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ASOBIJOSの珍道中⑦(MARCO執筆):モントリオールで拾った月額7,000円の絆たち


 モントリオールにきてから2ヶ月経つというのに、私はニートだった。近所のカフェは全部落ちたし、送ったメールは返信が来ないし、そもそも求人は全部フランス語必須と書いてある。ずっと避けていた、e-Mapleという在カナダ日本人向けの掲示板サイトを開くと、キラキラした文面で、日本食レストランの求人が並んでいた。私はそこで、やっとの思いでウェイトレスの仕事を見つける。

 変なレストランだった。念仏と神棚と浴衣と茶道とJ-popとサムライを雑炊にしたような場所。食事が始まるときは、まるで宝塚大劇場のごとく厳かに幕が上がり、板前が客の目前で寿司を握った。客はよく、ガラス皿の中央の、ぷるんとした白い物体を指さして「これは何ですか?」と尋ねてきた。そのたび私は、罪の上塗りをする罪人の気持ちで「魚の内臓です」と答えた。とてもじゃないが、「精子を作る部位です」とは言えなかった。
 ゲーム音楽のような三味線のBGMに掻き立てられ、宴も終盤に差し掛かると、今度はウェイトレスたちが粛々と登場し、細い手首を見せつけながら抹茶を点てた。客は「今まで行った日本食レストランの中で1番すばらしかった」と口々に言って帰っていった。

 金持ちの客がたくさん来た。
 カナダの金持ちランキングに入っているという大富豪。すっかり酔っ払い、「キリスト教はクソ」と叫び始めて隣の客と喧嘩になっていた。レストランのことをとても気に入り、娘のためにと貸切予約を入れて帰っていった。「平等接客」がモットーのオーナーはすっかり目尻を下げ、大富豪を褒めちぎっていた。
 アメリカから旅行に来た中国人4人組。1本2万5,000円の日本酒と1万8,000円の日本酒の違いについて質問された。答えようとすると、「2万5,000円は金持ちの酒、1万8,000円は貧乏人の酒だろ?」と言って一番高いボトルを3本注文した。会計時、4人のうちの一人が、急に現実に引き戻された様子で「俺たち...いい客だったよね?」と、ネオン街帰りのサラリーマンみたいな顔で聞いてきたので、「最高の客だった。いっぱいチップくれたから」と答えた。

 怪しい客もよく来た。
 若い女性2人と額がテカテカの中年男性。自己紹介っぽい会話をしているので、どうやら男性とは初対面らしい。メロンに服を着せたような女性たちは、とんがった爪でシャンパンを傾け、よくトイレに連れ立っていた。頻繁に一人残される男性を尻目に、私は無言でグラスに水を注ぎ足した。男性はデザートの宮崎マンゴーを食べ終えると、両脇に女性たちを抱え、即座に帰っていった。
 また、きれいなカーリーヘアの若い女性と、顔までタトゥーに埋め尽くされた少年(年齢確認したら19歳だった。モントリオールは18歳からお酒が飲める)。時折、耳元で何かを囁(ささや)き合いながら二人だけの時を過ごす様子は、さながら、沈みゆくタイタニック号の客室のようだった。食後の記念撮影タイムでは、携帯ではなく、女性が持参したデジタルカメラで写真を撮った。

 仕事が終わると私はいつも、どピンクの撫子があしらわれた浴衣を脱いで、家まで30分の道のりを歩いて帰る。20分くらい歩いたところで疲れてくると、ちょうどいい具合にベンチが現れるので、するすると吸い込まれ、そのままアプリでフランス語の勉強を始める。「Tu parles français?」と人目も憚(はばか)らず声に出して練習していると、私の目の前を通り過ぎながら「あ、Duolingoだ〜」などとアプリ名を言い当てていく輩(やから)もいる。日が変わる前にクリアしないとポイントを失うんだから、こっちは真剣だ。
と、隣にフラッと座ってきたのはインド系っぽいお兄さん。
「こんばんは。きみ、めっちゃ綺麗だね。」
「ありがとう」
「よかったら電話番号教えてくれない?」
「いいよ。あ、でも私結婚してるんだ。」
「あちゃ」
 颯爽と去っていくお兄さん。
 電話番号は未だに渡せていない。
 よく思うのだけど、「綺麗だね」と電話番号はセットじゃなくてもいいと思う。私のオーダーは常に単品だ。でも電話番号とセットじゃなきゃ「綺麗だね」がもらえないのがこの「現実」というレストラン。そういうわけで私は、ティッシュ配りのごとく、キリスト教の国カナダにあっては当然のことだが、道で声をかけてきた人にはすべからく電話番号を分け与えた。
黄色い派手なシャツを着たアフリカ系のお兄さん。
メッセージが来たので「今度、夫とパフォーマンスをするので来てね!」と返信した。「わかった!」と爽快な返事。彼はその後、二度と姿を見せなかった。道端で出会った時はあんなにハイテンションだったのに、彼の安否が心配だ。今頃元気にしているのだろうか…。
 「ニーハオ!」と声をかけてきたアラブ系のお兄さん。
そのあと友人を交えてクラブに行った。私の背後にコバンザメのようにひっついているので、セキュリティに疑われて摘み出されていった。祖国は内戦で安全に暮らせないので、一人カナダに逃げてきて家族に仕送りをしていると言った。オーガニック食品の箱詰めの仕事は順調だろうか...。
 そこを通るたび、「私の愛よ!」と熱いハグをくれるラテン系のおじさん。私が日本人だということを一目で見抜き、何ヶ国語も操った。大学で勉強をしていると言ったけど、授業は夜にあるのかな。

 こうして私の電話帳は道端の愛を集めて膨れ上がった。その絆は、格安SIMと名乗ったくせに月々7,000円もかかっている。
あと4ヶ月で解約だ。

本号はMARCOさんによる執筆でした!
執筆時点では11月の上旬ですので、ワーホリも残すところあと3ヶ月半ばかし。充実しているような、良い歳こいて、こんなとこで何やってんだろう、とも言いたくなるような。。。今後もモントリオールでの日々をつづってまいります!コメントなど励みになります!よろしくどうぞ!(一空)

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