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料理に対する考え方がまるっと変わった話【満腹論-明日にかぶりつけ-】

ぶっちゃけ、料理があまり得意ではない。

一応我が家の料理担当として君臨してはいるものの、それは「夫よりはまだ料理ができるから」「わたしのほうが仕事から帰ってくるのが早いから」というわりと消極的な理由で成り立っているだけのものだ。

栄養バランスの良い献立を考え、材料を買い、終わらない在宅の仕事をしぶしぶ切り上げて夕食を作る日々。
インターネット上にあふれる、世の中の料理上手な方々の考案したレシピに助けられながら毎日何とか食事を作っている。けど正直、料理なんか本当はしたくなかったし、それよりも買ったばかりの本を読んだり、noteにエッセイを書いたりする時間がほしかった。

そんな考えをまるっと変えてくれたのは、敬愛する坂本真綾さんのエッセイ『満腹論-明日にかぶりつけ-』だ。
2015年1月から2023年4月まで月刊ニュータイプに掲載されたものをまとめた一冊で、主に食にまつわるエピソードのほか、仕事のことや子どもの頃のできごとなど、真綾さんの身の回りのあれこれが綴られている。

そのエッセイのなかでも、特に衝撃を受けたのが「横暴な食卓」と題された2016年8月のものだ。
真綾さんの自炊に対する考えが書かれたこの回の、冒頭の一文に惹きつけられた。

今晩夕食を作っている最中、グリンピースを絶妙な固さで湯から引き上げようと鍋を睨んでいる時に、ものすごい事実に気づいてしまった。
私が我が家の料理担当であり続ける限り、私の人生には、絶対に大好物しか並ばない夢の食卓が保証されているということだ! 苦手な食材は買わないし、好きな味付けしかしないんだもの。もしかしてこれすごい権力を手にしてるんじゃないですか!

『満腹論-明日にかぶりつけ-』p.42

これを読んだとき、わたしの中で世界がぐるっと反転した。
そうか、「料理担当者=自分の好きなものだけの食卓を作れる権力者」なのか……!
そんなふうに考えたこと、今まで一度もなかった。

思い返せば子どもの頃、学校から家に帰ってきて一番最初に気にするのは、今日の夕食のメニューだった。母親から告げられたメニューがそのときの気分と違っていたり、期待してたものではなかったりすると、ちょっとがっかりしたことも正直あった。
もちろん、ご飯を作ってもらえるだけ幸せだと理解はしていたけれど、「そのメニュー、あんまり好きじゃないんだよなぁ……」などと思ってしまったことは何度もある。「好きなものだけ食べたいなぁ」と思ったのも一度や二度ではない。

そういえば7年前に一人暮らしを始めた頃は、「好きなものだけ食べられるってなんて幸せなんだ!」と思っていた気がする。けれどそれは自炊に限らず、出来合いのものを買うことも含めてそう感じていた。当時から自炊は苦手で、栄養バランスもあまり気にしておらず、本当に食べたいものだけを食べていた覚えがある。

その後結婚して、自炊がメインになって、自分以外にも食べる人がいるのを意識しだした頃から、料理をすることがより負担になっていった気がする。

料理しなくていい夫はいいな、わたしだって料理苦手なのに、毎日献立を考えるのも大変なんだから……と料理の責務から逃れている夫を羨ましく感じることもあった。

我が家では、車で遠出をするときは大体夫が運転する。その長距離運転を私がやってもいいから(車を運転するのはわりと好きなので)、料理担当を変わってほしいと思うことすらあった。

けれど、この真綾さんのエッセイを読んで考え方が変わった。
料理を作るのは面倒に感じることも多いけれど、自分の好きなものしか出てこないと考えれば気が楽になる。というか、今まで自分の好きなものしか作ってなかったけれど、当たり前すぎて気づいていなかった。

料理担当を夫に代わってもらえたとしても、嫌いなものやあまり好きじゃないものが出てきたら嫌だなぁ。私は卵が嫌いなのだけど夫は卵大好きだから、卵料理ばかり出てくるようになるかもしれない。それは困るなぁ……なんて考える。

私は、自分の好物だけを作り続ければいいのだ。
もちろん栄養バランスもある程度は考慮が必要だけれど、基本自分の好物だけを食卓に並べ続ければいいのだ。我が家の料理担当という最高権力者として。

「自分のために料理を作る」なんて言うと独善的に聞こえるかもしれない。けれど、料理担当者が自分のために楽しく料理するからこそ、おいしいものも作れるんじゃないか、と思う。
好きなものしか並ばない夢の食卓。なんて素敵なんだろう。

自分の中で少しネガティブな位置づけだった「料理」という行為が、ポジティブなものへと一瞬にして変貌した。これからは料理と楽しく向き合えそうだ。

そして、新しいものの考え方を示してくれた真綾さんはやっぱり最高だ、うん。
なによりグリンピースの入った鍋を一心に睨んでいる真綾さん、可愛すぎませんか。

***

本を読み終えると、ちょうど夕食時だった。
さて、今日は何を作ろうか。好きなものを食べて、また明日からがんばろう。

草野球チームの練習に出かけていた夫から電話がかかってくる。
今日のメニューを伝えたら喜んでくれるかな。
夫の要望を聞いてやらんこともないけれど、今日は自分のためにご飯を作りたい。

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