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自分を認めることが出来れば、人を認めることが出来る 自分を信頼することが出来れば、人を信頼することが出来る。 自分を愛することが出来れば、人を愛することが出来る。
※たくあんの人気ランキングは来年の4月にやることにしました。 どーも!こんにちは。たくあんです。 今年も色んなことがありましたね。 スマホの写真を見て思ってるんですけど やっぱり一年って長いもので 何か新しいことは必ずやっているなと気づかされます。 また、自分の成長も一緒に感じました。 中でも一番の成長は タイトルにもあるように 「誰かが見てくれている」と思えたということです。 そこに、僕は一番の成長を感じました。 それはきっと、noteをやっていなけれ
誰にだって 「俺の人生、このまま終わるかも」なんて そう思って哀しむ夜がある きっと、皆それぞれの人生が輝くなんて そんな無責任なことは二日酔いでも言えないけどね 空を見ると、沢山の星が輝いていて きっと、あの星の数のように 輝く前に終わった人生なんて沢山ある 人生は皆に訪れた一回きりの賭け事のようだ 今、辛くても 生きるっていう一つの縄を握っているだけで 人生が輝くかもしれない ただ、それが何時になるかなんて誰にも分からない ただその可能性を信じな
夜寝るときに、YouTubeで雑学の類いを流しながら 寝落ちすることが当たり前になっている。 医者の誰彼が 「お前は異常だ」 と言えばそれまでだが 世の中には、まだまだ、こんなこともあるかもしれない。 そう思って眠る夜が大好きだ。 よく、寝れない人のために 「ベッドサイドミュージック」 というのがあるのと同じように 僕には 「ベッドサイドYouTube」 があるのだ。 人の話とかって本当に眠気作用になる。 普段生活していて 一番眠くなるのは 人
こんなこと言うのも急かもしれないけど 「一日一善」って言葉が好きだ。 寝る前とかに 今日、こんなこと頑張ったよなって言って 寝れるから。 そんな「一日一善」を続けていると どうやら、一日一善も楽じゃないってことに気づいてくる。 それでも、やることは一つしかないから 簡単に続けられる。 コロナ禍の時に 私はこの言葉を胸に過ごしていたと思う。 どこか、高望みはせずに 一日やれることをやって、 それが本当に楽しかった。 「一日一善」ってやってみると分かる
こう言っては難だが、僕は誰とも合わないところがある。 ちょっと言い過ぎかも知れないが、誰にだってそんな感覚があると思う。 それが味なのだ。 まず断っておくのだが、決して味覚が劣っているわけではない。しっかりと、味の分別はある。 この前、家族と一緒に晩飯を食べた時に新潟の米が美味しいだの、あの店の食パンの耳は不味いから捨てた、だのと話をする。 逆に、新潟以外の米は不味いだとか、あそこのパン屋の耳はあの店が美味しいなどと言っている。 僕はこの時に笑ってしまった。
理容師さんに髪の毛を切ってもらっているときに、 「あ!この髪型いいな!」 と切ってる途中の未完成の髪型になりたい時があるんだ。 これは、乗り物で目的地に向かうのと一緒で その道中の景色は、すごく楽しいのに いざ、目的地に着くと、そうでもないことがあるよね。 理容師は、すぐに、その可能性をはらんだ前髪を 無残にも、切ってしまうんだ。 いざ鏡を渡されて自分の後ろ姿を見ても 頭の形が卵型ってことぐらいしか分からなくて 極端だけど、何が自分であるのかが分からなくな