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うつ病・摂食障害・無職のアラフィフ◆ 関西地方在住/関西某県と愛媛県のハーフ◆ ♥️→S…

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うつ病・摂食障害・無職のアラフィフ◆ 関西地方在住/関西某県と愛媛県のハーフ◆ ♥️→SEKAI NO OWARI/ヒコロヒーさん/読書/短歌

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  • ヒコロヒーさん

    ヒコロヒーさん関係のnoteです。

最近の記事

阪神・淡路淡路大震災から29年

今年もこの日がめぐってきました。 祖母は倒壊した家の中で生きていましたが、瓦礫に火がついてしまい助けられませんでした。 自宅は棺に変わり、家具やインテリア、家族の写真や歴史、思い出は副葬品になりました。 祖母の遺体は残っておらず、わずかな遺骨が残っていました。一生懸命かき集め、拾いましたがティッシュペーパーの箱の3分の1くらいの量しかありませんでした。骨壺に入れると量の少なさが余計に目立ち、涙がぼろぼろ流れました。 あれから29年。 日本の各地でさまざまな災害が起こってい

    • 短歌の夏まつり

      今X(旧Twitter)で 「短歌の夏まつり」という企画が行われています。 2023年8月19日(土)まで、ハッシュタグ 「#短歌の夏」をつけてポストすれば選評がいただけてネプリにも掲載していただけるというありがたい企画です。 わたしも日々「うたの日」に投稿している短歌の中から、夏をテーマにした短歌を投稿させていただきました。 興味のある方、締め切りが近いですがぜひ。

      • 久々のデッサン

        • 方言とふるさとと

          わたしは関西某県で生まれ、18歳までそこで育った。ネイティブの関西弁スピーカーである。 テレビなどで関西弁を耳にしない日はないので、関西弁を「方言」と呼ぶことには違和感があるかもしれない。とはいえ、標準語を話す人たちから見れば立派な「方言」なのである。 18歳の頃のわたしは反抗期やら何やらで家にいることが窮屈でたまらなかった。周りを取り囲むあらゆるものを憎み、関西にいることも嫌でしょうがなかった。言葉も文化もひっくるめてすべてを否定していた。 進学を口実に家を飛び出し、長渕

        阪神・淡路淡路大震災から29年

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        • ヒコロヒーさん
          15本

        記事

          わたしについて

          はじめまして。 bja0214(びーじぇーえー0214)と申します。 目を留めていただき、ありがとうございます。 bja0214って?関西地方在住、無職のアラフィフです。 関西某県と愛媛県のハーフ。 うつ病・摂食障害は現在進行形で通院中です。 からだの性とこころの性が違うのですが、LGBTQのどれに属するのかイマイチわからないまま日々を送っています。 bja0214(びーじぇーえー0214)の由来。 大昔ですが、Budweiserというビールの缶のデザインが好きで、その柄

          わたしについて

          トラウマを語るひと

          ※性的トラウマのある方は、お読みにならない方がいいと思います。 それでも…と思える方のみよろしくお願いします。 夏になると、蘇ってくる光景があるんです… 悪夢、という言葉では片づけられないですね。 ですから、夏は嫌いです。 夏の空も、白い入道雲もダメですね。 わたしが5歳か6歳の頃だったと思います。 祖母の家に遊びに行くため、ひとりで電車に乗っていました。 夏でしたから、白い半袖のワンピースを着ていました。 ドアの近くに立ち、外に広がる海を見ていたんです。 いい天気で、空

          トラウマを語るひと

          地下鉄サリン事件実行犯・豊田亨元死刑囚とわたしの小さな接点

          今から5年前の2018年7月26日、世間を震撼させた地下鉄サリン事件の死刑囚の死刑が執行された。 その時執行された豊田亨元死刑囚は、私の高校の卒業生で、私の高校時代の体育教師の息子だった。 父親である体育教師からのいじめわたしは高校時代アトピーが本当にひどくて、いつも顔は赤く腫れ上がり、制服のブラウスや体操服の首もとにはいつもかきむしった血がついているような状況だった。 その体育教師は、わたしのことを名前ではなく「おい、アトピー」とヘラヘラしながら呼んでいた。 やめて欲しい

          地下鉄サリン事件実行犯・豊田亨元死刑囚とわたしの小さな接点

          LGBTQ+とわたし

          わたしの性自認ようやくLGBTQ+という「言葉」が世間に広まってきたように思う。考え方や捉え方がどうかは別の話だが。 わたしは女性として生まれた。 しかし性自認は「女性ではない。でも、男性になりたいわけではない」というものだ。性の対象は男性なので何とも厄介である。 自分が何者なのか、答えが見つからない。なので、どこに悩みを相談していいのか全くわからない。 幼少時に着せられるフリルのついたワンピースが大嫌いだった。レースの靴下も嫌だった。 胸が膨らんできた時には絶望したし

          LGBTQ+とわたし

          痩せないと意味がない

          下の記事にも書いたのだが、わたしは結婚すると約束したひとを自殺という形で失っていた。 それでも、まだ誰かを好きになることや家庭を持つことを諦めきれていなかった頃である。 妹が結婚することになった。 嬉しかった。しあわせになって欲しいとこころから願った。 と同時に、身体がちぎれそうなくらい羨ましいと思った。わたしが手に入れたいのに入れられないものを妹は手に入れたのだ。次にわたしのこころを支配したのは、強烈な嫉妬だった。 わたしはどうすればしあわせに近づけるのだろう。 どう

          痩せないと意味がない

          職業・ヒコロヒー。

          お笑いが好き、というわけでもないわたしが、ヒコロヒーさんにはまったわけをつらつらと。 うつ病がひどくなり、テレビも活字も見られなかったわたしここ数年うつ病がひどく、テレビも見られない、活字も読めない状態が続いていた。何にも興味が持てず、集中力が持続しないのだ。 当然のように世間一般の流行りごとなど全く知らずに過ごしてきていた。 そんなわたしの前に、ヒコロヒーさんが現れた何とか新聞が読めるようになり、 NHKのニュースくらいは見られるようになったのは今年に入った頃だと思う。

          職業・ヒコロヒー。

          諦めるという選択

          諦めないということは確かに立派なことだと思う。 何かに向けて努力していくその姿勢は、素直に尊敬するしすばらしいことなのだろう。 わたしにも諦めずにチャレンジしたという経験はあるし、それで手にしたものはある。達成感を味わうことができ、満足感も得られた。 当然、手が届かなかったものもある。 その時、わたしはどうしてきただろうか、どうすべきだったのかとふと思った。 目指す何かに手が届かなかった時、得られなかった時に周りからよく言われるのが「諦めないで」という言葉である。 諦めずに

          諦めるという選択