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雪(ショートショート)

 明日は大雪の予報だ。それでも出社しなければならない。俺は車で通勤しているからチェーンが必要だった。だが、近くの車専門店に行っても、ホームセンターに行っても、既に売り切れていた。
 代わりにトラックの荷台に使うゴムを買っていく人がいるほどだった。あんなもの何の足しになるのか。すぐ切れるに違いない、と思いながらも、俺も何か対策をしなければならなかった。
 電車やバスを使う手もあったが、おそらく大雪なら運行停止とかになるか、交通渋滞が発生して、大幅に予定が狂ってしまうに違いない。それに俺の勤める会社は、営業所の出張所で、田舎の町の4階建てのビルの3階にある。電車やバスを使うには何度も乗り換えが必要であった。そのうえ本数がただでさえ少ない。
 結局何の対策もできずに家に帰ってきた。
 とりあえず酒を飲んで早めに寝た。明日早く起きて、早めに出発しようと思った。ノーマルタイヤでどこまで行けるだろうか。
 朝になって目覚めた。カーテンを開け、外を見た。一面の銀世界である。俺が寝てから降り出したようだ。そしていまだに降ってやがる。
 俺は出勤をすることに決めた。すでに出ていった車の轍を縫うように俺はゆっくり走り出した。
 ブレーキを掛ければ、スリップしてしまう可能性があるので、とにかくゆっくりゆっくり進んだ。いつでも止まれる徐行状態で、会社までどのくらい時間がかかるかはわからないが、それしか手はなかった。無謀といえば無謀である。
 なるだけ坂道がある道は避けて進むようにした。そのためいつも通る抜け道は通らず、大通りを中心に進んだ。
 雪は降り続いた。積もっていく。もはや進むも地獄、戻るも地獄状態であった。ゆっくりゆっくり進んだ。スタッドレスの車やチェーン装着の車がどんどん抜いていった。 
 小便がしたくなった。コンビニに寄ることにした。そこで小休止だ。店のおじさんと幾つか雪について話をして、気が落ち着いた頃に再出発することにした。
 ところが何ということであろうか。車が雪に埋もれてしまっていた。これでは出勤できない。
 俺は出勤を諦めて課長の携帯に電話した。話し中だった。おそらく他の誰かも同じ理由で課長に電話しているに違いない。
 俺は半泣き状態で、車に積もった雪を除き始めた。会社まであと数キロというところだった。
 いっそここから歩いて会社に行くか。その方が寒いけど、一番確実だ。
 そう決めたら、コンビニのおじさんに車を置いていくことを告げ、謝った。こういうケースなので、おじさんも許してくれた。
 雪中行軍である。足がかじかむように寒い。普通の革靴に、普通のソックスだけである。おまけに車で出勤なので、防寒もさほどのものを着ていない。失敗だった。靴下はすぐびしょびしょになり、ジャンパーには雪が積もる。
 途中で俺は気持ちが折れた。戻ろう。しかし既に周りは白銀の世界。方向がわからなくなった。
 ああここで俺は凍死して死んでしまうのだろうか。気が遠くなっていく。
 <オチ1>
 瞬間、俺は穴に落ちた。どうやら古い井戸か何かに落ち込んだらしい。雪に埋もれて俺はそのまま気絶しそうになった。狭い穴から見える空から降りそそぐ雪が天使に見えてきた。どうやら迎えにきたようだ。
<オチ2>
 辺りを見回すと、ぼんやりと明かりが灯る一軒の田舎風の家を見つけた。そこで休ませてもらおうと思い、俺は必死になって、その方向に向かって歩いた。だが、いつまでたってもその場所に行き着かない。そのうち、体はもう限界にきてしまい、そのままその場に倒れてしまった。その上を雪が降り積もっていく。俺の体は雪に埋もれてやがて見えなくなっていくのだろう。
 <オチ3>
 気が付くと、俺は、手術台の上に仰向けに寝かされていた。身動きできないように縛り付けられている。
 どうやらここはショッカーの秘密基地で、俺は改造人間にされるらしい。どうせ改造人間になるのなら、できるだけ格好のいい怪物にしてもらいたいな、と思いつつ、麻酔で俺の意識は消えていった。
 <オチ4>
 気が付くと、俺は会社に着いていた。いつの間に出勤できたのだろう。不思議に思いながらも、会社の人たちに「おはようございます」と挨拶をする。だがみんな無視だ。課長が来た。遅刻した理由を説明しようとしたら、課長が俺の体をすり抜けていった。どうやら俺は死んで幽霊になったようである。俺の体は数日後、雪が解けたある日、近所の人が発見した。
 <オチ5>
 目が覚めた。全てが夢で、夢落ちだった。窓が開いていた。道理で寒いわけだ。こいつのせいで、変な夢を見たのだ。少し熱っぽい。今日は休もう。どのみち雪だ。ノーマルタイヤであそこまで行けるはずもない。課長に嫌味をいわれそうだが、そんなの関係ねえ。

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