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だらだら仕事はもうやめよう──ハリウッド・官僚制・フリーランサー |【鼎談】田島光二・篠田真貴子・若林恵

ハリウッドが誇るVFXスタジオ「ILM」にコンセプトアーティストとして所属する田島光二が語る、ハリウッド型の業務システムに、いま日本の社会はなにを学ぶことができるのか? 国内外の企業を内側から見てきた篠田真貴子をゲストに、若林恵を交えて行われた議論は、「時給制」にはじまり「官僚主義」「組合」「見積もり」「統制経済」「ジェンダーバイアス」「自己責任」などをめぐる予想外なものとなった。ハリウッドスタイルの働き方を通して、日本式「だらだら経済」の核心に迫る(?)1万9000字、読み応えたっぷりの三者対話。(途中から有料です)

《目次》
時給と時間の見積り
仕事の民主化と官僚制
発注、およびクライアントという問題系
才能の料金体系
完全な見積もりは不可能である
「需要」と「人権」への転換(に乗りそびれた)
利益を追わない不思議の国
よい奴隷になれなくてごめんなさい
みんなが「自分の経営者」である

田島光二 | KOUJI TAJIMA
コンセプト・アーティスト。2012年、VFX制作会社DNEGを経て、Industrial Light & Magic(ルーカスフィルムのVFX部門)に所属。これまで『ヴェノム』『ブレードランナー2049』『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』など多くの映画作品のコンセプトアートを手がける。学生時代に「3DCG AWARDS 2010」で最優秀賞、2017年にWIRED Audi INNOVATION AWARDを受賞。2018年、Forbesの30 under 30 Asiaに選出される。著書に『田島光二アートワークス』など。


時給と時間の見積り

若林(以下 W) 以前篠田さんに登壇いただいた〈trialog〉というイベントに、ついこないだ田島さんにも出ていただいて、ILMでの仕事について色々とお伺いしたんですが、それが面白くて。日本では考えられないような非常にシステマティックな仕組みのなかで働いておられて驚きが多かったんです。ハリウッドスタイルの精密な分業体制が全面的にいいのかどうかは異論もあるかとは思うんですが、それこそ吉本興業の騒動を通じて芸人さんたちのマネージメントの方法や契約のあり方に興味が集まり、さらに「働き方改革」の先にある「フリーランス社会」のありようにも注目が集まっているなか、田島さんのお話しが示唆するところは大きいのではないかと思ったんです。外資系で仕事を重ねてこられた後、日本企業にも勤められ、日本と海外の働き方や組織マネージメントの双方を見てこられた篠田さんに、これはぜひ田島さんの話を聞いていただかねばなるまいと、今日はおふたりをお誘いさせていただきました。お忙しいなかどうもありがとうございます。よろしくお願いします。

田島・篠田 よろしくお願いします。

W まずは、田島さん、いまILMでのお仕事って、時給換算でお給料もらってるんですよね?

田島(以下 T) 実は、そうなんですよ

篠田(以下 S) えーっ!そうなんですか? 

T そうなんですよね。これ、言うとえらくびっくりされるんですけど、向こうだと割と普通なんですね。

S そうなんですね。で、その時給の高い低いっていうのは何で決まるんですか? 過去の実績とか経験ですか?

T そうですね。経歴と実力でだいたいの相場は決まっていて、そこをひとつ抜けるとまた変わってくるんですけどね。

S 例えば1日8時間労働×時給で、1年ごとに契約とか、そういう感じですか?

T そうです。

W ということは、無駄な残業もないってことになるんですか? 時間がきたら、ちゃんと帰らないとまずい。

T 残業代はめちゃ厳しく管理されますから。

S 時給制っていうのは、時間に見合った仕事をしてたいたかどうかが明確に問われますよね。それってクリエイティブの仕事のイメージとそぐわないところもあるような気もするじゃないですか。わたしが知っている日本のクリエイティブの世界って、「いいアイデアはいつ降ってくるかわからない」という前提で、ダラダラしてることにも意味があると考えがちだと思うんです。だらだら万歳(笑)。それはそれで否定はしないんですけど、上司や重鎮と呼ばれる方は、それでもいいのかもしれないですけど、立場弱い人はそれを悪用されちゃうこともありますよね。「AからZ案まで出すまで帰るなよ」って、いうようなことがまかり通りがち。

T 向こうでもそれはあるんですよ。「AからZ案まで出せ」っていうのは。でも、基本、その場合でもマネージャーに「どれくらいかかりそう?」って聞かれるんですね。

S 時間の見積もりを聞かれるわけですね。

T そうですそうです。時間の見積もりを聞かれて、「3日かな」って言うと、8時間掛ける3日でスケジュールが組まれることになるわけです。これはどんな仕事でも毎回必ず聞かれます。

W 自己申告するわけですよね。それって、自分の能力や仕事のスピードをちゃんと把握してないとダメですよね。かつ、それに対する責任をどう各自に持たせるのかっていうところが結構難しいところだと思うんですけど、そんなことないですか?

S 「3日かな」って自己申告しても思ったより時間かかる場合もあるだろうし、かからない場合もありますよね。

T 思ったよりも時間がかかりそうだというときは、二日目くらいにマネージャーに話して少し延ばしてもらうよう調整してもらうことになります。早く終わっちゃった場合は、そのまますぐ提出しちゃいます。

S 時給換算であることを考えると「早く提出しちゃうのは損だ」って気持ちになりません? せこい話ですけど(笑)。

T でもその分評価が上がって、給料も上がっていくことになりますから。逆にいつも納期に遅れていると単価が下がりますし。

S なるほど。それはそうですよね。とはいえやっぱりクリエイティブの仕事は、内容がやっぱり大事じゃないですか。質といいますか。その辺の品質管理っていうのはどうなってるんでしょう。「この品質でいいのかな」っていうところの判断が誰がするんですか?

T 僕の場合は上司がアートディレクターなんですけど、彼が毎日確認しにきますし、自分からも確認しに行きます。

S チームでちゃんとクオリティコントロールをするってことですね。

T デイリーって言って、毎日朝と夕方にレビュー会があるんです。試写室にディレクタークラスが集まって、進捗を見ながら修正をかけていくんです。自分の締め切りがきたらデイリー用のシステムにつくったものをアップロードすると、それがプレイリストになっていて、自分の順番がきたら電話がかかってきて、試写室に呼ばれるわけです。

S 『ピクサー流 創造するちから』というピクサー共同創設者が書いた本にも、デイリーっていうのがとても重要だと書いてありましたけれど、それと同じものなんでしょうか。

T そうですね。どこの映画会社もこの仕組みでやってると思います。デイリーがメインのものとしてあって、それ以外にもデスクレビューっていうのがあって、それはスーパーバイザーとマネージャーが机に来て進捗と内容を確認をするものです。

W それって上司が「どお?」ってぶらっと仕事してるかどうかを見にくるのとは違うんですよね。

T 違います違います(笑)。マネージャーから電話がかかってきて、今から行くよー、って感じで。業務としてのレビューです。

S 時給であればこそ、契約通りにクオリティと納期を管理するというのが上司の仕事にもなるわけですよね。

W 上司のレビューってのは怖いんですか?

T いやみんなめちゃ優しいんですよね。上司の評価システムもめっちゃ厳しいんで、基本ぼくらにはめっちゃ優しいです。ものすごく気をつかってくれてる感じ(笑)。

S マネージャーの役割は、契約通りにクオリティと納期をマネージするのが仕事だから、それをちゃんとやらないと評価が下がっていく、ということになるわけですね。

T そうですね。

篠田真貴子|MAKIKO SHINODA
慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月に(株)ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所、2017年3月JASDAQ上場)に入社。2008年12月より2018年1 月まで同社取締役CFO。現在は、充電中。


仕事の民主化と官僚制

W 文化人類学者のデイビッド・グレーバーっていう人が書いた『官僚制のユートピア』っていう本がありまして、そこで彼は、アメリカ人は「官僚制にとてもむいている」と言ってるんですね。アメリカが「根っからの官僚制社会である」と。民間企業を官僚的にマネージメントすることにかけてアメリカ人ほど情熱を傾けた人たちもいないわけで、田島さんの話を聞いていると、ハリウッドはそのひとつの完成形という感じがするんですよね。

T はじめの頃は英語も話せなかったし、見積もりもちゃんとできなかったんですよ。デイリーに行っても何もできずに帰ってくることもよくあって。質問されている内容もよくわからないので、一か八かで「yes」 か「no」かで答えたりして(笑)。最初の頃は部門のリーダーが代わりに聞いてきてくれて、後から細かく説明してもらうことも多かったですね。

S 逆に言えば、アメリカ型の官僚システムの良さは、システマティックだからこそ誰でも参加がしやすいところですよね。英語が話せなかったかつての田島さんのようなクリエイターでも仕事ができた。日本の組織は、きちんと組織化されていなかったり明文化されていないことも多いですから、暗黙の了解を最初から知っていないと入っていけない難しさがある。実際どうやってやるのかを身近なクリエイターの方に聞いてみたら、基本は「わかってる人とやる」のが前提だと言うんですね。ですから、初めての人とやる場合は、まず一緒にご飯でも食べに行って、お互いの間合いをみて、一緒にやれそうかどうかを見極める。非言語なところをとても大事にするわけです。このやり方は、うまく行くときはうまく行くんだとも思いますよね。

T 一体感が生まれて高揚感ありそうですもんね。

S ただ、こうしたやり方の問題って、これはよくある話だそうなんですが、監督さんが田島さんのようなデザインが欲しいと思っても、田島さんにオーダーしないで、仲のいい人を呼んで「田島さんっぽくやってよ」という仕事のやり方が横行してしまったりすることなんですよね。

W あるいは、仕事の規模をスケールさせられないという問題もあるかもしれない。うまく回っているときはいいんだと思うんですけど、逆回りしはじめるとツライことになりそうです。

T そういうやり方って、やっぱり日本人同士で共通言語があるから成り立つんですかね。

W そうかもしれないですね。逆にいえば、官僚的システムはある意味民主的なんですよね。言語や文化が異なる人たちが集まっても作動するようなかたちになっている。ジョブディスクリプションが明確にあって、人が変わっても仕事はちゃんと続く。個人の才能に依存しないシステムですよね。

S アメリカでそうした仕組みが発達したのは製造業からだと思うんですけど、はじめの頃はやはりそこまで制度が整ってはいなかったはずなんです。最初はやはり労働者の立場が弱かったのが、経営者から自分たちの権利を守るために組合ができて、その組合を通して「ちゃんとジョブディスクリプションっていうものを書け」と要求するようになった。アメリカの自動車の労組が一番強かった頃は、労組に入っていればGMだろうがフォードだろうが、アメリカのトヨタだろうが、最低賃金は皆同じになっていて、であればこそ転職もしやすい状況があったわけです。こうした考え方がきっとハリウッドにも普及していったということなんでしょうね。


発注、およびクライアントという問題系

W 田島さんは組合入ってます?

T 自分は入っていないですけど、アートディレクターズギルドに加盟している人は、守られている感じはしますね。そこに入った仕事は、よそが取れないようになっていますね。

W 日本は、組合が会社単位でできているので、職能についての権利主張っていう論点があまりないですね。以前海外でドキュメンタリーの撮影現場にいあわせたことあるんですけど、現場はまだ動いてるのに時間が来たら、撮影クルーがみんなパッと帰っちゃうわけです。監督はまだやりたそうでしたけど、残ってくれとは言えないわけです。

T 訴えられちゃいますからね。そうしたやり方は行き過ぎだっていうのもわからなくもない気もするんですけど、自分からするといいことしかない感じがしちゃうんですよね。みんな仕事の後の時間をとても大切にしていますし、ぼくも仕事が終わったら一刻も早く帰りたいですから。

W そうかあ(笑)。ほら、さっきの篠田さんのお話にあったように、気のあう仲間とダラダラ万歳でやってる世界だと、楽しいから延々やっていたいわけですよ(笑)。そういうおっさん、自分も含めたくさんいそうだなあ(笑)。

S 「残業って断れるんですか?」って若い人に質問されたことあって、「当たり前でしょ!」って答えたんですけど、それが日本ではまだ当たり前じゃないですね。

T ぼくらはもう普通に断れますね。とは言え、ぼくも初めて海外で働き始めたときは、家に帰ってもすることがないので、もっと勉強したいからってお願いして、遅くまで会社に残ってたことはありますよ。

S それは残業扱いなんですか? お金は?

T その場合は支払われないです。勉強するために勝手に残っているだけなので。

W すべてが自己申告で自己責任っていうそういう考え方ですよね。

T そうですね。仕事ができるという前提だからこそ、責任も強く問われるし、こちらもそれなりの自信があるから、その仕組みやれるんだと思います。

S 時間の見積もりっていう話で言えば、いつだか外務省の話を聞いたことがあって。世界中に日本大使館があるわけなんですけど、国によって安全な国とそうでない国とが当然あって、政情不安だったりしてストレスフルな国への駐在だと休暇が、そうではない国と比べると長いんだそうで、長いところだと1カ月くらい休暇がもらえる。というか、それがマストになっている。なので、みんなが一月以上休む前提で年間のスケジュールが組まれて、誰かが休みを取っている間は誰がフォローをしてといった業務フローがちゃんと組まれるらしいんですね。って何が言いたいかというと、日本人でもそういう働き方をしようと思えばできるということなんですけどね。ところが、せっかく海外でそういう働き方を体験しても、日本に戻ってくるとサービス残業に明け暮れる生活に戻っちゃうそうなんですが。

T 自分の知り合いでも日本に帰って来ると、そういう感じになっちゃうって言いますね。

S これは社内の仕組みの問題もありますけど、クライアントの問題もありますよね。クライアントに「だらだら万歳」をやられてしまうと、川下にある企業がいかにシステマティックに動こうとしても、どうにもならないということはありますね。タイムマネージメントだけでなく、発注主自身が「何が欲しいのか」が曖昧だったり、そのジャッジが下手だと、まわりがみんな振り回されることになってしまう。発注側が揺れるせいで、ぐちゃぐちゃになる。そういうのは、やっぱり田島さんのお仕事でもあります?

T ありますね。

W 監督の気が急に変わった、みたいな。

T ありますあります。

W どうするんですか?

T 大変ですよ(笑)。ただ、そういう場合の対処も結構システマティックで、監督が気変わりしても、それによって大変な目にあうのはぼくらのようなコンセプトデザイナーだけで、そこから先の工程にはあまり影響は出なかったりするんです。監督のビジョンを、CGに加工しやすいものとしてデザインするのがぼくらの仕事なんですが、ぼくらのような「コンセプトアーティスト」っていう仕事が一般化しているのは大きいんです。コンセプトアーティストがいることで、プロジェクトのゴールが決定されることになるので。加えて、監督も変更によってどの程度の影響が出るのかはちゃんと把握しているので、そこまで無茶なことは言ってはこないんですよ。

S そこも契約で縛ってるのかもしれないですね。

T そうかもしれないです。あまり上位レイヤーのことはわからないんですけど、その辺色んな抑止力が働いてるようには思いますね。

S コンセプトアーティストが間に入って、ちゃんと決めるっていうのは大事ですね。そこが先に決めて、監督とも握るから、その先の仕事に大きな影響が出にくいと。

T 日本だとあまり一般化していないんですよね。ゲーム業界だと普及してはいるんですけど、映画だと兼任でやる人はいても専任が少なく、大きいプロダクションになるとどうしても人手が足りなくなってしまうんだろうとは思いますね。

S クリエイティブのプロセスをちゃんと分解して、それをちゃんと手順として定式化しているわけですよね。日本だとどうしてもそういった分節化や分業化はクリエイティブの仕事とは相性が悪いと思われがちで、その結果、仕事がどうしても属人的になっちゃうわけですよね。

T そういう仕組みがなくて、個人のひらめきをアテにしちゃうと、仕事がギャンブルになっちゃいますからね。日本に帰ってきてよく思うのは、デザイナーとファインアートと区別がとても曖昧だっていうことで、僕も肩書きはたしかに「コンセプトアーティスト」なんですけど、いわゆるファインアート的な意味で「アーティスト」って呼ばれるとちょっと違うな、と。

S クリエイティブについての変な信仰があるのかもしれません。天才にひらめきが降ってくるみたいな。クリエイティブをコントロールできないものとして扱っちゃう感じのことは、一般企業の現場でもよくありますね。

T そうなんです。もうちょっと普通に「仕事」なんですけどね。


才能の料金体系

S ちょっと語弊があるかもしれないんですけど、商業クリエイティブの仕事って、営業と似ているところがある気がするんです。営業ってビジネススクールの科目にはないものなんです。学術的な体系がないんですね。でも、優秀な営業マンっているわけですし営業が強い会社っていうのもあるわけです。そこをよく見ていくと体系と呼べるほどのものはなくとも、必ず、共有可能な手順や手法はあって、そこはシステム化できないわけではない。クリエイティブもそうだと思うんです。もちろん、ある瞬間のひらめきのようなものはあるとは思うんですけど、その手前の部分をもっと効率化することはできるんじゃないかと思うんです。

W マニュアル化というとイヤな言い方にはなるんですけど、スポーツでもビジネスでもアメリカ人はそういうものをつくるのがうまいですよね。マニュアル化のいいところは、効率的にベースラインをあげることができるところにあって、それって必ずしも才能やひらめきといったものと対立するものじゃないように思うんです。全員の基礎体力をちゃんと上げるためのものであって、それがないところで才能とかひらめきとか言ってみたところで意味がないし、そういうものがないところで才能やひらめきをいたずらに弄ぶのって、かえって才能やひらめきというものの価値を矮小化することにもなるように思うんです。言語やシステムで扱える領域をちゃんと特定しないから、才能やひらめきが管轄する領域もわからなくなって、結局そこに対してちゃんと対価が払われない。なので、自分の才能の価格を上げようと思ったら、社会的ステータスをあげて「センセイ」になるしかないわけです。って、これはクリエイティブサイドがきちんと自分たちの仕事を言語化せず、それに対してちゃんと見積もりをつくることを怠ってきたせいもあるとは思うんですけど。

S 華道や茶道の世界に近いのかもしれないですよね。センセイとしての「位」があがっていくと暗黙の了解のうちにおクルマ代とかそういうのが増えていくという。そういうちょっと摩訶不思議な料金体系。その系譜が、モダンなクリエイティブにもあるかもしれないですよね。

T そうすると必然的に、ひとりの才能に頼るような仕組みになっちゃいますよね。

W 天才頼みだと、サスティナブルなビジネスにはならないと思うんですけどね。

S 料金体系ということでいうと、頼まれた仕事を納期のだいぶ前にさっとあげて提出したら、「こんなに早くできるんだったら単価下げていい?」って言われたっていう話がツイッターかなんかに上がってましたけど、正しい感覚で行けば、本当は逆ですよね。

T ぼくも似たようなことありますよ。この仕事でこの値段、この納期でって言われて、納期の前に仕上げたら、「これも追加でお願いできませんか」って。「それは別料金ですよ」って言ったら「えっ!」って驚かれて(笑)。

S その場合って、仕事に対する対価というより「この期間は田島さんを好きに使える権」って感じがしますね。何を頼んでいるのかがぐちゃぐちゃになっていて、アウトプットの単位と報酬の関係が「私とあなたが一緒にやる」みたいな話にぐにゃっとねじ曲がっちゃっている。

T 言っても、ぼくらの仕事って、完全に明確にリスト化できないところはたくさんあって、特にデザインの部分はそうなので、時間を単位として計測するしかないんですけど、アウトプットが単位なのか、あるいは時間が単位なのか、というところは発注する側もちゃんと分けて考えないと混乱しますよね。

W たしかに。曖昧さのなかでやるしかない仕事と、そうでもなくてちゃんと明細化できる部分は分けないとかもしれないですね。田島さんの仕事の環境が、さっきおっしゃられたみたいに「いいことしかない」と思えるのは本当に羨ましい話なんですけど、でも一方で、そういったシステムをうまく設計したらすぐにそうなるかというとそうでもないような気もするんです。というのは、田島さんがいるのって、泣く子も黙る「ILM」じゃないですか(笑)。つまり、世界中から俊英が集まるスーパーエリート集団で、放っておいても誰かの変わりになる優秀な人材が次から次へとやってくるような場所だからこそ、プラス方向のモチベーションが常に働いているわけで、やる気がない人がそもそもいない空間になっているからこそ、うまく回っているというか。普通の企業って、まずそんな状況がなさそう(笑)。

T たしかにものすごい緊張感はありますからね。ぼやぼやしているとあっという間において行かれるというか。もちろん、割り切って仕事している人もいるはいるんですけどね。

S 利益が出る構造が壊れちゃうとシステムも瓦解しますよね。稼げる構造があるときはものすごく健全に見えますよね。競争は厳しいけど、さわやかな社会ではありますよね。

W 日本に、そういうさわやかな社会はもたらされるんですかね。変われます?

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