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合気 (短編小説、フィクションです)

プロローグ

合気の道にどっぷりはまって10年になる
最初はホンマかいなと言った猜疑心を持ち合わせていたが、経験を積むにつれ、力の移動を感じることができるような気がしてきている。

この物語は非力だった私が合気を始め、尊敬する師の言葉が常に頭の中に聞こえるようになった頃からの話。

不思議な体験が私を包み始めた。

長くなるだろうから、なるべく箇条書きに近い形で綴ろうと思う。 

ある始まりの体験

私は合気の試合の最中であった。
なかなか決め手を欠いた試合も半ば、私の左手が相手の右手首に触れたその瞬間、相手の鼓動、呼吸、肉の緊張、その全てを感じることができた。
その全ての要素がオフ状態に重なるように感じたその瞬間、相手は私の左手を中心に弧を描いて畳の上に落ちた。
耳に師の声が聞こえる
「それが合気じゃよ」

これ以来私の生活は大きく変わることになる

奇妙な体験の数々

庭に小鳥がいた
小動物には絶対的な距離がある
相手から逃げることのできる距離だ
私は小鳥が飛び立つタイミングを知っている
逆に言えば飛び立たないタイミングを作り出すことができる。
手のなかで怯えることなくさえずる小鳥よ、そのほのかな温もりの奥から師の声が聞こえる
「それも合気じゃよ。おまえさんはその向き合った小鳥でもあるんじゃ」

あらゆる音が形を成して目に見える
木の葉の落ちる音、柿の実の熟れる音
桜の舞い散る中も私はその全ての花びらを認識している
「万物にはエネルギーがあり、なにごとも運動の際には力の解放がある。今感じているのはそれじゃ。それも合気じゃよ」

私生活において

マクドナルドで束の間休息を楽しむ。
ストロベリー・マックシェイクをストローで吸い上げる。
なぜかいつもより心なしストロベリー・マックシェイクが吸いやすい。
なぜだ、提供されたてのストロベリー・マックシェイクがこんなにも吸いやすいはずはないのだ
声が聞こえる
「合気、合気そのものじゃよ。いまおまえはストロベリー・マックシェイクの流れを捉え、無意識に吸いやすい部分から飲んでいる。まさに合気じゃよ」

ストロベリー・マックシェイクを飲んだ後、明日の朝食のパンを買いにコンビニへ。
パンをカゴに入れ、ヨーグルトを手にした時にふと考える。
日本初のコンビニと自称するココストア、どこにあったっけ
「愛知じゃよ」

毎朝散歩を兼ねてジョギングをする。小さな世界の生きるエネルギーを感じながら。
新調した靴も合気のせいかよくなじむ。
足と地面の間に空間があって、まるで大地がその空間越しに私の足を蹴りだしてくれているように、脚が、軽い
声が聞こえる
「それが、ナイキじゃよ」

ひどく気分がいい
ジョギングしている私は風になり、町を駆け抜ける
森を駆け抜ける
私は風を捉え、風とともにいる
師匠も近くにいてくれる
自然と歌を口ずさむ
ひっとりっじゃないって〜 すってきっなことっね〜
「それは天地(真理)じゃよ」

風が気持ちいい
次のゴールデンウィークはどこかリゾートに行けるだろうか
暖かいところがいい
海があって、そよ風にココナッツと花の香りのする場所だ、あなたの行きたがっていた、あの場所。
でも予定が合わず行けなかった、あの場所へ
「ワイキキじゃよ」

ゴールデンウィークになり、わたしはワイキキについた
アラモアナ近くの公園に日本人の人だかりができている
だれだろう、芸能人かな
見覚えがある、そうだTOKIOの国分メンバーだ、名前が思い出せない、国分、国分‥
「太一じゃよ」

エピローグ

合気を身につけ、わたしの世界は大きく変わった
非力だったわたしは自身を持って生きるようになれた

すべて尊敬する師のおかげだ
天国から今日も見守ってくれているのだろう

お盆だ、お墓まいりにきたよ
お師匠さんに会いにきたよ
愛するあなたに会いにきたんだ

するとそこに見知らぬ女性が。
歳の頃は師と同じくらいだろうか

その女性からわたしに話しかける
「あら、あなた、ひょっとして夫のお弟子さんの?」

夫!?お、っと?結婚してたの?私知らなかったわそんなの、え、わたしなんだった?
モジモジした声が聞こえる
「あ、愛人じゃよ」





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