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【本107】『スピノザの診察室』

著者:夏川草介 出版社:水鈴社

大学病院で凄腕内視鏡医だったマチ先生は、甥っ子を育てるため、大学病院を辞し、市中病院に勤務することになります。外来、往診、看取り...大学病院とは異なり、ここで向き合うのは患者の顔でした。様々な事情や人生のこだわりを抱えた人たちを診療していきます。

タイトルにある哲学者・スピノザは、「人間は、世界という決められた枠組みの中で、ただ流木のように流されていく無力な存在」としながらも、「だからこそ努力が必要」と説きます。一見矛盾した考えですが、自由ではないことを受け入れた先に「自由」が待っているのかもしれません。

マチ先生は、そんなスピノザに惹かれます。沢山の病気や死を見つめたからこそ、スピノザのように「どうにもならない人間の無力さ」を感じながらも、「だからこそ、できることがある」と、患者に勇気と安心感を注いでいくのです。消えていく命を、冷たさの中ではなく暖かさのなかで、暗闇の中ではなく光の中で包んでいく。そこに、ささやかな希望の糸を紡いでいくのです。

世界を見渡せば、病気だけではなく、「どうにもならないこと」にあふれています。只中にいる人たちは、どうにもならない現実の中で生きるしかありません。でも、そんな中にあっても、私たちは、その肩に「外套をかけてあげること」はできます。マチ先生はそれを「幸せ」と呼ぶのです。

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