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レティシア書房店長日誌

小倉ヒラク「アジア発酵紀行」

 「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指す発酵デザイナー小倉ヒラクは、「発酵文化人類学」「日本発酵紀行」の著作で多くの人に知られる存在になりました。そして、今度はディープな発酵を求めてアジアの奥地へと旅立ちました。エキサイティングな面白い旅の一部始終を描いた「アジア発酵紀行」(文藝春秋/古書1200円)です。

 「20代前半のバックパッカー旅の要領で辺境へ辺境へと行くうち、人口数百人の離島や人里離れた山村に、奇想天外な発酵文化がひっそりと継承されていることを知った。現地で手作りしている人にその成り立ちを聞いてみたところ、海の外のアジアの国々とのつながりが出てくることに驚くことがたびたびあった。山の中の発酵茶が、東南アジアの茶の起源を。島の織物が、ミクロネシアの染色技術の起源を宿している。」
 アジア各地の発酵文化を知りたい!と切望した著者は、まずは中国雲南省の西部を横断する旅に出ます。デチエンチベット族自治州のシャングリラから、大理ペー族自治州大理市を経由してミャンマー国境付近のシーサンパンナへと抜ける、通称” 茶馬古道”。その過程で、日本の発酵文化は我が国オリジナルなものではなく、「アジア各地から伝わった食文化が日本の気候風土や信仰、習俗にあわせてローカライズされて今のカタチになったもののようだ。」ということを知り、各地でその土地ならではの発酵体験をしていきまます。その面白いこと!久々に紀行文を読んでエキサイトしましたね。発酵に関してだけではなく、壮大で複雑なアジアの歴史、地理、そして文化の姿が立ち現れてきます。
 奥深い発酵談義と同時に、発酵の基本原理やチーズの成り立ち、酒の醸造方法、酵素のことなど、基礎的な事柄も丁寧に解説されていて、発酵初心者にもわかりやすく読んでいけます。
 第二部では、ネパールのカトマンズからインド東部のコルタカへとさらにディープな旅を続けます。それにしても、著者の胃袋は鉄壁で強靭ですね。よくもまぁ、これほど多種多様な食事をして胃を壊さないものだと感動しました。そしてこの旅の途中、ミャンマー国境で日本の糀の源流と思しきものを発見するのです。
 「雲南で見たように中国や韓国の麹は基本的に麦や雑穀だったが、リンブー(リンブー族はネパール東部からインド東部シッキム州に連なる国境付近に多く住む民族)の麹は米。つまり日本の糀と同じである。やはり僕の予想は間違ってなかった。ミャンマー国境の向こう側に、日本の糀の源流(とおぼしきもの)が存在していたのだ。カビの生えた米のフレークを手のひらに乗せ、しげしげと眺める。ヒマラヤの麓に生き延びていた「糀」ファミリーに出会えた喜びに打ち震える。」
 私たちは「糀」ではなく「麹」という漢字を使います。変換してもすぐ出るのは「麹」です。著者はこう解説します。「米に花が咲くと書いて、糀。甘酒や味噌をつくる、カビを使った米の発酵の素(スターター)である。この『糀』という漢字は日本でできた漢字で、漢字の本家中国では通じない。中国では米でなく麦をあしらった『麹』の字が発酵の素を指す。この漢字の違いをもって、日本の食文化の独自性は『米の発酵』であるとされている。」
 正月に一気に読んだ一冊ですが、アジアって奥深い!ということを知った傑作でした。

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