鶏もも肉の塩焼きと、空気読めないおじさん
「ホント、この料理、好きだよね」
「だっておいしいんだもん」
店主から時々ツッコミが入るほど、私がなじみの居酒屋で頻繁に頼むお気に入りのメニューが「鶏もも肉と長ネギの塩焼き」である。その日は、メインの鶏肉と長ネギの他に、パプリカも入れてくれた。
材料も味付けもシンプルだが、鶏肉は皮目を下にしてフライパンに乗せ、アルミホイルをかぶせて、じっくりと焼く。出来上がるまでに少し時間がかかるが、皮はパリッと、肉はジューシーに焼き上がる逸品なのだ。
ちなみに、英語では チキン アンド グリーン オニオン グリルド ウィズ ソルト(Chicken and Green onion grilled with salt) で通じるようだ。
この料理は、串に刺していないから焼き鳥ではないが、最近、海外では日本の焼き鳥が「Yakitori(ヤキトリ)」として、人気を集めているらしい。
「この店の鶏もも肉、焼き鳥みたいだから毎日食べてもいいなぁ」
「焼き鳥屋は、ひとりで行かないのか?」
「焼き鳥屋にひとりで行くと、いかにもオジサンって感じなんだもん」
「いいじゃん。中身はオジサンなんだから」
「まぁ、そうなんだけどね~」
私は笑ってそう言うと、手元の日本酒をゆっくりと味わった。
ふと見ると、私のいるカウンター席近くのテーブルで、女性が2人、日本酒を飲みながらおしゃべりしている。おそらく2人とも、20代だろう。ひとりはポニーテールにTシャツ、ワイドパンツというカジュアルスタイル、もうひとりはミディアムヘアに、青いブラウスとタイトスカートというきれいめファッションである。
「この前さ、久しぶりに新橋で飲んだんだけど」
「ふ~ん。珍しいね。いつも新宿とか渋谷なのに」
「ちょっと仕事で、汐留に用事があったから」
「あ、そうなんだ。汐留に行ったら、新橋で飲むね。確かに」
「でしょ?ホント久々に行って思ったんだけど、なんで新橋のオジサンたちって、あんなにくたびれてんのかな?」
「そう?くたびれてる?」
「うん。白髪まじりの頭はボサボサだし、背中は丸まってるし、何より、くたびれた地味なスーツだし」
「あ~、わかる!暗いグレーとか、茶色とか」
「そうそう。ああいうオジサンたちには、クールビズなんてないんだろうなぁ」
「クールビズって言われても、何を着ていいのかわかんないんじゃない?」
「それでさ、そんな格好なのに、なぜか私たちが飲んでると、声かけてくるんだよね」
「あ~!それもわかる!」
「その時も、ちょっとオシャレな日本酒の店に行ったんだけど、隣のオジサンが、私たちが飲んでる日本酒を見て、『あ~、それはね、秋田の有名な酒蔵の酒で…』とか、解説し始めちゃって。聞いてないっつーの!」
「そうそう。なんかさ、こっちが聞いてもいないのに、勝手にしゃべり始めて、しかも、自分の話しかしないよね」
「そうなの~!アレ、なんでなのかな?」
「なんかね、私、先輩から聞いたんだけど、バブルの頃って、そうやってウンチク語るのがかっこよかったらしいよ」
「へぇ~。そうなんだ。今なんて、そんなウンチク、ググればすぐに出てきちゃうのにね」
「オジサン、空気読めっ!って言いたい」
「ホントだよね~。だから、一緒に飲みに行きたくないって思われちゃうのにね」
「カッコいいオジサンとなら、一緒に飲みに行ってもいいよね」
「わかる~!カッコいいオジサンだったらさ、結構、私たちの話も聞いてくれるもんね」
「そうそう。外見と中身って、比例するよね~」
若い女性たちは、辛らつだ。うっかり、彼女のようなコたちに話しかけてしまったオジサンは、後にこんな風に言われているとはご存知ないだろう。
「私も、若いコの前でウンチク語らないように気をつけようっと」
酔っ払うと気持ちが大きくなって、若いコたちにいろんなことを教えたくなるオジサンがいる。酒場では、チキンハートでいるくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
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