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[書評] 「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》

みなさん、こんにちは。Naseka です。
私は 哲学者・エッセイスト として、
自らを定義しています。

そんな私ですが「職業」は会社員、
日頃は工場の設備にかかわる技術者をしています。
加えて学生時代からの
歴史(特に世界史)好き ということで、
「科学」「歴史」
重なったジャンルというのは
特に興味をそそられます。

今回紹介する本も、
そんな私のセンサーに反応した一冊です。


「標準」って何だ?

そもそも「ものづくり」における
「標準」とは何であろうか?

判断のよりどころや行動の目安となるもの。基準。「標準に合わない」

平均的であること。また、その度合い・数値。並み。「標準に及ばない」「標準の体重

標準 - デジタル大辞泉 -

一般的な言葉の意味は、上記のようなものである。
「ものづくり」においては、どちらかといえば
1の「基準」の意味に近い。

少なくとも2の「平均…」では決してない。
なぜならバラつきが大きいグループについて
その平均を求めたところで、ものづくりにおいては
何の意味も持たないからだ。
(分析をしたいのであれば話は別だが)

「標準」のありがたさ

これだけ言われたところで、
「標準」の重要性が理解できる人は少ないだろう。

本書は「科学史」とあるように、
ものづくりについての歴史が綴られている。
(主に産業革命前後の時代から)

今でこそ ものづくりの世界で当たり前となった
「標準(化)」ではあるが、
意外にその歴史は浅い。

産業革命が始まった頃の世界では、
ものづくりにおいて「標準」という概念は
存在していなかった。

工業製品は基本的に職人によるハンドメイド
(たとえ加工設備を用いることはあっても)、
一見 同じように見える製品も
その全てが「一点もの」
であるのだ。

これが何を意味しているのかを理解するには、
逆説的に「標準」が当たり前となった
現代における例と比較するのがよい。

「標準」化された世界

ひとつの例として、ホームセンターで
組み立て式の家具を
同一商品2セット購入するとしよう。
(ここでは「棚」を買うとする)

2セットを同時に開封して、互いのセットから
ランダムに同じ部品を入れ替えてみる。
たとえば
天板と天板、
部品を留めるねじ(同じ箇所)同士を入れ替える。

さて、ここで問題。
互いの2セットは、
ちゃんと棚に組み立てられるだろうか?

それなりのメーカーであれば、おそらく答えは
「Yes (組み立てられる)」
だと思われる。

それは当たり前だろう。
同じ棚(製品)のセット同士で
天板と天板を入れ替えたところで、
同じ箇所のねじを入れ替えたところで、
組み立てられないわけがない。

もしそれ(入れ替え)だけで
組み立てられなくなるようなら、
メーカーへ即クレームが入ることだろう。

...え?
「何を当たり前なことを言ってるのか」って!?

あなたはこの素晴らしさを理解できないのか!?
そうであるならば、すぐに本書を読むべきである!

「標準」がなかった世界では

我々には当然にしか見えない この事実も、
300年前の人が見たら
きっと飛び上がるくらい驚くことに違いない。

なぜなら部品ひとつひとつの形状から、
ねじの山の形状まで、
その全てに互換性というものはなかったのだ。

ねじひとつとっても、ねじ山やねじ穴は
職人がひとつひとつ やすり掛けをして
ピタリと噛み合うように整えていたのだ。

だから
「あるねじは、同じ製品の同じ穴にしか入らない」
のが 当時の「当たり前」だった。

たとえ隣に並べてある同じ製品の
同じ箇所のねじと入れ替えても、
互いに収まることは基本的に不可能だったのだ。
(収まったとしたら、それは「偶然」に過ぎない)

先の方で
” 一見 同じように見える製品も
 その全てが「一点もの」 ”
と言ったのは、このような意味である。

英語なら「same thing」と「same one」で
区別できるけど、
日本語だと同じ「同じ」だから、
どうにも文章がややこしいね。
…この(↑)文章自体もややこしいな

「標準」というものは 斯くも尊い

あなたがもし
何かの製品のねじを1本なくしてしまったら、
ホームセンターで買ってくれば済む話だ。
(余程 特殊なねじでもない限りは)

だが、それが可能となるのも
ものづくりの世界が
「標準」化された賜物
 なのである。

ホームセンターのねじ売り場で
「この中の何百本というねじ、
 どれを選んでも そのねじ穴にピタリと収まるよ」
と300年前の人に言うことができるならば、
きっと
「そんなことあり得るはずがない!!」
と言うこと間違いなしだろう。

なぜなら、彼らの生きていた時代では
それは決して
「当たり前」のことではなかったのだから…

まとめ

前回の書評でも
『「当たり前」なことほど認識が難しいものはない』
と述べたが、私たちの身近なところには
それらの「当たり前」が たくさん存在している。

先人たちが苦労と叡智を積み重ねて築き上げた
「当たり前」に、
たまには感謝を向けてみるのも
悪くないのではなかろうか。

こんな人にオススメ!

・ものづくりに携わっている人
・ものづくりの歴史に興味がある人
・「標準なんてつまらない」と思っている人
・「当たり前」にありがたさを感じない人

さて、書評も今回で5作目になりました。
桁が変わったわけではないですが、
なんとなく通過点に到達した感がありますね。
これからも毎週 続けていきたいと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

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