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アフターデジタルはユートピアかディストピアか

武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースクリエイティブリーダーシップ特論 株式会社beBit 藤井保文さん

2020年8月3日(月)、株式会社beBitの藤井保文さんのお話を伺った。藤井さんは、デジタル化が進んだ先の世界を描いた『アフターデジタル』とその続編で7月に発売されたばかりの『アフターデジタル2 UXと自由』の著者である。

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東京大学大学院 情報学環・学際情報学府 修士課程修了の後、2011年ビービットにコンサルタントとして入社。2014年に台北支社、2017年から上海支社に勤務し、現在は現地の日系クライアントに対し、UX志向のデジタルトランスフォーメーションを支援する「エクスペリエンス・デザイン・コンサルティング」を行なっている。

上記経歴通りに、藤井さんのレクチャーは中国のデジタル社会の話が中心だった。中国、特に上海を筆頭とする大都市でのデジタル化の進展は目を見張るものがあり、現金使用率が3%を切っており、買い物から外食、デリバリーから、タクシーや自転車シェアリングなど、生活のありとあらゆる分野で決済のデジタル化が進んでおり、人の行動がデジタルデータとなって利用可能な社会になっている。

日本のメディアでは、ビッグデータで人々が管理されているディストピア的な中国像がよく取り上げているが、デジタルデータを上手に活用して利用者の生活満足度を高め、結果としてビジネスの拡大に繋げている企業がいくつも出てきている。これまで分断されていた消費者の個々のデータがつながることで、複数の企業の商品・サービスが有機的に結びつき、郡としてのサービス体験=UXを高めている。また、単に利便性や快適さの追求だけではなく、これまでの中国社会が抱えていた社会課題に解決策を提供するような事例も出てきている。その一つがデジタルを活用した仕組みで人々の行動規範が改善していく、というものである。

例えば、決済プラットフォームを提供するアリババの信用スコアがある。中国には銀行口座もクレジットカードも持たない人々がまだ何億人もいて、彼らは従来の金融の枠組みの外にあって、事業を起こすにしても日々の活動をするにしても金融のサポートは得られなかった。しかしアリババにアカウントを開き日々の支払いを済ませてゆくうちに、個人の決済データーが蓄積されて信用スコアが付与され、スコアが良ければ、クレジットカードなしでもホテルでデポジットを免除されたり、小商の原資を借りられたりする仕組みである。
別の例では、DiDi社のタクシードライバーの評価システムでは、最新のモニタリング・テクノロジーとUXに基づくフィードバックプログラムに依って、品行方正かつ安全運転を続ければ続けるほどタクシードライバーの給与が上がる仕組みを作り上げ、これまで幾度もキャンペーンを張りながら一向に改善しなかったタクシードライバーのマナーが格段に改善した。

これは、UXによる行動変容と言える。ローレンス・レッシグによる「行動変容をもたらす4つの力(法・規範・市場・アーキテクチャ)」でいうアーキテクチャに着目すると、UXが社会のアーキテクチャの一端を担うということになる。

日本ではまだ個人情報を企業に利用されることへの生理的抵抗が強いように感じるが、今の生活上のストレスから解放されるのならば、その抵抗感もなくなるのかも知れないと思った。

それでも、なぜ私がデジタルに包括された生活に全面的に賛同できないかというと、DXも信用スコアも評価システムも地に足のついた現象ではないからである。概念的には理解できる。けれども実際にデータを触っていない人にとっては、アフターデジタルは、感覚としてはこれまで政府が管理していた国を、データのプラットフォーマーである営利企業が管理するようになる、という印象に近い。そうした企業にどれだけ倫理観や「国や国民のために」という意識があるのだろう。そして、データを使われる側の人は、何が行われいるかも知らないまま、抵抗することもできないのだ。ジョージ・オーウェルの『1984年の世界に、40年越しで近づいているような不気味さを感じるのである。

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