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私が欲しいと指差したのは,50色もある色鉛筆だった.

それは小学校3年生のときだった.当時実家では生協で野菜やお肉などを購入することがあった.来た品物と一緒に,次回注文用のチラシがあり,何を買うか決定権がないのに真剣に眺めていた記憶がある.

チラシの後半のほうには本や小物なども載っており,たまに選んでいいよなんて言われることもあった.何がいいかなと目を通していると,色鮮やかなものが目に止まった.色鉛筆である.当時色のある筆記具と言えばクーピーだった.そのため色鉛筆は少しお姉さんへのステップのように感じていた.またそれは50色展開であり,そんなカラーバリエーションに富んだ色鉛筆を他で見たことがなかった私は咄嗟に欲しいと思った.

でもこれは流石に贅沢なんじゃないか.いつもは無遠慮な私も,そのときはななんだか気が引けてしまった.

「これ良いよね,ちょっと高いけど.」
母にアピールしつつも,そんな風になんとなくごまかしてしまった.

でも次の週も,また次の週もその色鉛筆は載り続けた.見ればみるほど魅力的に見えてしまう.ぐっと,ぐーっとこらえては見たけれど,小さな体ではもう限界であった.

「やっぱり欲しいな,これ.」
そんな言葉が私の口から滑り出た.

基本的にわがまま放題の私.今思えば断られてもおかしくなかった.けれど母は大切にしなさいねとか言うでもなく,承諾してくれた.きっと3週間食い入るように見ていた娘を見て,今回は本気だと思ってくれたんだろう.

50色もある色鉛筆を自慢したくて,私は学校だなんだと持っていった.そしてオレンジと言えるようなものでも微妙に違っていることを知った.知らないたくさんの色があることを知った.水で絵の具みたいな表現ができることを知った.色の組み合わせで遊べることを知った.すごく絵を描くわけではなかった.けれど,その色鉛筆は確実に私の相棒だった.

現在,一人暮らしをして5年目になる.クローゼットの引き出しの中には古くなったペンケースがある.小学校が持つような,ポップなロゴが入ったペンケースだ.中には色鮮やかな背丈が違う色鉛筆が入っている.机からよく落としていたから,きっと中の芯はボキボキに折れていることだろう.それでもこれは絶対に手放すことはないだろう.だって相棒だから.

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