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細かすぎて伝わらない小説


僕は駆け出しの新人小説家だ。

つい最近、かなり細部までこだわって書き上げた小説で新人賞を受賞した。

今日は書籍化していくための最初の打ち合わせだ。

指定されたレトロ喫茶に行く、まだ担当編集者さんは来ていようなので席で待つことにした。

そこはテレフォン喫茶で、ボックス席の真ん中に昭和デザインの電話機があった。

「この電話って繋がるんですか?」と店員さんに聞いてみたけど、僕の聞き方が細かすぎてよく伝わらなかった。

今日はまったく知らない業界の打ち合わせなので、何か先に頼んで待つのも礼儀的にアレだし、かといって、何も頼まないでずっといるのもアレなので、僕はその電話機をぐるぐるいじっていた。

すると受話器から

「もしもし?もしもし?」

というあり得ない声がした。繋がってしまったんだろうか?どこに?

とにかく周りにバレないように応答する。

「はい」


「あー〇〇さんですか?自分は担当編集の△△です。今、すぐ後ろの席にいるので、すぐそっちに移動しますね」

いたらしい……。

僕が振り向くより早く、担当編集さんは僕の向かい側に流れるように座った。

声の張りよりもかなり日焼けした顔をしていた。

ヨーロピアンタイプの革のシステム手帳みたいなのを小脇に抱えてたりするのかと思ったけど、何も抱えてなかったし、メロンクリームソーダを頼んだ。

僕「どうも、よろしくお願いします」

担編「こちらこそ。いやー、細かい演出してすいません。新人の方って変に肩肘張ってしまったりしているのでリラックスがてらです。ウチの出版社は打ち合わせのギネス記録とかも持ってるので。そっちの方は業界でも有名なんですよ」

僕「打ち合わせのギネス記録ってすごいですね」

担編「説明すると細かくなっちゃうんでアレですけどね。もうあの記録破られないんちゃうかなー」

僕「とにかく、よろしくお願いします」

担編「えっと、〇〇さんは何飲みます?同じのでいいですか?」

僕は書籍化の打ち合わせで何を飲むのが適切なのかわからないので、何を飲めばいいか尋ねたけど、僕の聞き方が細かすぎてうまく伝わらずに、梅昆布茶になった。

なんとなくだけど、記録より記憶に残る何かがあった。

さっそく、今回の僕の作品の件についての話になり、担当編集者さんはいきなり「内容が細かすぎる」と言ってきた。

この難しい顔は編集者さんが作る難しい顔のレベルでいうと上から何番目くらいのものなんだろう。

手に汗をかいてきた。

僕はこの業界は初心者なので、そのメロンクリームソーダの荒々しいやっつけ方に手がかりを得るしかない。

担編「細かすぎて読者に伝わらないよ、これじゃあ」

僕「はい……、すいません」

担編「荒削りなとことかも削りカスが細かいというか……」

その指摘のひとつひとつはいちいち細かくてイチャモンにすら聞こえた。

担編曰く→人物の設定とか心理描写とか、句読点を打ちすぎてるとか、猫を出しすぎてる(!?)とかだ。

この流れは、なぜ僕が受賞したのかが逆に伝わってこない展開と言える。

「とにかくすぐに書き直して」と言われ、新人なのでその部分を全て直した。


結果として……

のちに出版されたその小説は『読みやすい』と評判になり、そこそこ売れた。

担当編集者さんからも「次もまたよろしく」と言ってもらえた。

でも、その小説は……

細かく言えば

もはや僕の作品ではなかった。



                      終



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