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「元の生活」

2022年、8月某日、私は友人O氏と映画を観る約束をした。世間は「第7波」の真っただ中であった。

日曜日の渋谷駅で待ち合せるのは、やや勇気が要った。
炎天下を跋扈する人々にはノーマスクの者も多く、見当識を失いそうになる。

実のところ、こんなにも蒸し暑い日に呼吸を妨げる布切れを装着しながら、人いきれで充満した交差点を警戒心いっぱい往復している私のほうがどうかしているのではないか、等と訝しみながら。

『sfumato』というドキュメントを壊れたカメラで撮った時も、私は別にマスク不要論をぶつつもりはなかったし、行動制限や営業制限を促すつもりもなかった。飲食店と医療現場を同列に語ることはできないし、それぞれの立場から全体を見晴るかすには、今少しの集団免疫ならぬ集合知が必要であろうと思い至るくらいで。
だからこそ、どこまでいっても「人それぞれだよね」というような議論の前提に立ち返る論争が反復されてきたわけで、私の見る限り、それは「第7波」に即して計7回以上は反復されいた。

そんな中で観る映画は、やはりというかなかなかに面白くて、やはり映画は映画館で、場合によってはリスク承知で観るべきものだよねと、シネフィルでも言わないようなイケスカナイ感想を述べあったりした。

それから、私はまた別のOをイニシャルに持つ映画作家O氏を誘い、小規模のコンサートに行った。演奏は存外ありきたりなもので、20世紀にやり尽くされた実験の反復という域を出ないものだったが、会場を出たのちに駅で、「早く、元の生活に戻らないものかね」「まぁ、そうだよね」と、他愛もない話をするだけで、何だか気分が晴れた。

数日後、演奏者の一人に感染者が出たとのメールが届き、O氏が発熱した。抗体検査キットによる採血では陰性だったらしいが、一度下がった熱がまた上がったり等、症状は疫病のそれと酷似していた。彼よりもさらに演奏者らと近い距離にいた筈の私が無症状ないしは罹患しなかったということもあって、さすがの私も、自責の念にかられた。そして、つまるところ確率で感染してしまうのだなと味気なく思ったりした。

O氏との会話で、「元の生活に戻らないか」と言ったのは、彼だったか私だったか、今では思い出せない。しかし、「元の生活」とは、具体的にいつ頃を指すのだろうか。

就職氷河期の真っただ中に青春期を送った私は、周囲の大人達から「あんたらは大変だね」と、無意味な同情を押しつけられてきた。今から考えると、彼らにとっては、高度経済成長期こそが「元の生活」だったのだろう。バブル景気の時期に就職した世代からすると、確かにバブル崩壊後の経済環境は辛く険しいものに映るのかもしれない。しかし、人生再設計第一世代に属する私には、就職氷河期こそが「元の生活」であり、バブル世代特有の乱痴気騒ぎを軽蔑こそすれ、憧れなどはなかった。同様の齟齬が、ウィズコロナ及びアフターコロナにおいて青春期を送った世代(所謂Z世代)においても起きている気がする。

ソーシャルディスタンスを常態として生き、仕事も娯楽もリモートやオンラインがベースとなっている人々は、パンデミック以前の世界を、戻れるものならいつでも戻りたい「元の生活」とは考えてはいないのかもしれない。

歓楽街を必要としない層は、既に誕生している。


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