつ頃から切れていたの?」
「あなた、椅子から落ちないように気をつけてなきゃダメよ」
「手が滑ったりしたら大変ね」

夫は時折、「ああ」とか「ううーん」とか、気乗りのしない返事をしながらも、手を動かし続けていた。

「ねえねえ、真奈美さん」
「なんでしょう?」
夫の反応が鈍いのでつまらなくなったのか、おしゃべりの矛先がこっちに向く。

「あの電球って、達也が買いに行ったの?」
「そうですよ」
「まあ、遠くて大変だったでしょう」
「どうでしょうね。意外と早かったからそう遠くもなかったかもしれませんね」
「かわいそうに……」

なんじゃ、そりゃ! かわいそうって……!!!
絶賛電球交換中の夫を見上げると、虚無感でいっぱいの表情をしていて救われた。ものすごくイヤなのを必死にこらえた結果、修行僧のような悟りフェイスになっていた。

義母はドン引きする私にも、耐える息子にも気づかないのか、興味がないのか、半ばうっとりと「かわいそう」を連発していた。これはきつい……。珍問難問タイムの次はこれかー! 共感も理解もまったくできない義母の言動にどう対処すべきか。もはや逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

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