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木を見て森を見て菌根ネットワークを識る|マザーツリー|Review

『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』
スザンヌ・シマード著、三木直子訳、2023年、ダイヤモンド社

話題の本の書評は難しい。すでに賛否両論いろいろあるし、それらの批評を読まずにはいられないし、読んだら読んだで引きずられるし。この本もめっちゃ話題で、いろんな著名人が推薦文を寄せている。

ざっくり言うと、森の木々が地下での菌類とのネットワークを通じて、栄養素や炭素や水を共有するだけでなく、情報(信号)をも交換していると主張する本だ。森林内での生態系の連携や樹木の健康について重要な発見の過程を、彼女のライフヒストリーと結びつけて書いている。そして、森は個々の木の集合体ではなく、ひとつの巨大な生命体としてとらえるべきだとし、読者の常識を揺さぶっている。

批判にはうなづけるところも多々あるが、以下では否定的意見のポイントをあげ、頼まれてもいないのに反論する・擁護するというおせっかいなレビューを目論もう。

①科学的な説明が不十分/いい面だけでなく悪い面も書くべき

断っておくと、植物たちが土壌の菌根菌でつながり相互扶助していることを、この著者が初めて発見したわけではない。「陸上植物の8割以上が菌類と共生関係を築き、菌根菌が養水分を根に渡し、植物からは糖類を受けとっている」(齋藤雅典著『菌根の世界――菌と植物のきってもきれない関係』)のような見識は、徐々に研究者間で共有されつつあった。

木々が菌根菌でネットワークされているのと同様に、研究者も知的関心でつながっていて、先行の研究論文の成果とリンクしながら著者はそこにたどりついた。

そこからさらに、ある種の樹木間では防御酵素の伝達などリスク管理の仕組みが存在することを共同研究で明らかにして、前述の魅惑の世界観にまで発展させている点が本書の醍醐味だろう。

数字や図表など研究内容を伝えるデータが不足するという意見はそのとおりだ。文字だけの情報では、研究方法の妥当性(対照実験の樹種構成、植樹密度など)の検証は確かにできない。実験の再現性や統計的な信頼性に関する懸念は、学会でも指摘されているようだ。こういう結果が出たからこいつが原因だと短絡するには、森林生態系は複雑すぎるという声もある。

だけどこの本は学術書ではない。書物の性格が違うのだから、この批判はないものねだりだと思う。著者が菌根ネットワークの負の側面をスルーするのも、同じくスタンスの違いに帰着する。

森は知性ある生命体だとする世界観に共感し、その科学的な根拠を知りたかったインテリな読者層が、こうした不満の源泉ではなかろうか。がんばって研究論文を読んでください、というしかない。ただ、植物の根が菌根菌とつながっているイラストがあればわかりやすかったかなとは思う。

②長い/著者の個人的な話はいらない

この批判についても究極は同じ反論になる。著者はあえてソフトであなたが読み慣れた語り口を選び、ふだん森や植物に興味を持たない人にも読んでほしいと考えたに違いない。家族の物語を巻き込んできっと映画化を狙っているのね、レイチェル・カーソンみたいになりたいのかしら、なんてレビューは、書いた人の底が知れるというものだろう。

評者はこのライフヒストリーが稚拙だとは微塵も感じなかった。それどころか枝葉にまで論旨が行き届いた構成力と筆力に脱帽する。ただ、研究パートと私生活パートが章ごとに分かれているのではなく、同じ出来事の流れのなかに同居しているのには最初はとまどった。

こうした構成にした理由はなんとなく理解できる。植物のネットワークと人間(著者)のネットワークをシームレスに描くことで、どちらも分かちがたく他者を生かし他者に生かされる存在だと読者に伝えたかったのだ、と。

祖父母から受け継いだ森への思い、弟を失い淋しく後悔する気持ち、家族や友人に励まされながら癌に向き合う日々など、著者が人間関係の網の目に位置づけられ、その恩恵で生きていることを幾重にも重ね塗りしている。まるで森の木々が助け合い、そしてマザーツリーが死に際して生きる叡智を若木たちに伝えるように(樹木も親族がわかるらしい)。

ひとつ提言させてもらうなら、休み休み読んでいると登場人物の名前を忘れがちになるので、巻頭に登場人物の説明(樹木についてもイラスト付きでぜひ)、物語の舞台の図示などがあればストレスなく読めたと思う。


「森は生きている」「木々は会話している」など世界中の先住民が受け継いできた世界観は、アニミズムからマルチスピーシーズへと衣替えされ、いま再び注目されている。本書のように森林学、森林生態学サイドからの科学的な証明が蓄積されていけば、地下世界を含めた森の生命ネットワークの全貌が姿を現すのは遠い未来ではないはずだ。

そのときスザンヌ・シマードの業績を、森林保護のみならず環境保護における重要なマイルストーンとして振り返ることができると思う。

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