#26:雪ダルマ男②仙台と東京と神戸で交錯するキモチ

仙台の地方銀行に勤めているという情報は得ていたのでまず、Tという人間が存在するかどうかを調べることにした。Tの妹を装って電話をかけてみた。
「すみません、Tの家族のものですが急ぎで連絡を取りたいのですが…」と言うと疑う様子も感じられず、すんなりと「Tですね。少々お待ちください」と電話の向こう側の女性は電話を保留にした。Tという人間は銀行にたしかに在籍しているようだった。
そもそも「ベースボール」という野球雑誌に社会人野球のチームメンバーが掲載されたときにT は私に嬉々として伝えてきたのだ。そして、私はその「まだ会ったことない男」が掲載されている雑誌を買って、家族に見せたし、大事に持っていた。雑誌は普通の本屋さんで購入したものだから、捏造されたページではないということはわかる。では、この男は何が原因で会わないのか。好きだから会いたいとかそういう気持ちはとっくに失われていたものの、どうしても追求したいという性格が私の行動を止めることはできなかった。
何とも言えない気持ちのまま待っていた私に先ほどの女性は外出中で不在だということを伝えた。勤め先の銀行の支店前に1日中張り付いていたら姿を現すのかもしれない…と思ったが、雪が降るような寒い日だったのと、私のケータイにはTから「寒いからあったかくして部屋の中にいるんだよ」というような趣旨の内容のメールが送られてきた。誰のせいで雪の中にいるのだと思っているのか。汚い言葉を吐き捨てるような気持ちになったまま、私は仙台駅へ戻った。

ホテルの部屋の窓ぎわから雪が降る様子を見ていたら、悲しくなってきて少し泣いたりした。何をやってるんだろう。なんてムダな時間の遣い方だろう。今日の夜、電話で納得がいくまで話して、明日神戸に帰ろう。
そう決めた私は、Tと夜中に2~3時間話し込んだ。でも、いつものように同じことの繰り返しで
「休みがとれたら絶対に神戸に遊びにいくから」
「今はどうしても忙しくて時間がとれない」
「本当に大好きなんだ。俺だって会いたい」
「今、仕事がとても大事なときだからわかってほしい」
と散々説得されただけだった。

翌日、神戸に向かう飛行機の中で、ひとつのことを決めた。
もう少しだけ様子を見よう。ただ、さすがに家族や友達に仙台まで行って会えていないという事実は自分的にも恥ずかしいし、怪しまれるだろうから、短時間だけ駅前でお茶をして話したということにしよう。
私は自分以外の全員に嘘をつくことを決めたのだった。今から思えば、それが自分をとても苦しめることになったし、Tに対する憎悪が激しくなっただけだった。
神戸に帰ってから、家族や友人は私が少しだけだったとしても、ようやくTに会えたことを喜んでくれた。「よかったね」と言われるたびに複雑な気持ちになったし、何も解決していない、という意識が甦った。そして、その間もTからは毎日メールと電話は一瞬の隙間も惜しむかのように、連絡が頻繁にあったので、私がTの存在について忘れる暇はその後もなかった。

その間に何度も「今週末は神戸に行けるかも」と言っては直前にキャンセルするということが繰り返されていた。そのたびに傷ついたし、期待もしなくなっていった。ドタキャンされるたびに毒づく私に両親は「社会人になったら仕事を優先しなくてはいけないときもある」と言って諭してきた。
Tが言う「会いたくないのなら、こんなに連絡しない」というのが当時の私にとってパワーワードだったし、たしかに、実際に会うつもりもない人間に異常とも思えるほどの時間を割かないのが常識だろう。そう思って自分の気持ちを落ち着かせようとした。

仙台まで行っても会えない。
数え切れないほどのドタキャン。
でも、まったく架空の人物ではない。
話のつじつまも合っている。
どうやら存在はしているらしい。
毎日数時間にわたる電話とメール。

これらのすべてに対して自分を納得させるだけの理由がどうしても見つからなかった。Tの本当の狙いは何なのか?何のためにこんなにムダなことを繰り返すのか?どれだけ考えてもまだ事実を掴みきれずにいたし、ただただ苦しい日々が続いていた。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?