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連作短編「おとなりさん」番外編


高知県を走るタイガース列車。
背番号80。岡田彰布新監督。
練習開始直後のタイガースナイン。
再起を図る高山俊選手。

 番外編「星々を見守るように」

「動いてる。動いてる」
 グラウンドに躍動する選手たちに手を振りながら、お隣さんがはしゃぐ。大きなはずのプロ野球選手たちも、スタンド(観客席)から見るには、そう大きくは見えない。しかし、彼らの多くは、一八〇センチ前後になる、強者たちなのだ。一九○センチを超えるような長身もいれば、一方、一七○センチ前後の小さな選手もいる。身長や体重に制限はない。階級もない。小さな投手の投げる球に大男がきりきり舞いさせられたり、逆に、小さな捕手のブロックにタックルをしてくる大男だっている。良くも悪くも、それが野球の世界だ。野球とはそういうスポーツなのだ。
 初めて、球場に来たのだと言うお隣さんに、僕は得意気に解説の真似事だって始めてしまう。十一月だと言うのに、高知の日差しはまるで真夏だ。時折、冷たい風が吹くものの、じりじりと肌を焼かれる。雲すらない静寂の空には、燃え盛る太陽が、ここにいる、すべての、お隣さんたちを照らす。睨む。灼熱を浴びせにかかる。
 球場スタッフが「会話をするときはマスクの着用をお願いします」のボードを持って、客席を歩いている。
 野球を、阪神タイガースを愛する、僕たちは、私たちは、ルールを守って、憧れの選手たちの姿を追いかけていた。誰かが拍手をする。それを受けて平田ヘッドコーチは「まだまだ」と声をあげる。声のない小さなスタジアムには、選手たちの声が響く。
「8 SATO」のユニフォームを着た、小さなお子さんとお母さん。佐藤輝明。23歳。内野手(兼外野手)。タイガースの新しい顔。通称はテル、サトテル。
 しかし、このグラウンドに佐藤輝明はいない。彼は、チームメイトの近本光司(27歳。外野手。背番号5)、中野拓夢(26歳。内野手。背番号51)、湯浅京己(23歳。投手。背番号65)の四人と共に、侍ジャパンこと、野球日本代表の合宿に参加している。今回の高知県安芸市で行われている秋季キャンプには、代表合宿を終えてから合流の予定だと公式に発表されていた。
 老若男女、そんな言葉がぴったりだろう。地方の、都市とは言えない、田舎。駐車場は県外ナンバーもずらりと並び、小さな子から、地元らしきおじいちゃん、おばあちゃんが肩を寄せ合う。
「27 ITOH」のユニフォームを着た女性は、「伊藤くん(伊藤将司。投手。27歳)、下がってしまった」と淋しそう。「2 UMENO」は、正捕手、梅野隆太郎。「3 OHYAMA」は、主力打者に成長した、大山悠輔。
 高山俊のタオル。15の西純矢。25は、新加入の渡邉諒。35番の投手、才木浩人。39番は若手の捕手、高知県出身の榮枝裕貴。同じ高知県出身で、昨年のドラフト一位、森木大智投手はこのキャンプには不参加。4 熊谷敬宥はやっぱり人気。不在ながら、糸原健斗のユニフォームも目立つ。38番は小幡竜平。22歳。このオフ、新監督に就任した、岡田彰布監督から、名指しで指名された、若いショート。ゴロを追う姿が、獲物を追う猫のようにしなやか。鋭い送球。まさに伸び盛り。
「栄枝さん、がんばってる」
「うめちゃん」
「小幡くん、かっこええ」
 肩を並べて、ささやき合っている、たくさんのお隣さんたち。オフシーズンだけの楽しみ。試合ではない、リラックスした表情で、鍛錬を積む若い選手たち。
 まだ午前だと言うのに、出店のおでんをつつきながら、ビールを飲んでいるおじさんと娘さんらしき三人組。ライフルみたいなカメラをかまえて、選手を狙うアマチュアのカメラマンたち。テレビや新聞などの報道陣。推しの選手のユニフォームを着て、おとなりさんとグラウンドを見つめる女性陣。
 映えを意識して自撮りをしているイ○スタグラマーはここにはいない。主人公は、このグラウンドにいる、選手たちなのだ。
 僕は、出店で牛串焼きと鶏皮餃子、ビールを買っていた。やはり、缶ビールのお隣さん。来季は、阪神タイガースが優勝できますように。
 そのとき、グラウンドに現れたのは、背番号80。岡田彰布新監督。いまや伝説の住人。
 おお……。
 感嘆の声がスタンドから漏れた。隣にいたのは、新婚だと言う若いご夫婦。奥様は、すでに引退された、鳥谷敬さんのファンだという。プロ通算、2000本ヒットを記録した、鉄壁のショート。背番号1のイケメン。おふたりは兵庫県から安芸キャンプを見に来たのだと言っていた。
「鳥谷さんの時代に優勝したかったですよね」
 僕はそう言う。憧れの背番号1。鳥谷敬。鉄仮面と揶揄されるほどにクールなプレイスタイル。
「糸井(嘉男)も引退したねー」
 近くの席にいた、目上のお姉さん。糸井嘉男。外野手。背番号7。日本ハムファイターズからオリックスバファローズへ、のち、FAで阪神タイガースに移籍してきた、超人。もしくは宇宙人
(人間離れした身体能力を誇りながら、なにせ、変わった人)。
 スタンドを見渡す。ぐるりと、タイガースを愛する人々が肩を並べていた。僕はビールのプルタブを引く。それが引き金になったのか、お隣さんや、近くにいる人たちが缶を開けた。
 とりあえず、ささやかに。近くにいる、初見のおとなりさんたちと「来年こそ、優勝」と杯を掲げた。
 阪神タイガースだけじゃない。佐藤輝明らが参加する、大谷翔平やダルビッシュ有、鈴木誠也、山本由伸、吉田正尚、村上宗隆、佐々木朗希らが、若いスタープレイヤーたちが、新しい伝説になる舞台が迫っている。来年3月のWBC(ワールドベースボールクラシック=野球の世界大会)。今度は、彼らのような若者が伝説の住人になるのだ。
 全国各地からやってきたのだろう、様々なナンバーを見つけた。東京から来たと笑っている人もいた。夕には、日本一を達成した、オリックスバファローズが高知県で秋季キャンプに訪れると誰かがよろこんでいた。嬉々として展望を語り合う、僕たちの前を、未来の野球少年が駆けてゆく。
 笑顔で星々を見つめる人々を見る。ここにいる人々こそが野球界の未来だ。ここにいる、老若男女すべてが、野球を愛するおとなりさんなのだ。
 太陽の降り注ぐスタンドで飲む、ビールはやっぱり最高だと、キャンプ見学は初めての、おとなりさんも笑っていた。
「走れ、チカモト」
 マスクの下で僕は言う。背番号5、近本光司。リーグ屈指のセンターに成長した、スピードスター。しかし、近本光司は、代表合宿に参加しているので、まだ、この安芸のキャンプに合流していないことを忘れていたのだ。

#ほろ酔い文学
#野球が好き

https://note.com/birdmanbilly/m/mad417eed55cc

photograph and words by billy.


p.s.東山紀之さんのナレーションに合うように書いていますので、もし、良ければ、東山さんの声を思い浮かべてみてください。

#創作大賞2023


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