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月の砂漠のかぐや姫 第303話

「もう一つ付け加えさせていただきますと・・・・・・。王柔殿、理亜はあまりに良い子過ぎませんか?」
「はい? いや、理亜は良い子ですが?」
 王柔は、どうして羽磋がこんな時に冗談を言うのだろうと、耳を疑いました。「いまはこの上もなく大事で真剣な話をしているところなのに、どうして」と思ったのです。
 ところが、羽磋は冗談を言っているつもりなど、全くありませんでした。
「もちろん、それはわかっています。でも、あまりにも良い子過ぎると思うのです。あれぐらいの年の子供であれば、嫌な事があったら、絶対に嫌だと駄々をこねたり、身体が痛い時やしんどい時には泣いて訴えたりするものです。大人の都合など関係無くにです。だって、子供なんですから、自分中心で当たり前なんです。それが、理亜の場合は全く違います。特に土光村を出て、このヤルダンへの遠征に参加してからです。王柔殿は、理亜がしんどいとか辛いとか言うところを見られましたか」
「いいえ、言われてみれば、理亜がそんなことを言うところを見たことは無かったような気がします。でも、それは単に理亜が良い子でよく頑張ってくれていた、というだけではないですか」
 王柔は、羽磋の話がどこへ向かっているのかが、よくわかっていないようでした。
「王柔殿、理亜の場合は、あまりにも良い子の度合いが過ぎます。僕たちは濃い青色の球体に飲み込まれて、時間や体の感覚もぐちゃぐちゃになっていますけど、川を流されて地下洞窟に落とされた後、この地下世界へ辿り着くまでの長い道のりには、歩くのも困難な場所もたくさんあって大人の僕たちでもとても大変でした。食べ物や飲み水はどんどんと少なくなりましたし、精神的にも身体的にもいよいよこれで最後だというところまで追い詰められました。それでも、その間に理亜は『大丈夫ダヨ』と言うだけで、しんどいとも何とも言わない。それどころか、『喉が渇いた』とさえも言わないんですよ。僕の子供の頃なら、『喉が渇いた。怖い。帰りたい』と言って、泣き出していたところです」
「確かに、水のことは本当によく我慢してくれていると思っていたのですが・・・・・・。でも、羽磋殿がおっしゃるように理亜が良い子過ぎるとして、それが何か問題になるのでしょうか」
「実はですね、そのことも、もともとの理亜の心半分と母を待つ少女の心半分が合わさって理亜の身体に入っている、と僕が考える理由なのです。理亜と母を待つ少女はそれぞれの心の内に、優しさや辛抱強さなどの明るい部分と怒りやひょっとしたら恨みなどの暗い部分を、持っていたはずです。人間ですから、明るい部分と暗い部分、心には両方の感情があって当然です。でも、いまの理亜は違う。明るい部分、良い子の部分しか持っていない。それはどういうことかと言いますと、二人の心から明るい半分だけを取り出して一つにまとめたものが、いまの理亜に入っているということなんです」
 羽磋が王柔に対して本当に伝えたかったのは、「理亜の行動や反応が、子供とは思えないほど良いものだ」という目に見える部分についての評価ではなく、「人間が通常持っている心の暗い部分が、いまの理亜には無いのではないか」という、目に見えない部分についての考えだったのでした。
 「なるほど、これまでのことを思い返すと、羽磋殿の言う通りだ。他の子ども、いや、大人と比べても、いまの理亜は我慢強さや聞き分けの良さが過ぎるのかもしれない」と、王柔も思うようになりました。でも、「理亜の身体に、理亜の心の半分と母を待つ少女の心の半分を混ぜ合わせたものが入っている」と言う羽磋の説明は、以前から理亜の身体に起きていた不思議なことを思い起こした段階で、十分に彼の腑に落ちていました。王柔が更なる説明を求めたわけではないのに、どうして羽磋はこの点を強調したのでしょうか。
「わかっていただけましたか、王柔殿」
 羽磋は、さらに言葉に力を込めました。
「人間の心には明るい部分と暗い部分があります。それが普通です。僕だって、王柔殿だって、その両方を持ってます。いま僕は、理亜と母を待つ少女の二人から、心の明るい部分だけを集めたものが、理亜の身体に入っていると言いました。では、残りの部分はどうなっているのでしょう。二人の心の暗い部分を集めたものは、いまどこにあるのでしょう!」
 王柔の身体がブルブルッと震えました。いままでは全く考えていなかった大きな問題が、急に現れて彼を打ちました。羽磋が更なる説明をしたのは、この問題について王柔の注意を向けたかったからだったのです。
 理亜と母を待つ少女の二人の心から半分ずつを取り出して一つにし、それを理亜の身体に入れる。それはわかりました。ではそうすると、当然残った心は・・・・・・。
「う、羽磋殿。もしかして、それは・・・・・・。残された心半分ずつを合せたものが、母を待つ少女の中にある、ということになるのでしょうか」
「そうです、王柔殿。そう考えたくはないですけど、そうとしか考えられません」
 自分の考えが至った結論に驚き、それを恐る恐る口にした王柔に対して、羽磋は大きく頷いて同意を表しました。
「理亜と母を待つ少女の二人から、心の明るい部分を取り出して、一つにしたものを理亜の身体に入れた。だから、理亜は良い子過ぎるほど良い子になった。そして、残った心の暗い部分を一つにしたものを、母を待つ少女の身体に入れた。だから、きっと、母を待つ少女は他の人では持ち得ないような怒りや悲しみを持つようになった」
「そうですね、そうなります。理亜の身体に不思議なことが起こったのと同じ時期に、ヤルダンにあった母を待つ少女の奇岩が動き出し、王花の盗賊団を襲い始めました。これは、母を待つ少女の奇岩が、二人分の心の暗い部分を持つようになったからではないかと、僕は考えるのです」






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