マガジンのカバー画像

短編小説『予祝』

2
津々浦聖(きよし)は米農家産まれで農業の跡継ぎであった。ベーシック・インカムが始まった世の中で、彼は父からは「自由に生きろ」と言われる。四十代にもなった身の彼は、これからどう生き… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

短編小説『予祝』第二章

短編小説『予祝』第二章

 初夏。立夏。竹笋生の侯。今日が一粒万倍日であることに願掛けて、稲の種を蒔く。木々に若葉が茂り、風景に涼しげな彩りを添える。田園の奥、農道を歩いている子どもが三人。小さなカゴを持っているところを見るに、おそらく野いちご狩りに行くところだろう。寄り道に田圃に張られた水の中を覗いているようだ。
 ベーシック・インカムが始まって数ヶ月が経った。彼の住む町の様子も変わってきたようだ。第一に都会から人が訪れ

もっとみる
短編小説『予祝』第一章

短編小説『予祝』第一章

 ベーシック・インカムという制度が始まったのはつい最近のことであった。政府から一定額のお金を毎月国民に無条件に給付するという制度だが、賛否両論、いろんな渦がある中で始まったのである。当然、仕事を辞める者も出てきたが、その反対に仕事を続ける者もいた。

 仲春。春分。雀始巣の侯。山奥の豊かな湧き水が農業用水路をさらさらと通り抜け、田圃の中へと流れていく。既に水で満たされた田圃には、頭上に広々と横たわ

もっとみる