万里 一空

文筆家/元サンパウロ新聞記者/尺八修行三年目 カナダ・ナナイモ在住。 著作:『祖父のい…

万里 一空

文筆家/元サンパウロ新聞記者/尺八修行三年目 カナダ・ナナイモ在住。 著作:『祖父のいる森』(愛媛出版文化賞奨励賞) https://amzn.asia/d/bR2qCGV 夫婦ユニットASOBIJOS(SWALLOWS)の下僕 https://asobijos.com/

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自己紹介をば、少々。

 はじめまして、万里 一空(ばんり・いっくう)と申します。本名を河鰭 万里(かわばた・ばんり)と言いまして、こちらの名義でもこれまで細々と執筆活動をしてきました。 ざっくりと筆に関する経歴をまとめますと、東工大在学中に文学に溺れ、フランスの作家ル・クレジオについて卒論を書きました。その後、ブラジルにあった日刊邦字紙サンパウロ新聞で日系社会部記者を経験。帰国後、河北新報及び愛媛新聞でコラムを担当したこともあります。  2022年に、愛媛県で画家だった母方の祖父・山岡得七

    • ASOBIJOSの珍道中⑰:モントリオールジャズフェスティバル

       モントリオールに来てから5ヶ月ほど、7月になりました。  海外生活もこれだけ長くなってくると、色々な変化が起こります。まず第一に、私の足が強烈に臭くなりました。これは別に海外がどうのこうのという問題ではなく、単純にレストランでの仕事が12時間に及ぶ立ち仕事どころか、走り仕事でしたので、毎度帰宅して靴を脱げば、むわっと、便所の虫もたじろがん、とばかりの悪臭を放つのでした。  もちろん、きちんと石鹸で洗えば一時は収まるものの、しばらく経つと、やはり、ぷわんと臭い立ってしまい、M

      • ASOBIJOSの珍道中⑯:ファインダイニングの客と給仕たち

          ”ロマンティックの裏には、必ず、隠された激情がある。”  と、この店一番の古株給仕人のシラガハヤブサが、両眉の上に深いシワを作って、貫くような眼差しをこちらに向けました。  フレンチレストラン『La petite plantation』で給仕補佐になってから、すでに3ヶ月ほどが過ぎ、給仕人たちとも気心が知れてきていました。  中でもこの古株給仕人のシラガハヤブサは、いつもTim Hortons(ティム・ホートン)というカナダのチェーン珈琲店のカップを持って、出勤時刻の3

        • ASOBIJOSの珍道中⑮:百花繚乱、オールドタウン

           ジャック=カルティエ広場は、幅の広いゆるやかな斜面で、たおやかなサンローラン川の流れを見下ろし、今日も世界中の観光客を乗せ、虹色の巨大洗濯機のごとく、ごったがえした夢の渦です。左右には赤、紺、緑の大きな天幕を広げたオープンテラスのレストランが並び、蝶ネクタイをした給仕たちが担ぐお盆の上には、黒や金に輝くビールが泡立ち、ワイングラスが重なり合う音が鳴り響きます。  ガラガラガラと、その斜面を転がり落ちるように、私たちの片輪の台車が右に左に、よっと、よっと、と危なげに揺れながら

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        自己紹介をば、少々。

          ASOBIJOSの珍道中⑭:夢の街、オールドタウンへ

           ”荷物もう入れた〜?”  ”入れたよ〜”  ”おにぎりはぁ?”  ”入れた〜!”  ”水は?”  ”入ってるよ〜!”  ”おぉ、あぶねえ、バッテリー忘れるところだったぁ。”  はじめはただ、尺八一管とお扇子一本の身軽さで路上に繰り出していた私たちでしたが、しばらくして、大きなアンプを購入し、アンプを使うためにはマイクとケーブルも必要になり、それを一日中使うためにはバッテリーも持つようになりまして、さらに、観客の目を引こうと、舞踊傘に、飾り用の造花の桜も手にして踊ってみたり

          ASOBIJOSの珍道中⑭:夢の街、オールドタウンへ

          ASOBIJOSの珍道中⑬:夏、賑わい盛りのモントリオールで路上芸人をば。

           ”ぬわぁっ。”  ”ぬわぁっ!”  ”うるさっ。”  ”寝言で起こされたんこっちやで。”  ”うわぁ、夢の中でも踊っとったわぁ。”  ”休みないねえ、Swallows。”  ”よっしゃあ、今日も行くかぁ、路上〜ぅぅう〜!”と、あくびを一つ。短い腕と背中をめい一杯伸ばして、MARCOさんのお目覚めです。  レストランでの仕事が夜中まであるため、私たちの起床はだいたい昼前の10時ごろ。カンカン照りの太陽に汗びっしょりになりながら目を覚ますのでした。  日本で使っていたASOB

          ASOBIJOSの珍道中⑬:夏、賑わい盛りのモントリオールで路上芸人をば。

          ASOBIJOSの珍道中⑫:モントリオールで見た、良い仕事

           良い仕事とは何でしょう。  その人の靴を見ればわかる。手を見ればわかる。いやいや、話し方、振る舞いを見ればわかる。と言う人もいれば、はたまた、細部にこぼれがないかどうかだ。あるいは、長年の鍛錬によって、その人にしか成し得ない意匠が凝らされているかどうかだ。などなど。  千差万別、十人十色。正直に言って、私にもよくわかりません。  しかし、日本はもちろん、中国や東南アジア、インド、中東、ここ北米をうろちょろとしていても、素晴らしい仕事だなぁ、と目を疑うことは少なからずあるもの

          ASOBIJOSの珍道中⑫:モントリオールで見た、良い仕事

          ASOBIJOSの珍道中⑪:ようやくモントリオールにも春が

            コンクリートのビル群が並んだモントリオールの中心街の北側に、あまりに唐突に、近代フランスの香りがむんむんと立ち込める石造りの巨大な門が立ち現れまして、その門をくぐると、急に別世界のように、伸び伸びと育った樹木と芝が生い茂った一面の緑が広がります。その門からは広い舗装道がまっすぐと伸びていて、その左右のベンチに座った大学生たちのうたたねまじりの読書や、健気で不毛な色恋を、ふくふくとした花々の咲き乱れた花壇が縁取りを与えています。  カナダで最も長い歴史を持つ名門、マギル大学

          ASOBIJOSの珍道中⑪:ようやくモントリオールにも春が

          ASOBIJOSの珍道中⑩:給仕補佐に。

           モントリオールのフレンチレストラン『La petite plantation』で、ディッシュウォッシャーとして働き始めてから2ヶ月が経った頃。マグロの料理長がいつも以上に厳しい面持ちで、”一空、ちょっと来て。”と、私を呼び出しました。  ピカピカに磨かれたグラスや金属の食器がズラリと並んだ大きな広間の片隅に案内されながら、”噂に聞く、カナダの首切りか、、、。”と、嫌な予感が頭をよぎりました。  ”どうしたんですか、料理長。どうせ悪い話でしょう。”  ”僕にとって悪い話。でも

          ASOBIJOSの珍道中⑩:給仕補佐に。

          ASOBIJOSの珍道中⑨:NY、路上で尺八吹くのは肝試し

           ゴトリ、ゴトリ、と揺れる車窓には、早朝の柔らかな陽にとろけたモントリオールのカラフルなビル群が流れ、ジープとキャンピングカーとロッジが並んだ田舎町も二つ、三つ、と流れてゆき、白樺の樹々の間から覗いた巨大な湖の上で、西陽が燃え、いつしかまた、あのニューヨークへ、無作法に、ぶっきらぼうに立ち並んだ高層ビルの窓が輝きひしめき、三日月もせま苦しそうにかかった、夜の大都会に、列車は突き刺さりました。  前回からひと月が経って、4月の下旬のことです。今度は私ひとりで来たため、節約しよう

          ASOBIJOSの珍道中⑨:NY、路上で尺八吹くのは肝試し

          ASOBIJOSの珍道中⑧:NY、7年ぶりに。

           ”もう二度と飛行機なんて…”とMARCOさんは相変わらず。  今度はニューヨークに下り立ちました。3月下旬のことです。2泊だけの予定で、今回の目的は、尺八でジャズの作曲や演奏をしているザック・ジンガー氏に会いにいくことでした。空港から地下鉄に乗り、予約していたソーホーエリアのホテルへ向かいます。  ”切符ってこれでいいんだっけ。”  ”なんか、うまくカード決済ができんのやけど〜”  などと、田舎モノのわたしたち。モタモタとやっていますと、  ”Sorry, we are i

          ASOBIJOSの珍道中⑧:NY、7年ぶりに。

          ASOBIJOSの珍道中⑦(MARCO執筆):モントリオールで拾った月額7,000円の絆たち

           モントリオールにきてから2ヶ月経つというのに、私はニートだった。近所のカフェは全部落ちたし、送ったメールは返信が来ないし、そもそも求人は全部フランス語必須と書いてある。ずっと避けていた、e-Mapleという在カナダ日本人向けの掲示板サイトを開くと、キラキラした文面で、日本食レストランの求人が並んでいた。私はそこで、やっとの思いでウェイトレスの仕事を見つける。  変なレストランだった。念仏と神棚と浴衣と茶道とJ-popとサムライを雑炊にしたような場所。食事が始まるときは、ま

          ASOBIJOSの珍道中⑦(MARCO執筆):モントリオールで拾った月額7,000円の絆たち

          ASOBIJOSの珍道中⑥:ディッシュウォッシャー

           ”一空、同じ皿はまとめるんだよ。洗い終わった皿もイチイチ運ばなくていいから。ダメダメ、そんなんじゃ遅い。あのね、もっと先を見て仕事するんだよ。どうやってやれば効率よくできるか、考えながら動くの、わかる?どんな仕事だってそうだからね。”  と、マグロの料理長は早口で急かします。私が働くことになったフレンチレストラン『La petite plantation』には、大きなバーカウンターといくつものテーブルがずらりと並んだダイニングホールがあり、その端にキッチンが一つ、そこからさ

          ASOBIJOSの珍道中⑥:ディッシュウォッシャー

          ASOBIJOSの珍道中⑤:スカンクに追われ

           3月初旬、凍りついた街の闇夜を歩いていると、背後からガサゴソと、氷を引っ掻くような音がしました。嫌な予感。ダッと、全力でダッシュをしてみましたが、すぐに追いつかれました。獣。黒い毛にフサフサの白い毛、猫のような鼻。そうです。スカンクです。  両手に食べ物がパンパンに入った買い物袋を持ってゼーハーゼーハーと息を切らす私から、いつでも飛びかかれるほど近い、1メートルくらいのところから、じっと私を睨みつけています。ひとまず、りんごを一つ取り出して、そっと相手の方に転がしてみました

          ASOBIJOSの珍道中⑤:スカンクに追われ

          ASOBIJOSの珍道中④:アソビジョーズ、遊びすぎーる。

           さて、2月の下旬、モントリオールに到着したばかり。生活を始めるにあたって、まずは家と仕事を探さなければなりません。しかし、そんなもん、なんとかなるやろ、とジャズバーに出かけるのが、愚か者夫婦の私たち、ASOBIJOS(アソビジョーズ)でございます。  モントリオールは夏に大きなジャズフェスティバルが開催されるほど、ジャズが盛んな土地で、毎日ジャズのライブがあるバーも何軒かあります。そのうちの一軒、『Diese Onze』というお店へ出かけました。この日は、『Alex Bel

          ASOBIJOSの珍道中④:アソビジョーズ、遊びすぎーる。

          ASOBIJOSの珍道中③:いよいよモントリオールに

          ”もう二度と飛行機なんて乗らねぇ”と、MARCOさんは相変わらず。  いよいよモントリオールに到着しました。2月の17日のことです。一つ驚いたことがありました。それは、既にコロナが終わっていたことです。アメリカの入国にはワクチン接種の証明書の提出を求められましたが、カナダの入国には何一つコロナに関連した手続きなどありませんでした。街中を歩いたって、マスクをつけている人なんてめったに見かけません。  到着した翌日に、この国の寒さを凌ぐためのコートやブーツなどを探しに中心街をぶら

          ASOBIJOSの珍道中③:いよいよモントリオールに