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パラレルに生きているふたりは、ログインしている自分の気持ちに似ていた。#海外文学

好きなものを語るのって意外に難しい。

あなたが好きとなかなか言えない時に

似てる。

10年以上前から好きなものについて、わたしは

何度も書こうとしていてちゃんと書けていない。

でもすごく好きなのだ。

あの世界観が好きで、だけど誰にもあれが

好きだと言ったことはない。

上手く言えないことがわかっているから、

相手の人はふ~んそうなんだ! って言葉を

濁されるリアクションまで思い浮かんで

しまってなかなか書けない。

エリック・ファイさんというジャーナリスト

でもあるフランスの作家の短編小説。

ちょっとだけ数行、書き写してみる。

春が来て霞が追い払われ、もやも消え去ると
うれしいことにふたたび、お向かいの人たち
が見えてくる。彼らに向かってこちらから、
いろいろと身振りをしてみせる。

春がやって来たことを知らせる描写なのだけど。

ちょっと奇妙な感じ。

すごく不穏な空気。

主人公のアントンはこう思う。

春が窓も溶かしてくれたらいいのになぁ、
とぼくは、思う。

そしてふたたび畳みかけるかのように言葉を重ねる。

霜よりも手ごわい何かが、人と人とのあいだを
頑固に分断し続けているのだと思わずにいられ
ない。

アントンはサイコパスでもなんでもない。

アントンがいる場所が問題なのだ。

冒頭で種明かしはされるのだけど。

かなり衝撃だった。

こう始まっている。

 ぼくらの列車がどんな様子をしているのか
外側から眺めたことは一度もない。仲間たち
の多くがそうであるように、ぼくも列車の中
で生まれた。
 ここがわが人生の場所なのだ。

列車で生まれたアントンとそのほかの

人たちが描かれた短編小説。

 記憶にあるかぎりいつでも、並んで走るその列車の
姿があった。

そしてアントンは自分が乗っている列車と並行に

走る列車の姿を発見して、自分たち以外にも、

同じ旅をしている人間がいることを知る。

お互い交わることのない列車の中で彼らは

黒板に情報を書いて、伝えあう。

同じ速度で走っている時にはその情報を

お互いの窓越しに読み取れたりする

 ある一家が別の車両に引っ越したとか、
ひとりの学生が無事卒業したとか。

銀河鉄道の夜を小さい時に読んで以来の

ざわつくおどろきがあった。

アントンには生涯でただひとりの恋人がいる。

もちろん向かい側を走っている列車の中に。

最初彼女は気のない素振りだったのだ。

 ときどき、ぼくの視線から逃れたがっているのが
わかった。

そして彼女の名前はアンドニアだとわかった。

アンドニアはアントンに会う時は、同じ

ネックレスをして会ってくれる。

そのネックレスに秋の陽射しが反射して

きらめく季節を愉しみながらもその時間は

あまりにも短すぎて。

走り続ける列車の中で、季節を越えながら

冬を迎えると窓に霜がついてしまい

アンドニアの姿を霜の中に見失ってしまう。

この列車はただひたすら走り続ける。

平行線を、走る。

速度を変えながらパラレルワールドを歩んで

いく。

会うことのないであろう彼女への想いを

一心に捧げるアントン。

そしてこの列車はたぶん駅にたどりつく

ことができないことはみんなうっすら

わかっている。

降りることのできない人生を刻みながら、

最後の1行は

 もう一つの別の言い伝えがあるのだが、
その言い伝えによれば、(中略)おそらく
ぼくらは、やがて虚空に飛び込んでいくの
である。
『列車が走っていくあいだ』エリック・ファイ
        訳:野崎歓

こんなふうに結ばれている。

好きな翻訳者である野崎歓さんの訳文であった

こともあって、ことあるごとに読み返して

いた。

そして久しぶりこの間ページをめくった。

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なにか時代を象徴しているとか、予言めいて

いるとかいうのは好きじゃないけど。

いろいろ差し引いて読んでみても、今の

このもやもやとした不穏なものに囲まれて

いる時間が寓話的な小説になったようで、

再読していてドキッとした。

役者の野崎歓さんは、

ひたすら走り続けるというところだけを

とってみても

 これはまさにわれわれの一生というものだ、と
つい思わされてしまう。

と、書いていらっしゃる。

そうなのだ。

エリック・ファイのこの短編はなにかを

たとえているんじゃないか、そのたとえたい

この状態を凄く良く知っている気がして

じりじりするのだ。

2021年の世界のようだし、ログインしなければ

会えない人とひとのようでもあるし、

zoom越しの目線が合うようで合えなかった

あの現象にも似てるし。

好きなものを好きと語るのはやはり

むずかしい。

ただひとつだけ。

ざわざわっといつも心をかき乱してくれる

そんなざらついた小説が好きです。


あのひとの 物語だけ 線路のうえに
伸びて行く そんな気がして ページをめくる

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