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なんか書きたいけど思いつかないnote INFJの回顧録

だから、今日は頭の中に出てきたことをつらつら書くnote。

INFJは回顧録を書きがちと見て、たしかに!と思った。最近まとまりなく亡き祖父母のことを思い出す。ルーツから考える性質なのかな。

ポジティブ心理学について知ったとき、亡き祖母の教えの、「両方いいのはほっかむりだけ」を思い出した。ポジティブな面に注目するやり方で、運が良いと感じやすいだけでなく、ほんとうに運が良くなるのは不思議。おかげで私は運がいい。一見よくないことも、後から振り返れば良いことへの変化の兆しだったりする。

祖母は60代で直腸癌のため、人工肛門を作ることになった。70代で乳癌で手術を受けた。恨みつらみや泣き言は聞いたことがない。心の中ではもちろん葛藤があったんだろうけど。体が弱いからしょうがないねぇ、とは言ってた。入院中、担当の看護師さんの名前を呼んで、昨日も遅くまで働いてたのに大変ねぇ、ありがとうと感謝を伝えていた。たまに病棟で看護師さんから人気のおばあちゃんおじいちゃんがいるものだけど、祖母もきっとその枠だったと思う。抗がん剤で全部髪の毛が抜けても、プレゼントされた帽子が可愛いとニコニコしていた。あんなふうに年をとりたい。あの頃の祖母の年齢まで、いつのまにか近づきつつある。大事に日々を生きたい。

それからずいぶん後、祖母が亡くなって何年かの頃。私は働き始めて以来、忙しくて給料を使う時間もなく、学生の頃うちにお金がなくて節約体質だったのもあって、貯金がめちゃくちゃ貯まっていた。母に借金の返却にと渡したとき、子どもにこんなお金借りるなんて、おばあちゃんに怒られるわ……と辛そうに言うので、おばあちゃんだったら……、そんなことで怒らないよ。きっと、〇〇ちゃん(母の名前)よかったのう、ええ子に育ったのう。〇〇ちゃんの育て方がよかったからよ、ありがたいねぇって感謝せんとねぇって、そう言うと思うよ。そう言いながら、私はそのときまさに祖母にえらいねぇって誉められたように感じたし、母は泣いた。そうやね、おばあちゃんならそう言ってくれるねって。母はそのあと少しずつ父に対して強くなった。そして、私はもっと仕事頑張ろうと思ったんだった。

祖母にひ孫は見せられなかったけど、元気が過ぎて大変って私が愚痴ったらきっと、男の子は育てるの大変だもんねぇ、でも、元気がいいのが一番って言ってくれただろう。3人とも立派な大人に育つよって。私が子どもの頃、言ってくれたみたいに。


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