見出し画像

【BI-TO #01】発酵のまち・香登ー馬場商店、鷹取醤油・五郎辺衛窯・日東酵素(香登おはぐろ研究会)

香りが立ち登るまち「香登」。
醤油、みそ、酒などの醸造業を営む蔵が集まり、
かつてはあちこちからその香りが立ち登っていました。

そんな香登で発酵・醸造の仕事を継ぐ人々に、
今回はお話をうかがいました。

香登に来ればなんでもそろう

「子どもの時は”香登に来ればなんでもそろう”と言われとった」

熊山から湧き出るゆたかな水のおかげで様々な醸造業が発展した香登。そこには多くの人が集まり、以前は150もの店が軒を並べていたそう。

そんな“香登に来ればなんでもそろう”の立役者が、香登商人・武用五郎辺衛だ。

五郎辺衛はお歯黒の包紙をあつかう紙屋だったが、明治時代に酢・醤油の醸造業に転身。同時に香登と岡山最大の市・京橋をつなぐ配送業もスタートした。まだバスや電車もなかったこの頃に1日3回香登⇄岡山便を出し、商品を京橋市へ売りに行き、帰りに雑貨を仕入れ、香登で売る。百貨店の「十字屋」も開業し、これが“香登に来ればなんでもそろう”の理由になった。

時代の変化を積極的に受け容れる五郎辺衛のこの性格が、のちのキリスト教への改宗や、香登教会への支援にもつながった。五郎辺衛は「児童福祉の父」ともよばれた石井十次とも親交があり、京橋配送の帰り道には、岡山市内の石井十次の孤児院に、米・醤油・酢・味噌などを届けさせたりもしていたそうだ。

そんな話を聞かせてくれたのは、五郎辺衛の子孫で、備前焼ギャラリー「五郎辺衛窯」を営む武用務さん。昔、醤油や酢を作っていた蔵を改装したギャラリーを訪ねると、当時の帳面も出し話を聞かせてくれた。見ると、香登には10軒もの醸造業があったことがわかる。

「五郎辺衛の酢やソースはとても好評だったんですよ。酢はしっとりした風味が特徴で、岡山名物まつりずしの発展にも貢献したと言われています。ソースはあのオタフクソースが視察に来たこともあるんです」
その秘伝のレシピは今も武用さんが大切に保管している。

五郎辺衛の醤油屋の歴史は、武用さんの備前焼にも引き継がれている。たとえば写真の「醤油屋が作る醤油さし」。SONYのウォークマンも作ったプロダクトデザイナー・澄川伸一さんともコラボした。「五郎辺衛が人々の生活を支えたように、私も生活と結びついた”頼りになる備前焼”を作りたい」と話してくれた。

「このギャラリーの前の旧山陽道も、以前は人で賑わっていました。それが国道ができて、山陽本線や新幹線が通り、人の流れも変化した。香登にまた新たな変化が起きるとしたら”人とモノの流れ”がキーになるかも」
モノの流れを作りまちに活気を生んだ五郎辺衛の血を感じる言葉だった。

麹そのものの甘さを引き出す

「馬場商店」は創業103年の老舗みそ店。クリーミーで味わい深い「備州白みそ」や「臥龍田舎みそ」で知る人も多いはず。

「みそに必要なのは大豆・米・塩の3つだけ。だからこそ材料にこだわり本物のみそを作り続けたい」
そう語るのは3代目の馬場敏彰さん。馬場商店のみそづくりに使う麹も、馬場さん本人が東京農大時代の友人と独自に開発したもの。その麹を使って40年間みそづくりを続けている。

この日は白みその仕込みを見せてもらった。馬場商店の白みその完成は早い。朝、大豆・塩・麹を合わせ、なんと夕方には完成。味見させてもらうと思わず「おいしい!」と感嘆。朝の仕込みではまだ塩気が強く粒の残っていた材料が、たった半日で、驚くほどまろやかで甘みのあるみそに変身するのだ。

その味は海外でも人気で、フランス、ドイツ、イタリアなどでは、ディップソースとして親しまれている。工場には「WHITESWEETMISO」と印刷された出荷用の箱が積まれていた。

「紅麹みそ」も看板商品だ。紅麹はその名の通り紅色の麹で、漢方にも使われている。おもに消化促進・高血圧改善・コレステロール低下などの効果があり、すっきりした美味しさと夏場でも痛みにくい点が特徴だ。しかし加工前は非常にクセが強く、今のおいしさを引き出すのに数年要したそう。
今では「紅麹の扱い方を知りたい」と大手メーカーが見学に来るほど。そんなこだわりの紅麹で作った甘酒も桜色で愛らしい。お花見シーズンにもぴったりだ。

「工場を閉めた後、夜中ひとりで麹の様子を見に行くことがある」
温度管理は機械がしてくれるが、やはり最後は自分の目でも確かめたいーー取材の終わりに、そう語ってくれた馬場さんの、まっすぐ優しい眼差しが印象に残った。


醤油の味がその店の味を決める

次に訪れたのは「燕来庵」。「鷹取醤油」の販売店で、試食や、名物の醤油ソフト&ポン酢ソフトを楽しむお客さんで朝から賑わいを見せている。

鷹取醤油も来年創業120年を迎える老舗だ。
4代目の鷹取宏尚さんが両親から店を引き継いで18年となる。

高校を出て一度は就職したが、ある日両親のかわりに配達に行くと、お客さまが「継ぐんか!」と声をかけてくれた。かつて香登に10軒あった醸造業も少なくなり、「今継がなければ子どもの頃から大好きだったこの醤油もなくなってしまう…」と29歳で家業を継ぐことを決意。

しかし、取引先が増えない。見かねた友人が紹介してくれた備前焼の窯焚きバイトに出かけた夜、同じ醤油屋の先輩から電話があった。
「そんなことしてる暇があったら営業しろ!」
まだ本気になれてない!ガツンと頭を殴られた気分になった帰り道、深夜営業のドライブインの光が見えた。思い切って営業に飛び込む。それを機に大きく潮目が変わった。

営業が軌道に乗りはじめたある日「もっとあんたと仕事したい。でも今うちが欲しいのはドレッシングなんだがどうだろう?」と相談を受け、醤油以外の初商品、和風ドレッシングを開発。「相談したらなんでも作ってくれるおもしろい醤油屋がいる!」と評判になった。これまで開発した商品ラインナップはみそだれ、ポン酢、つゆなど50以上。飲食店独自の調合も含むとなんと300以上あるという。

そんな商品づくりの責任者が工場長・那須巧さん。
以前は飲食店勤務で鷹取醤油を「使う側」だったが、その味に惚れ込み「作る側」に。大切にしているのは「おいしいものを作ること。作り続けること」とズバリ。さらに「日本酒はその年ごとの味の違いも楽しみですが、醤油は味が違うとお店の味も狂ってしまう。だから同じ味を守ることが大事。料亭からわずかな色の違いまで指摘されることもあるんですよ」と教えてくれた。

 そんな鷹取醤油のモットーは「一”醤”懸命」。商品がどれだけ増えても、両親が作り、鷹取さんが愛し、那須さんがおいしいと言った基本の醤油の味だけは絶対に変えない。「その一滴でお客さんと繋がるんだという気概でいる」と笑顔で語ってくれた。

全国で愛されたブランド・香登お歯黒

もうひとつ香登を語る上で外せないのが「お歯黒」だ。江戸時代、香登はお歯黒の一大生産地で、全国の生産量の約8割を製造していた。

お歯黒には、実は虫歯や歯槽膿漏を防ぐ効果もあり、出産で歯が弱りがちだった当時の既婚女性の必需品だった。

香登お歯黒の特徴は「美しく・使いやすく・におわないこと」。各家庭で作ると酸が強すぎて逆に歯を痛めることもあったが、香登お歯黒はその点絶妙で、使い方も粉を水で溶くだけでカンタン。お歯黒特有のにおいや色ムラもなく愛された。
「おたふく」「ぬれがらす」など各ブランドの配合法は秘伝で、後継者だけに暗号で受け継がれたという。

しかし、明治時代、西洋化の影響でお歯黒は衰退……。一度は途絶えた文化を調査すべく平成の世に立ち上がったのが「香登おはぐろ研究会」だ。香登の隣り、坂根に事務所を構え、紅麹やテンペ(インドネシアの伝統発酵食)などをつくる「日東酵素」の馬場史彰さんもそのメンバーの一人で、お歯黒の成分を活用して黒豆を美しく煮る商品「ぬれつばめ」を開発した。「ぬれつばめ」は2025年開催予定の大阪万博で提供される「万博弁当」の素材にも採用され、なすの変色を防ぐ色止めとしても使われる予定だそう。

香登おはぐろ研究会の調査によると、香登おはぐろの原料は、五培子・ローハ・蜆貝灰の3種類。ローハ(硫酸鉄)はベンガラ格子の街並みで有名な岡山の吹屋のまちで製造されたもので、ベンガラの材料にもなっているという。

「お歯黒の材料のひとつ・五培子は、タンニン酸でモノを艶ある黒に染めてくれます。今も能面づくりや、お寺の修繕、アレルギーのある方の家の建築塗料にも使われてるんですよ」と馬場さんは教えてくれた。もしかしたら今後の工芸やものづくりにも活用できるかもしれない。

しかし研究会の立ち上げから30年。
再び世代が移り変わり、次の語り部が求められている。

はたらく環境を整え、見守る

香登の人々を訪ねてまず感じたのは「つくり手のプライド」だ。「おいしいと言ってもらうこと。最終的にそれがすべて」と語るのは一人だけではない。

もうひとつ印象的だった言葉は「ぼくらの仕事は、菌がうまくはたらけるように環境を整えること。できる限りのことをして、あとは自然に託すこと」。
これまで受け継いできた手法を大切にしながら、変化が起こる環境づくりに心を砕き、最後は見守る。それはなんだかまちや人を育む話にも聞こえた。

「香登はコミュニティのつながりも強く、今若い世代も増えている。20年来途絶えていた大内神社の夜祭りを地元で復活させたりもしたんですよ」取材ではそんなエピソードも。

これから香登がどんな風に醸されるのか、今後も目が離せない。


「BI-TO」紙面でほかの記事もチェック!

この記事は、岡山県備前市の<人>と<文化>に注目するフリーマガジン「BI-TO」に掲載されたものです。誌面では「発酵のまち・香登」の関連トピックや、香登おさんぽMAPもご紹介。こちらからPDFもご覧いただけるのでぜひチェックください!

BI-TO ISSUE #01 発酵のまち・香登

■目次
・ISSUE#01 発酵のまち・香登
・発酵をもっと楽しむ3選
・「大人のしゃべりBAR」はじめました
・Do you know…?
 -備前蚤の市
 -BIZEN中南米美術館「チョコレートの王国」展
・香登おさんぽMAP

2024年3月10日発行
発行:BIZEN CREATIVE FARM
企画編集:南裕子
デザイン:池田涼香、吉形紗綾

「BI-TO」寄付サポーターも募集中!



この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?