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ASOBIJOSの珍道中⑫:モントリオールで見た、良い仕事

 良い仕事とは何でしょう。
 その人の靴を見ればわかる。手を見ればわかる。いやいや、話し方、振る舞いを見ればわかる。と言う人もいれば、はたまた、細部にこぼれがないかどうかだ。あるいは、長年の鍛錬によって、その人にしか成し得ない意匠が凝らされているかどうかだ。などなど。
 千差万別、十人十色。正直に言って、私にもよくわかりません。
 しかし、日本はもちろん、中国や東南アジア、インド、中東、ここ北米をうろちょろとしていても、素晴らしい仕事だなぁ、と目を疑うことは少なからずあるものです。
 
 モントリオールの中心街を貫くサン・キャサリーン通りを南西に向かって歩いて行きますと、だんだんと高級なビジネス街から、学生や若者の姿が増え、活気あふれる歓楽街の様相に変わっていきます。アジア系の食材を売るスーパーマーケットや、ラーメン屋に、韓国焼肉店、日本の焼肉チェーンの「牛角」の看板も見えてきます。英国式のパブや、バー、ナイトクラブが並んだ通りも、さまざまな年齢、人種の人々が押し寄せ、四六時中ごった返しています。
 そんな地区を歩いていると、日本の床屋と全く同じの、あの赤青白のサインポールがこぢんまりと通りにせり出しているのが見えてきます。窓から店内を覗きこむと、奥に向かって細長く伸びた狭い空間に、四人の男が椅子に掛け、首に紺色の大布を巻き付けられて、スパスパと頭の左右を刈り上げられ、ハサミとクシが前後に行き交う姿が見られます。
 小さな木製のドアを押して店内に入ると、天井は高く、壁は茶色く塗られており、どことなく古風な落ち着きを演出するのは、その細長く伸びた店内の一番向こうの壁に掛けられたアンティーク時計だと気が付きます。丸く、錆びついた銅の様な渋みのある金属製の装飾によって縁取られ、文字盤には、大きなローマ数字が円を描き、その上を、複雑な曲線によって膨らみを持った針が、優雅に、淡々と時を刻みながらこちらを見下ろしているのです。
 
 理容師たちは白いシャツにベストを着るか、エプロンをして、袖をまくって仕事に集中している様子です。散髪をされているのは、新聞を読む初老や、テレビに映ったヨーロッパのサッカーにかじりつく子供、黒い床には黄色いストライプの模様がデザインされていますが、次々と髪の毛が落とされると、すぐに、ささっと掃き払われていきます。
 『Barbershop Albanese』という店名からもわかる通り、イタリアの空気が漂っています。とはいえ、ここは街でも一、二を争うほど値段の安い床屋で、予約もいらず、20ドルで散髪をするお店でした。客は様々な人種や学生らしき若者の姿も多いのですが、一人、また一人と入ってくる度、この床屋の店主が声をかけ、”あそこの椅子に座っていてください。5分と待たないと思います。”といったことを、英語、フランス語、アラビア語、イタリア語、スペイン語などで対応するのです。
 この店主。細身で浅黒い肌色をして、髪は黒く、40代くらいに見えるのですが。その仕事ぶりが実に美しいのです。
 2、3分に一人ほどの間隔で次々と入ってくる客を案内しながら、自分の部下3人の仕事ぶりも真剣な目つきで見ています。時にはスペイン語で、”アミーゴ”と声をかけると、”床を掃いておけ。お前はその仕事を終えたら休憩だ。そこではそのバリカンを使うな。クシとそのハサミだ。使い終わったらきちんとはたいておけ。”などといったことを口早に指示を出します。
 その間も、彼自身の手つきに迷いはなく、淡々と、自分の顧客の髪の毛も、信じられぬ速さで仕上げていくのです。

 私はひと月に一度はこの床屋に足を運んでいましたが、運良く、大抵はこの店主に切られることになりました。
 ”どうしますか。”
 ”サイドを短く。”
 ”トップは?”
 ”任せるよ”
 ”短くしてみましょう。”
 といったやりとりの後、かれは何一つ余計なことは口にせず、淡々と、口早に、店全体に指示を出しながら、仕事をこなしていくのです。翌朝に鏡をよく見ると、遊び毛がぴょんと出ている、などということは絶対にありませんし、どんなスタイルにしたって、不思議と、”きちんとしている”という感じが生まれるのでした。
 ”一日に何人くらい切るんですか?”
 と尋ねてみたこともありましたが、
 ”私は数えません。”
 と答え、
 ”14歳からずっとここで働いています。いまやボスになってしまったけれど、ずっと客を数える暇がないもので。”
 とだけ溢して、鏡越しに私に微笑むと、また脇の見習いにスペイン語で指示を出し、アラブ系の常連客には丁寧なアラビア語で挨拶をするのでした。立ち姿。手つき、顔つき。口から出る言葉、何一つとっても無駄がありません。しかし、それだけを真似すればいいというものでもないのでしょう。

 ところ変わって、私の仕事場のフレンチレストランで、もっとも美しく仕事をするのは、ドーベルマンの副料理長でした。彼こそきっと最も頻繁に床屋に行っていた男で、いつも襟足はピッタリと剃り揃えられていました。
 若い料理人らがクロックスのサンダルを掃いて仕事をしている中、ビルケンシュトックの高級革サンダルを手入れしながら履き、シェフスーツに白いエプロン。ふきんはいつも綺麗に畳んで胸にしまい、作業場が汚れていることなどはめったにありません。
 フランスでもともと料理長をしていたというドーベルマンの副料理長は、ハーブの切り方ひとつでも、”こんな汚い切り口のハーブなんて、恥ずかして出せるか!”と、牙を剥き出しながら、ウ゛ァウ、ワゥ!と吠え散らかして、ウサギの料理人や、アヒルの料理人を食べてしまいそうになるのですが、それも、仕事に対する誇りからくるようでした。

 ある時、私がキッチンの戸棚を掃除している時に、たまたま、オウムの料理長が近くのテーブルで牛肉の塊を解体していたのですが、こんなことを言い出しました。
 ”おれも日本の割烹(かっぽう)で働いたことがあるよ。すごいよね。あいつら、全然寝ないよ。14時間、16時間と働いて、家に帰る電車もなくて、マクドナルドでふて寝したら、また朝の6時には働いてやがるよ。おれは外人扱いだったからそんなのなかったけど、料理長が指示した通りの仕事ができてなかったなんて時には、副料理長が上の階に呼ばれてさぁ、何時間も怒鳴り散らされてるんだよ。『テメエ、このクソヤロー!』って。ズドーン、バコーン!って、何を蹴っ飛ばしてんのか見んのも怖かったけど、天井が抜け落ちそうなくらいの音だよ。それでな、それが終わって、下りてきた副料理長がな、まるでシャワーでも浴びてきただけ、みたいな爽やかな顔でまた淡々と仕事に戻るんだけど、それが余計に怖いの何の。”
 ”そこで知ったのね、『テメエ、クソヤロー』って。”
 ”オマエのチンチンクサイ!”
 ”わかった、わかった。”
 と笑うと、
 ”日本人くらいだよ、あぁやってストレスかけて料理の仕事するの。あぁ、あと、そう。フランス人も、な。”

 と、その後ろで、英語のわからないドーベルマンの副料理長は、大きな天板を二つほど広げ、小さなウズラの肉の下処理をしている様子でした。
 それから私は掃除を済ませましたが、ドーベルマンの料理長は、下処理を済ませた40羽ほどのウズラをオーブンから取り出し、今度はひき肉と、大量のハーブや薬草酒などを混ぜたものを用意すると、それをひとつひとつに詰め出しました。
 私がトイレの掃除をし、裏庭を掃除し、洗い物を運んでくると、ドーベルマンの副料理長は、今度は紐で一羽一羽を丁寧に縛って、結んでいるところでした。その並べられた、丸裸でぷりっぷりに膨らんだ一羽一羽のウズラは、これから花嫁にでもいくかのように、優雅に着飾られ、また香水のようなソースが塗られていくのでした。
 私が、バゲット用のバターを用意したり、ケチャップをボトルに詰め替える作業などをしていると、副料理長は、それをまたオーブンで焼き、添えられる野菜を用意し、また別のソースを作っているようでしたが、この人もまた、立ち姿、所作の無駄のないこと。少し機嫌がよくなりすぎて歌い出してしまうシャンソンも、ほどよいビブラート加減なのです。
 ”バゲットを、普段の斜めじゃなくて、真横に、丸い断面になるように薄く切ってくれ”と頼まれると、
 私は、緊張しながらそれを言われた枚数だけ、なるだけ均一に用意し、クルトンにしました。
 ”C'est parfait (完璧だ).” 
 と言われるまでは、頸動脈にあの牙を当てられるのが怖くて怖くて、私はもう気が気ではありませんでしたが…。

 さて、結局、その料理が出されたのは、その晩のディナーの団体でしたが、もう味も全く想像がつかないほど、複雑な物語の集合体というような有様でした。それぞれに凝らされた手法や食材に、フランスの伝統や、地理、特産品、歴史の物語が詰まっており、到底、何が何の上に成り立っているなどと尋ねたところで、三日三晩寝ずに講義を聞いても全く理解の及ばないものがある、ということくらいは想像がつきました。
 ソースが敷かれ、野菜が添えられ、美しく詰め物が入ったウズラの断面が中央で輝き、どことなく野生味のある香りに、森のような複雑な香りがし、かすかに漂う蠱惑的な甘い蜜のような香りに、キッチン中の働き手も給仕人たちも、鼻を誘われ、そのまま美男美女を追いかけるように、鼻の下を伸ばしながら、キョロキョロとその姿を目で追いかけてしてしまう有様でした。
 ”私の味見用はないのか!?”
 と冗談を言いにきた特大シャツを着た副給仕長の大熊は、その大きな腹に包丁を突きつけられ、”お前のその底なしの腹を裂いていいなら、スタッフ全員でも食い飽きるほどのまかないを作ってやるんだがな!”と、怒鳴りつけられてしまう始末でした。
 そして、その横でパセリやディルを刻んでいたアヒルの料理人も、ついでとばかりに、”お前のそのハーブが汚かったら、あんな料理も台無しなんだ。わかるか、このアホ野郎。”
 と、脅しつけられると、目を大きく開けながら冷や汗をかき、唇を尖らせて口笛を一つ鳴らすと、今度は、流行りのフランス語のラップを口ずさみながら、淡々と仕事に励んでいくのでした。

 
 
 
 
 
 

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