論82.本当に基礎である声をとりだすコア・ヴォイストレーニング(6872字)

〇お腹の力
 
お腹に力が入らなくなったときに、声のプロの職から引退するというのは、海外では、よく聞いた話です。お腹から声が出なくなったとき、つまり呼吸でコントロールできなくなったらと、いってもよいでしょう。本格的な歌い手なら、そのギャップはわかっているものです。つまり心身と一体にならないのです。
 
もちろん、今は音響技術でフォローできます。高いほうは、強めずにコントロールして、マイクとリヴァーブを使うことによってしのぐことができます。
 
大きく歌おうとすると、どうしても喉を使ってしまいます。使ってはいけないのに使うのは、そう使うしか、声にならない、あるいは、うまく歌えないからです。
私は、声の芯と共鳴といって、感覚的には、喉でないところで声をとるよう指導しています。
 
〇生声
 
全身が一つになって、声が1つにまとまってとれていることが、大切なのです。そうでないと声をていねいに動かせないからです。
手早いのは、口先で部分的に声を動かす、つまり、癖のついた声で表現することです。
しかし、こうした喉での歌唱というのは、年齢とともに出しにくくなってきます。
生声といわれる声が、その例です。ジャニーズ、特に中居さんの歌などを考えてみるとよいでしょう。
 
〇小さい声とカラオケ効果
 
歌う声が小さく、しゃべる声の方がマイクにうまく通る人がいます。そういう場面もたくさん見てきました。歌声よりもMCの声が通るのです。マイクに頼りすぎているとこうなります。
 
カラオケというのは、小さく響きのない声をうまく聞こえるように調整されています。
日本人の、平均に合わせているからです。
飲んでいるおじさんやOLなどが、ぼそぼそと歌うのが、うまく聞こえるのです。石原裕次郎さんの曲あたりをメインの対象にしたと思えばよいでしょう。
 
〇大きな声
 
海外の人たちの声がうるさいとか、対話しているのに、喧嘩のように聞こえたことがありませんか。
日本人も、男女問わず、昔は、そういったケースも多かったのです。
ところが、だんだんと手を出すどころか強い言葉でいうこともハラスメントのように思われてきて、強い口調はなくなってきました。
もともと日本では、大きな声で怒鳴った方が負けのような基準があったわけです。
コロナ禍が、声を出さないことに拍車をかけました。
 
〇日本人の声と呼吸
 
日本人の声については、声が小さい、声が細い、声が高い、声がこもっている、明瞭な発音ではない、表情が乏しいなどが挙げられます。
浅い母音と深い母音との違いから学んでみるとよいでしょう。次に、呼吸の深さの違いです。
 
〇腹式呼吸での違い☆
 
一般的にいわれる腹式呼吸と本格的な歌唱などに必要な腹式呼吸はかなりレベルが違います。ブレスに3割ほどいつも余裕があれば、呼吸が足らなくなることがないでしょう。そういう人は、必要な腹式呼吸からの発声ができていると思ってもよいかもしれません。
イメージとしては、口で呼吸するのでなく、お腹の底で呼吸します。口で声を出すのでなく、お腹で声を出します。
 
〇喉で出さない☆
 
発声は、喉で出すというような感覚でない方がよいのです。喉で出してはいけないからと、頭部に共鳴させるようなのが、ヴォイストレーニングと思われています。
しかし、それだけでは、バランス調整にしか過ぎません。パワフルな声などは出てこないのです。一種のテクニカルなノウハウにすぎません。
しかし、パワフルな声のトレーニングをすると、高音が出にくくなったりファルセットがうまくいかなくなったりするので、本人も今のポップスのトレーナーも避けたがるわけです。
 
〇典型的なトレーナー☆
 
その根本的な原因は、日本では地声をパワフルに出せるように指導できるヴォイストレーナーが少ないことです。細く高い声をきれいに共鳴させられる人が、発声ができていて歌がうまいようにみられるので、トレーナーを名乗るからです。
大体の人が高い声を出したいということでトレーニングを受けるのですから、これは一理あります。しかし、そういうトレーナーほど、10代の頃から、高い声が出ていたので、そのノウハウに関しては、驚くほど貧弱な場合が多いです。大体が、真似させて、ついていけるとこまでついていくという形なのです。
 
〇支えの身体力
 
基本は、腹筋も呼吸筋も鍛えておき、呼吸が完全にコントロールできることを目指します。それが声につながるからです。
さらに、声そのものをきちんと開発することについては、なかなか難しいところがあります。
声楽や邦楽にそのプロセスはありますが、ポップスのヴォーカルにはあまりありません。
 
〇素の声を鍛える☆
 
ポップスはもともと持っている声をそのまま活かそうとするからです。なによりも、素の声が魅力的だと思われた人をプロデュースする場合が多いからです。
ところが、声楽や邦楽の場合は、その人の素質にかかわらず、声をプロと聞こえるところまで鍛錬するプロセスがあります。
ただし、個人差や、先生や流派による判断ややり方でかなり違っています。その元の共通のところを取ろうとしたのが、私のブレスヴォイストレーニングです。
 
〇お腹からの声
 
理想的な発声では、どんなに声を出しても喉が疲れません。体が疲れたところで限界が来ます。つまりお腹の筋肉の方が疲労を覚えて、そこで止まるのです。
多くの指導者などが、昔から、声を出させるために指導してきたのは、お腹から声を出すこと、呼吸筋群によって声をしっかり出すということです。
これが、今の日本のヴォイストレーナーには、けっこう否定されています。それは、大きな問題です。なぜなら目的が違うからです。
 
〇生の声☆
 
今のトレーナーは、素人の生の声をそのまま歌に乗せようとします。音響の機器が発達したのと、一般の人たちがそういう声の歌を受け入れるようになってきたからです。
むしろ、鍛えられたプロっぽい声の歌よりも、身近に親しく感じられるになったのでしょう。確かに日本人の日常からみると、そのまま、しぜんな声なのです。それをどう見るかの違いです。
 
〇未熟の魅力
 
とびっきりの美人よりも、クラスでかわいいくらいが親近感をもてる、アイドルや女優としてもそういうところで人気が出てきたのと似ています。日本人のロリコン、未成熟好き文化です。ルックスやスタイルどころか声までその影響を受けてきたのです。
その辺は価値観なので、私も状況次第では、時代に合わせているところもあります。
 
〇確実であること☆
 
大切なのは、本人が使う場合に、確実に使えることと、長く活動を維持できるということです。
その点で、生の声というのは、不安定であり、心身の健康状態が崩れると、乱れがちです。
また歳をとるにつれて、うまく調整できなくなります。この再現性が取れないということは、プロの技量としては最大の欠点なのです。
 
〇浅い声とアニメ声
 
今の素人の声を例えていうと、口の中で声を作っているアニメ声のように考えるとよいでしょう。
アニメ声に対する私の考えは、応用という位置づけです。しっかりとしたお腹からの声を身に付けておいて、1つの応用として、そういった声で演技するということです。それを基本の練習とはしません。
声というのは、いろんな音色や表現が問われるものです。そのすべてが、必ずしも発声の技術や発声の原理、その基本にきちんと基づいているわけではありません。
 
〇3つの枠と自分の器☆
 
それを私は大きく3つにわけています。自分の中で完全にできるもの、自分の中でギリギリでできるもの、自分の外にあるけれども、何とか無理すればできるものです。
ヴォイストレーニングというのは、この1番目の枠をできるだけ大きく広げていくということです。
 
器を大きくすることによって、今までかなり無理だったものも、あまり無理せずにできるようにする。ちょっと無理だったものは、無理せずにできるようにするということです。
それについては、個々に違います。それを自分で知っていって、無理をしないようにするということです。無理なときには、休みを多く入れるとか、あまり繰り返さないように気をつけます。
 
〇痛めない☆
 
最初は無理をすると、声を出した後に、喉に違和感や痛みを覚えます。それが次の日も続くようであれば、やり過ぎであったり、間違っていると思ってください。
ただし、それが結果的に鍛えられていることにもなっている場合もあります。
正しいトレーニングのプロセスとしては、お勧めできません。リスクと上達の限界がみえるからです。そのような痛みが出ないような発声を維持することです。
 
声を出せば出すほど声が出てくるようになって、少し疲れてきたなとか感情が激しくなってきたなというところでは、止めるのが、発声のトレーニングとして理想です。
 
〇無理な声☆
 
感情表現のトレーニングになると、自分の声の延長上で無理して出さないとならないこともあります。ステージでセリフをいうなら、そういったところで続けることになるでしょう。
そのときには、できるだけ休みをたくさんとって、回復させることです。この回復が、若いときには1日か2日なのですが、だんだん1週間、2週間とかかるようになることもあります。40代以降にレッスンにいらっしゃる人に多い例です。
そうならないために、より確実な技術を、それまでの期間に覚えていくことが大切です。
 
声を出すということは、スポーツと同じように肉体的な作業です。アートでいうのであれば、肉体芸術です。ダンスなどと同じように考えておくとよいでしょう。
 
〇乱さない☆
 
声楽で厳しい先生につくと、「発声をある程度、マスターするまではレッスン以外で歌わないで」といわれることがあります。歌うと、発声が乱れるということです。
「日本の歌い手や好きな歌をあまり聞かないように」と注意されることもあります。
 
発声は、耳から聞くことによって影響されるからです。
「良し悪しは、先生に全て任せて、自分で判断しないように」といわれることもあります。
声楽の発声そのものだけが目的であれば、これは正しいことだと思います。しかし、ポップスやミュージカル、役者、声優では、それだけでは、対応できないものです。
 
〇マイク離れ
 
マイクというのから離れて、チェックしてみてください。これまでマイクに頼って、いろいろカバーしてきたことが、マイクを使わないとはっきりとわかります。リズム、音程などの乱れについても厳しくチェックすることができるようになるでしょう。
 
〇腹式呼吸と深い声
 
腹式呼吸をポンプの原理で説明する先生がいます。いわゆる口で吸ったり吐いたりするのでなく、体全体の力で動かすイメージのことだと思ってください。
 
深い息が出せるようになることの上に、深い声が出てきます。
最初は、一声かもしれませんが、そこに焦点を当てていけば必ず、その声が中心になってくるはずです。
 
日本人は高い声でしゃべったり歌ったりしすぎていますから、それを低くするだけでも、その声が開発されて、ボリューム感やパワーになってくることがあります。
 
〇チェックしてならす
 
いきなり、強く発声するような練習は避けた方が無難です。その日の声の調子を見るには、よい場合もあるのですが、できれば、柔軟やブレストレーニングをしておいて、声が出やすい状態にしてから、発声練習をするとよいでしょう。
 
〇パワー不足☆
 
一本調子の歌、メリハリのない歌、表現力に乏しい歌を避けます。
部分的に正しくても全体的に正しくないことがあります。
この場合の判断は、とても難しいです。
部分的に身に付けるということで目的が設定されているのなら、長期的に見なくてはならないからです。
 
〇部分的完成度☆
 
例えば歌を1曲完成させていくことで、例えてみますと、それぞれの部分を、最も自分に合ったキイで歌ってみます。するとそれぞれの部分の、完成度が高まります。もし、そこだけを聞くとプロのように聞こえるとなれば、それは、それで1つの目的達成です。
 
ただし一曲通しての歌唱としては、全く違ってきます。
歌うとなると、苦手な声域でもそれなりに表現をキープしなくてはなりません。
大体は、バランスを取ったり下手に見えないように加工したりして、調整することが必要になるものです。
 
〇練習曲☆
 
バランスをとるのは、作品としてあげるときのことであって、練習のプロセスであれば、その練習の目的をきちんと遂げることが大切です。
ですから、練習曲として使うときには、自由にその目的に合わせてだけに使えばよいのです。部分的な完成度をきちんとあげることを重ねなくては、全体的な完成にならないということです。
 
歌う曲に関しては、構成や展開があるので、そういった歌い方をきちんとした上で、どこに重点をおくのかというところから、もう一度、検討していきます。
 
〇素人の限界☆
 
多くの人は、2オクターブ近い歌でハイトーンに届かせ、バランスをとることばかり考えているので、どこも表現できていないような一本調子で、退屈な歌になってしまうのです。その逆をしなくてはなりません。
 
そうでなければ、カラオケで毎日歌っている人は、皆、プロ以上にうまくなるはずです。こういう人たちは、下手に思われないような歌い方だけができるようになっていくのです。それは、全体のバランスだけ、それなりに整ってくるからです。
つまり、歌に体が見合ってない、体が追いついていないから、その分、無理をして、歌に歌わされているという結果になっているわけです。
 
〇歌唱までのアドバイス
 
パワフルにひびくとハスキーになるのは、発声でなく、歌唱ステージでの評価です。
音を取るという感覚と、語りの中にメロディを処理するという違いを理解してもらえたらと存じます。
朗読のトレーニングをするのもよいでしょう。
音の高低や音程という音の幅にとらわれないことが大切です。
縦書きで歌うこと。書道で1枚の大きな紙に、昔の万葉集のように歌詞を描いて歌ってらっしゃる方がいました。
横に広げるのでなく縦に深くというふうに考えてください。上下の線です。
音高などが何であっても、1つに捉えて動かします。
 
〇基礎の力
 
イメージとしては大きく歌うことですが、大きめに声を張って歌うと、必ず、うまく聞こえない歌になります。息が足らなくなったりブレスが必要となります。
せりふでなら、音が高いところほど大きくメリハリをつけ低いところは語るように朗読してみてください。
 
〇太くする☆
 
頭声と胸声というわけ方では、細いと太い、あるいは、軽いと重いというふうに考えてください。体の中から、声を取り出して、それを響きで話すというようなイメージです。その時に最も欠けているのが、体の中の声ということです。
それは上の方から押し下げたり、こもらせたりするのではありません。
そうすると重々しいだけで、歌声として魅力のないものになってしまいます。
 
〇声の芯☆
 
役者などがたまに使うようなドスの効いたような声を参考にしましょう。
もちろん、そういうものではなく、軽やかに動きやすい声こそが、芯のある声と私がいっているものです。
この声の違いは、遠くで聞いたときに通るかどうかです。
まわりでうるさいような声というのは、ボリュームは大きいかもしれませんが、拡散しているのでコントロールできないわけです。
 
〇3要素の統一
 
声というのは出せばよいのではなく、それに言葉を乗せて伝えなくてはなりません。さらにリズムやメロディにともなっているわけです。音楽の三要素といわれますが、これは一体で捉えなくてはなりません。3つにわけて練習するのは構いませんが、1つのものを別の方面から見ているというふうに考えてください。
 
〇歌の魅力分析☆
 
プロとして勝負できる要素としては3つです。声そのものの魅力、フレーズでの魅力、歌全体としての構成や展開で聞かせるということ、この3つのどれか1つ強みを活かせていれば充分です。
ヴォイストレーニングは、声そのものの魅力を増すことと、それをフレーズで使えるようにすることを中心に行います。歌全体の構成や展開というのは、一流の歌をじっくりと聞いて、自分なりに分析し、体に叩き込んでおくしかありません。
 
〇楽譜と音源コピー☆
 
イメージと気持ちを一体化する、そして、それを声で表現すること。
楽譜から歌を正しく歌えるようにレッスンをするのは、基本です。それは、楽譜を離れて歌って、最後にもう一度、楽譜で確認して歌うためです。
いろんなプロの音源を聴いて、その中の気に入ったものから真似て歌うという方法が、今では一般的でしょう。それにも大きな欠点があります。影響を受けすぎてしまうことです。
 
ですから最低でも10人を選び、その10人のコピーをしてみてください。そこからそれぞれのよい点悪い点を分析しつつ、共通して活かしているような点を、自分でも学ぶのです。
素人の歌は、そういうものに比べると、共通しているところが得られてなく、どのプロもやらないようなことをやってしまったりしているわけです。
そこは比べてみるほどに、いろいろと学べるはずです。

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