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最初のカマエで、挫折しそうなんだが。/大学で、能楽部に入った話。(05)【エッセイ:あの日、私と京都は。8】

「まずは、カマエから!」

能の師匠らしき男性は、舞台の真ん中で意気揚々と告げた。

舞台と言いながら、それは畳の間から一段高くなったフローリング上の間だ。真四角に近くて、奥の方にはナナメに立てかけた大きな姿見が3つほどある。

・・・しかし・・・カマエ?カマエって?

「カマエは能の基本姿勢でね。仕舞のはじまりはいつもカマエをするんだ」

ふむ。仕舞、は聞いたことあるぞ。
なんだっけ、あのメガネ先輩が・・・

『僕らは、仕舞と謡の稽古をしている。仕舞っていうのは舞のことだ』

って、言ってたっけか。

そのメガネ先輩は、他の部員と共に畳の間で正座して、こちらの様子をじっと見ている。
先ほど注意事項を伝えにきた女性や、座布団を敷いてくださった方など、部員は6人ほどだろうか。

「はい、まずは腕から。肘をこうやって、外に向けて張る」

見よう見まねでやってみる。肘を体の外側へ。ムキッと、ゴリラが威嚇するような感じだろうか。

「そしたら手先は、いま手の甲が上になってるよね。その手は、親指が上、天井を向くようにするんだ」

うむむ、こうか。コップを持ってる感じ。

「あっ、そのときね」

はい? 私?

「肘がこう、下がっちゃだめなんだ」

手先をヒネると、自然に肘も連動して動く。
でも、それじゃダメらしい。肘は外に向かったまま、でも手は親指が上になるようにする。
ふーむ。

「うん。腕はそんな感じ。それで足はね、つま先に体重をかけてみて」

言われるがまま、つま先に体重をかける。

「そのままゆっくり、膝を曲げてみて。体重はかけたままで」

ゆっくりゆっくり膝を曲げて・・・

「はい、そこで体だけを起こして。前を向いて」

む?
足は膝から軽く「z」字で曲がっているけれど、体は正面に。お尻から腰がしなっている気がする。
そんでもって、腕は肘が外で、手先は親指が上・・・

「はい、できあがり

どゆこと!?


なに、この不自然な体勢は!
体重は前のめりだし、えっ、腰、ていうか腕もよくわからんし、なに?!
絶対これまでの人生で、こんな体勢とったことない!

「いいね!3人とも上手!」

横を見ると、同じように「!?」という顔をした男子学生2人が、これまた同じような格好で立っていた。

これが・・・カマエ!
能のカマエか!

うん!

わからん!!!

「はい、一回普通に戻っていいよ。じゃ、もう1回」

もう1回、最初から先ほどのやり方をなぞる。

・・・

ダメだ!

もう挫折しそうだ!!

多分、これって、ほんとに初歩の初歩の初歩で、フランス料理で言うなら店先に立ちましたってレベルだろうし(コース以前に店すら入れてない感じ)、まだ何も始まっちゃいないんだろうけど・・・!

初めての体勢、初めて使う筋肉、初めてのカマエ。
私の身体はどうなってるんだろう、私の骨はどういう向きで、私はどんな格好をすべきなのか・・・?
全然、経験値にないものを突如として要求され、何の基準もないまま真似をするのみ。

「うん、いいね!」

何が?何が!?

もう、わからなさすぎて、いろいろ混乱する。

こんな世界が、こんな価値観の世界があるなんて。
不自然に思える体の動きを「いい」と言うとは。

いや、でも、目の前にいる師匠の体は、不自然そうに見えないのが謎だ。
むしろ安定しているし、自然体ですらある。

謎だ。
能って、謎だ・・・

「よし、じゃあ一旦ここまで。次は、先輩たちの仕舞を見てみようか」

お、そうか。ちょっとホッとする。
でも・・・しまい?

しまいって・・・

・・・何?

(つづく。)

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