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月の砂漠のかぐや姫 第300話

 せっかくのこの機会は逃せません。羽磋は胸に手を当てて高まりつつあった動悸を鎮めると、大きく息を吸ってから、声を発しました。できるだけ首を振って、濃青色の球体と王柔たちとの両方に顔を向けるように気をつけながら、羽磋はゆっくりと、そして、はっきりと言葉を続けました。濃青色の球体と王柔たちは、呼吸をすることを忘れるほどに集中して彼の言葉に聞き入ったので、地下世界の地面を流れる川の水音や球体下部から落ちる雨音などは、彼らの意識からすっかりと消えてしまいました。
「皆さんが知りたいと思っていることを、最初にお話ししようと思います。いいですか、理亜は、理亜です。でも、母を待つ少女と呼ばれる少女でもあるのです!」
 羽磋が「説明」として大きな声で最初に話した内容は、球体が姿を現す前に彼が王柔に話していたものと変わりませんでした。これでは、先ほどのように王柔や「母を待つ少女」の母親から、次々と問いが投げかけられるのは間違いありません。
 でも、これは羽磋が意識して選んだことでした。それは、羽磋が母親たちに「一番大事なことを把握した状態で、過去を振り返ってもらいたい」と思っていたからでした。また、一から順を追って説明するのでは、聞く側が結論にたどり着くまで我慢できないだろうと思ったからでもありました。さらには、王柔に対して漏らしていたとおり、順序立てて上手く説明するためには、大きな障害も存在していました。そこで、羽磋は説明不足であることを自覚しながらも、最初に自分の考えの結論をはっきりと明示し、それに対しての母親たちからの問いに答える形で、細かな説明していくことにしたのでした。
「何故だっ!」
 やはり、羽磋が思っていたとおりでした。これから羽磋が話すであろう細かな説明を待つことなど、とてもできなかったのでしょう。いくら結論から話すとは言っても、羽磋はもう少し補足の言葉を続けるつもりでしたが、彼が息を継ぐために生じた僅かな間に、すかさず「母を待つ少女」の母親が大声を上げました。
「娘の髪はそこにいる少女のような赤い色ではなく、綺麗な黒色だった。それに、二人は顔立ちも全く異なるのだぞ。それでも、そこの少女が私の娘だというのかっ」
 濃青色の球体はひどく傷ついていて、そのような大声を出す力がどこにあるのかと、羽磋には不思議に思えました。母親の声はこの場だけでなくて地下世界の天井にまで響くほどの大声でしたが、怒りをぶつけているという印象はありませんでした。でも、その声に、「嘘や偽りなどを言おうものなら、絶対に許さない」と言う強い思いが込められていることは、聞く者には容易に理解できるのでした。
「そうですよ、羽磋殿。前にもお話していますが、理亜のお母さんが既に亡くなっていることは、僕が本人から聞いています。いや、まさか、お母さんが亡くなったと言うのが、ヤルダンの地下に落ちたということだった・・・・・・。いやいや、亡くなったのは異国から月の民へ連れて来られる途中だったはずです。だから、それは吐露村のもっと西、天山回廊の先に広がる異国の地でのことですよ。ヤルダンは吐露村と土光村の間、つまり東側にありますからね、そんなことは絶対にないはずです。ねぇ、理亜?」
 また、王柔も羽磋に対して疑問の声を上げました。
 王柔から見て羽磋の向こう側では、傷ついた濃青色の球体が彼の言うことに対して大声で異論を唱えていました。でも、気の小さいはずの王柔は、その迫力に押されて委縮するどころか、それを気に留めてさえもいないようでした。これまでの長い時間、彼は理亜の身体に起きている不思議について悩み続けていましたから、それについて羽磋が話すことへの関心がとても強くて、他の事へ意識を払う余地がなくなっているのでした。
 王柔は自分の頭に思い浮かんだことを一息で話し終えると、理亜の傍に寄って同意を求めました。でも、理亜は近くに来た王柔の顔をちらっと見上げて、彼の服の裾をキュッと握りはしましたが、彼の言葉には何も返しませんでした。再び羽磋の方へ顔を向けた理亜は、彼が言葉を続けるのを待っているようでした。
 これでは、王柔も言葉を継ぐことはできません。一応は自分の思ったことを言えたわけですし、王柔も理亜に倣って羽磋の話の続きを待つことにしました。
 「母を待つ少女」の母親と王柔のそれぞれから、羽磋に対して強い反論が出されました。もちろん、これは羽磋も予想していたことでした。反対に「なるほど、そうですね」と言われた方が、彼にとっては驚きであったことでしょう。彼も自分の言っていることが信じ難いことであることは、十分に理解していたのですから。それに、これからの自分の話の方がもっと信じ難いものであることも、わかっていたのです。
「お二人の言いたいことは良くわかります。由というお名前とお聞きしましたが、母を待つ少女と昔話で語られるその少女と理亜は別人です。ですから、それぞれの母親も別人です。でも、ここに居る理亜は、理亜であって由殿なのです。こういう言い方がどこまでその実態を表しているかわかりませんが、理亜の身体の中に理亜と由殿の二つの心が入っているのです」








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