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映画 PLAN 75

主演は日本が誇る大女優、倍賞千恵子さん。

監督・脚本は日本映画界の新鋭、早川千絵さん。

脚本協力、ジェイソン・グレイ。

日本、フランス、フィリピン、カタール共同製作。

早川千絵監督は本作が長編映画初デビュー。

第75回カンヌ国際映画祭ある視点部門で上映、カメラドール特別表彰(カンヌに出品された作品のなかで、新人監督に贈られる栄誉ある賞)

ベースとなるのは是枝裕和監督総合監修のオムニバス映画“十年 Ten Years Japan”に早川千絵監督がおさめた短編“PLAN75”

その短編映画を監督みずから一新、新たな長編作品に仕上げた。

なにかで“震えるほどの感動”という一文を見たが、個人的には感動する映画という感じではなかった。

ほろっとするシーンはある。

けど、そういう映画じゃない気がする(映画の見方は人それぞれ、個人的にです!)

舞台は架空の現代日本(パラレルワールド的な?)

“PLAN 75とは?”

生きることを諦めた“75歳以上の国民”を“その日”が来る直前までサポートする制度。

それは未来の日本、子供たちへの希望を繋ぐための施策か、体のいい殺処分か…。

それぞれが見出した答えとは?

〓以下ネタバレあり。

現代の日本がまさに直面している少子高齢化社会。

高齢者を標的にした凄惨な事件が続くなか、ついに政府は“PLAN 75”を可決、施行する。

PLAN 75、それは75歳以上の高齢者に死を選ぶ権利を認め、支援する制度。

それは人によっては簡単な終活であり、人によっては体のいい社会からの排除。

これは私の、あなたの物語…。

主人公は角谷ミチ(倍賞千恵子さん)

ホテルで清掃の仕事をしながら、寂れた団地で一人暮らす78歳。

仕事が終われば帰宅、テレビを見ながら一人で食事をし、観葉植物を育てる。

平凡といえば平凡な日々を丁寧に暮らしている。

岡部ヒロム(磯村勇斗さん)は役所勤め。

今は“PLAN 75”を検討している高齢者から相談を受け、希望があれば応募の手続きをするなど“PLAN 75”の事業促進が主な仕事だ。

相談時間は30分まで。

応募すれば高齢者には支度金として10万円が支給される。

“合同プランで一緒に火葬、埋葬なら無料ですよ”

たった10万円、たった30分の簡単な受け答えで処理される命。

ヒロムは淡々と“笑顔”で仕事をこなす。

流暢な日本語を話すマリア(ステファニー・アリアン)はフィリピンから日本に出稼ぎにきた介護ヘルパー。

心臓に病を抱えた5歳の娘がいる。

後期高齢者集団検診、そこでも“PLAN 75”のアナウンスがテレビから流れる。

みんな長生きしたくて検診を受けに来ていると思うのだが…。

パンフレットやのぼりなど、なんだか気軽に入れる保険みたいなデザイン。

“遺影写真だ”

無料で行ける豪華ホテル一泊二日の食事付き見学ツアー。

政府は事業に積極的。

ミチはスーパーでお惣菜を買い、一番の仲良しの稲子(大方斐紗子さん)の家にお泊り。

娘は連絡してこない、孫にも会ったことがない。

“子供がいても寂しい。
寂しいだけが人生だ…”

ヒロムはその“嘘のない笑顔”の裏で老人たちの居場所を奪っていく。

ボランティアたちによる公園での炊き出し、“PLAN 75”の出張所のそばで、ヒロムは見覚えのある後ろ姿を…。

マリアは5歳の娘ルビーの手術のために教会で募金を募る。

そんなルビーにある仕事の話が。

詳しい内容は分からないが、お給料がいい。

なんでも政府関係の仕事だとか。

ヒロムは長い間音信不通だった叔父の幸夫(たかお鷹さん)と再会する。

幸夫は75歳の誕生日に“PLAN 75”の申込みに来たのだ。

“PLAN 75”は希望者の三親等に当たる者は担当できない、ヒロムは幸夫の担当を同僚に。

稲子が仕事中に倒れたことで、ミチはじめ仲良し四人組の残り三人もホテルをクビになる。

ミチ以外の二人は嫌々でも頼れる家族がいる。

ミチは一人ぼっちだ。

団地には退去の張り紙が。

“退去期日2月28日”

ミチは引越し先を探すが、“高齢者”、“無職”、”貯金なし”で見つからない。

家を借りるために仕事を探すが、仕事も見つからない。

“生涯現役宣言!シルバー世代”

何回検索してもヒット0、大嘘つきなポスターだ。

“もう少し頑張れる”

ミチは国や他人の世話になりたくない(生活保護は受けたくない)

映画“護られなかった者たちへ”でも描かれた、お年寄りに多く見られる“スティグマ”、生活保護を恥に思ってしまうのだ。

ミチは友達に電話するが、邪険にされてしまう。

深夜の交通誘導、冬の寒い夜に立ち仕事は辛い。

若くても辛い、78歳の女性には…。

マリアは病院のような、ごみ処理施設のような建物にいる。

そこには様々な国の外国人たちが。

ミチは連絡が取れない稲子を訪ねる。

玄関には鍵がささったまま、大きなテレビの音、そして異臭…。

ヒロムは幸夫のアパートを訪ねる。

鍵がかかっていない部屋に幸夫の姿はない。

幸夫は寒いなかゴミ拾いをしていた。

雪が道端に残っている。

部屋には工具、一升瓶、献血手帳。

音信不通の間、幸夫は建設作業員として全国を転々としていた。

働きに行った土地では必ず献血をした。

献血手帳には幸夫が行った場所が記載されている。

それはまるでパスポートのよう、献血手帳に刻まれているのは幸夫の人生そのもの。

それも今は味気ない一枚のカードになってしまった…。

もう必要ないと幸夫は捨ててしまう。

テレビからは“PLAN 75”による莫大な経済効果、10年かけて“PLAN 75”から“PLAN 65”に対象年齢を引き下げるというニュースが。

それは本当に明るい兆しなのか…。

ミチは部屋でふさぎ込む、食べるものもない。

テーブルから玄関を見つめるミチ、死の影…。

ミチは生活援護課へ行くが、生活支援相談の発券機には本日分受付終了の文字が。

ミチはいよいよ困り果てる。

公園の炊き出しを離れた場所から見つめるミチ。

“良かったら”

ヒロムの優しさが、図らずもミチに“PLAN 75”への応募を決意させる。

“PLAN 75”のコールセンターで働く成宮瑶子(河合優実さん)との短いやり取りがはじまる。

マリアは娘のために必死に働いていた。

その仕事は“PLAN 75”の後片付け。

遺品を一緒に仕分けする達観したおじさん(串田和美さん)は職権を乱用して気に入った物を着服しているが、金に変えれるものは金に変えて財源にするのか…。

コールセンター担当者との電話は制限時間15分、ミチは孫ほど年が離れた成宮を“先生”と呼ぶ。

ミチは成宮にお願いして亡き夫との思い出の場所へ。

本当は“PLAN 75”のコールセンター担当者と高齢者が会うことは禁止。

クリームソーダを飲みながらお喋りしたり、ボーリングをしたり、二人は世代を超えて心通わす。

この作品の河合優実さんは“由宇子の天秤”や“サマーフィルムにのって”の河合優実さんとはちょっと違う。

メイクや役作りだろう、あんまり…可愛くない(笑)

いつも思うことやけど、俳優さんってすごいなーって思う。

“PLAN 75”には当然批判や反対意見も多い。

それは真面目に働いている“だけ”のヒロムにもおよぶ。

“なんの会社だろう?”

ヒロムが仕事中に気になった会社、それは産業廃棄物処理業者だった。

“…人間はゴミじゃない”

そして、約束の“その日”が来る。

それは最初から分かっていたこと。

“PLAN 75は、利用者の皆様のご要望を受けて、私どもが提供させていただくサービスです。
…万が一お気持ちが変わられたら、いつでも中止できます”

朝、家を出たら鍵をかけないこと。

“…さようなら”

成宮は自分のスマホから電話をかける。

“お年寄りっていうのは寂しいんです。
じっくり寄り添って話を聞き、死ぬことを迷わないようにすることが私の仕事なんだ…”

最期の日、ミチはバスで、幸夫はヒロムの車で、最期を迎える場所へと向かう。

“今日はいつもとなにか違う”

結末を書くのはやめておこう。

撮影を担当したのは浦田秀穂さん。

PLAN 75の映像は全体的に暗い。

第三者が客観的に登場人物それぞれをじーっと見つめるような独特のカメラワークがとても印象的。

最初にも書いたが、個人的にこの映画は感動を求める作品ではなく、観た人それぞれが考え、想像すべき映画だ。

SNSなどネット上で正義を誰彼かまわず振りかざす無責任な人たち。

現実社会ではいわゆる無敵の人(インターネットスラング)が犯罪を。

この映画は架空の日本が舞台だが、架空であって架空じゃない。

安楽死、尊厳死、自死、自殺。

これらはすべて自分自身で死を選択するということ。

これはどうだろう。

とても辛い立場に置かれている人は死を選択することで今、この瞬間はもしかしたら、楽になれるのかも知れない。

死んだら後悔することもできない。

だが、小さな幸せでもいい。

生きて、それを感じたときに、生きてて良かった、あのとき死を選ばなくて良かったと思えるんじゃないだろうか?

病気で苦しくて苦しくて仕方ない人もいるだろう。

だから人にもよるし、無責任なことはいえないが…。

スティグマの問題。

惨めな思いをしてまで生きていても仕方ないじゃないか。

そうじゃない。

本当に困ったとき、助けてもらうときは助けてもらえばいい。

自分が力になれるときは、困っている人の力になればいい。

自分がミチの年齢まであと37年。

結婚していないし、子供もいない。

ミチと同じ状況になる可能性は十分にある。

もちろん、そうならないように仕事をし、貯金をし、計画的に生きてはいる。

自分が78歳になったとき、周りに家族がいるかも知れない。

だが、未来は分からない。

何が起きるか分からない。

もし、自分が将来困り果てたとき、迷わず生活保護など国からの支援を受けるだろう。

けど、近しい人に自分は生活保護を受けていると言えるだろうか…。

人間は矛盾だらけの生き物だ、そこは上手くやればいい。

生きてこそ、生きてこそ勝ちだ。

矛盾といえばヒロムもそう。

磯村勇斗さん演じる岡部ヒロムの優しさは作った嘘の優しさとは思えない。

親切で真面目な好青年。

彼は社会人として、そして生きていくために、与えられた仕事を淡々と一生懸命こなしているのだ。

ヒロムはあるとき、ある瞬間にそんな矛盾に気づいてしまう。

ポーチのお金。

あれは幸夫が橋やトンネル、高速道路など全国各地の建設現場で働き、コツコツ貯めたお金だったのだろう。

幸夫は現実世界でいえば高度成長期を支えた一人だ。

幸夫は献血を欠かさず、近所のゴミを拾う。

幸夫の社会への献身的な行動は償いなのか?

償いだとするなら、誰に対する、何に対する償いなのか?

なんのための人生なのか…。

日本には姥捨て山の伝説がある。

“PLAN 75”

それは極端で突飛な発想。

問題の原因そのものを排除してしまえ、それは一番簡単な方法だ。

だが、その方法はヒロムや瑶子、マリアたち若者の将来に暗く、重くのしかかる。

もしかしたら、彼らにも“その日”が来るかも知れないのだ。

これは決して他人事ではない。

それは自分にも、あなたにも、来るかも知れない。

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