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月の砂漠のかぐや姫 第301話

「理亜の身体の中に、理亜とあの昔話の少女の二人分の心が入っているのですか? 幾らなんでも、無理じゃないですか? それじゃ、上手く身体を動かせないですよ」
 流石にこれは言わずにはいられないという様子で、羽磋と理亜を交互に見ながら、王柔が疑問を差し挟みました。
 一つの身体には一つの心が入っているのが当たり前です。一つの身体に二つの心が入っていたら、どうなるでしょう。例えば、一方の心が前に進もうと思っても、もう一方の心は座って休もうと思うかもしれません。ですから、そのような状態では満足に身体を動かすことさえできないのではないかと、王柔には思えたのでした。
「すみません、僕の言い方が良くなかったです。理亜と由殿の二人分の心が、そのまま理亜の身体に入っていると言っているのでは無いのです。いままでの理亜の行動を見たり、王柔殿から聞いたお話から考えたりすると、何と言うか・・・・・・、そう、半分なんです。理亜がよく口ずさんでいたように、半分。理亜の心と由殿の心、それぞれから半分を取って一つに混ぜ合わせたもの、それが理亜の身体に入っているのです。つまり、一つの身体に一つの心と言う状態ではあるのです」
 羽磋は、口で話すだけではなく、一つのものが二つになったり二つのものが一つに合わさったりする様子を身ぶり手ぶりで示して、少しでも自分の考えが伝わりやすいようにと、一生懸命になっていました。その熱意が通じたのか、先ほどは心に浮かんだ疑問を発せずにはいられなかった王柔も、黙って羽磋の説明に聞き入るようになりました。濃青色の球体、すなわち、母を待つ少女の母親も、羽磋の次の言葉を待っているようでした。もちろん、当事者である理亜も、全身を耳にしているかのようにジッと話に聞き入っていました。
 ここで、羽磋は理亜に話を振りました。ちょうど彼女の口癖が話に出てきたからです。
「理亜、君は最近よく、半分なの、とか口ずさんでいたよね。あれを言うようになったのには、誰かに何か言われたとかのきっかけがあったのかい」
 話を聞くことに極度に集中していたのでしょう。急に自分に話す役割が回ってきたことに、少しの間理亜は気が付きませんでした。羽磋や王柔の顔が自分に向けられたまま話が途切れたことで、ようやく彼女はそれに気が付くのでした。
「・・・・・・ア、え、えと。特に何かがあったわけじゃないヨ。何となく、頭に浮かんできた言葉を、歌ってただけダヨ。・・・・・・それで、ダ、大丈夫?」
 理亜の言葉を聞いて、王柔の心には「理亜はこう言っているけど、本当に羽磋殿のお話のとおりなんだろうか」という疑問がパッと湧き起こりましたが、度々羽磋の話に口を挟むのも躊躇われたので、ここではその疑問を口にするのをグッとこらえました。ただ、王柔の感情は直ぐに顔に現れてしまうので、羽磋は再び自分に向けられた彼の顔を見て、王柔がまだ自分の考えを受け入れるか迷っていることが手に取るようにわかりました。
 でも、王柔が考えたように羽磋が理亜の言葉に戸惑う事は、ありませんでした。羽磋には十分に余裕があったので、自分の言葉に皆の注目が集まってしまって少し怖がるそぶりを見せている理亜に、微笑みを見せて安心させることもできました。それは、羽磋にとっては、理亜の言うことが意外なものではなかったからでした。
「大丈夫だよ、理亜。自分の思ったことや感じたこと、それに実際にあったことなんかを、そのまま話してくれたらいいんだ。誰も怒らないし、誰も悪くないんだから。誰かの声が聞こえたとかじゃなくて、自然に理亜の心の中に『半分こ』の言葉が浮かんできたんだね。うん、本当に自然だったんだろう。良くわかるよ」
「うん! そうなの! 自然に『はんぶんこ』って歌ってたの、そしたら、なんだか、良い気持ちだったの!」
 「わかってくれたんだっ!」と安心したのでしょう。羽磋の言葉に対して、理亜は何度も大きく頷きました。その微笑ましい様子を見た羽磋は、また話の相手を王柔と母親に戻しました。
「聞いてのとおりです。先ほど僕は、理亜と由殿それぞれの心から半分ずつを取り出して、それを一つに混ぜ合わせたものが、理亜の身体に入っていると言いました。その半分ずつの心が反目しあっているのでは、理亜の身体を上手く動かせません。その二つを混ぜ合わせてすっかりと一つにしてしまったものが、理亜の身体には入っているんです。だから、本人も自分の中から湧き出るものを、自分の自然な感情として受け取っているんです。だって、そうでしょう」
 羽磋は王柔に対して少し表情を柔らかくして、くだけた表現を使いました。
「なんだかいつもよりもムシャクシャする日があったとしても、自分の心と他のイライラしがちの人の心とがいつの間にか混ぜ合わされて一つになってる、なんて思う人はいません。『今日はイライラするなぁ』と思うだけです。だから、理亜にしても、いままで自分の感情を不思議に思ったことは無いんです。彼女にとっては、全部が自然な感情なんです。たとえ、それが混ぜ合わされたもう一つの心から来たものだとしても、です」
「理亜にとっては自然な感情、ですか・・・・・・」
「そうです。本人にとっては、王柔殿を慕う気持ちも、あの大きな球体を」
 ここで、羽磋は少しだけ濃青色の球体の方に視線を走らせました。
「そう、あの濃青色の不思議な球体をお母さんと思う気持ちも、どちらも自然に自分の心から浮かび上がってきたものなのです」
「なるほど・・・・・・。理亜の身体の中に、理亜の心の半分と母を待つ少女の心の半分が入っていると・・・・・・。羽磋殿がおっしゃることは、わかります。でも、そんなことがあり得るんでしょうか・・・・・・。あまりにも、なんというか、突拍子も無さ過ぎて・・・・・・。いや、すみません、羽磋殿のお考えに文句を言う訳ではないんですが」
 判断は羽磋に任せることがすっかりと倣いになってしまっている王柔でしたが、羽磋の説明があまりにも自分の想像を超えていたために、すぐにはそれが腑には落ちないようでした。








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