身震い

 かぶっていたフードが、巻いていたマフラーが重たくなった。夜雨が太ももに、足首にへばりついてくる。歩くたびに、スニーカーがぐちゅぐちゅと、その喉を鳴らした。びゅうと風が吹けば、ひりりとした。ちらと目だけ仰向けば、街灯の白い光のなかを、雨が火の粉のように散っていた。家々に挟まれた裏道は、水路の心音で濡れていた。

 うつむきながら早足を続ければ、前のほうから気配がした。顔を上げれば両脇の、生命からあふれた光が、夜闇と鈍く溶け合っていた。こすれるような、硬い音がする。立ち止まり、右手を見れば、荒い息遣いが聞こえた。塀のない平屋の、コンクリートの庭奥の、屋根に抱かれている、もので雑然としたスペースから。ポケットに突っ込んでいた手を出し、甘く振れば、陰から黒い柴犬が出てきた。くるりくるりと、爪を鳴らしながら回って、回って、鎖がぎんと張るまで近づいてきた。そこはもう、屋根の腕の外だった。白っぽい模様が、光で淡く浮かんでいた。

 しっぽがぴこぴこ響く。さぁっと雨が濃くなった。首輪の青がきらきらしていた。毛が重そうに倒れていく。そっと入ってしゃがんだら、勢いよく身震いした。目元が濡れた。頭を撫でれば冷たい熱で、ぽっと指先が、手のひらが燃えた。人差し指で鼻をつんつんすれば、残りの指ごと、腹をとろんと噛まれた。おでこを寄せれば、マスクをかじられた。湿りが肌に広がった。

「ほなね」

 ポケットに手を入れ、閉じたり開いたりしながら、何度も何度も振り返った。そのたびに目が合った。しっぽはもう、動いていなかった。

 雨脚はさらに強くなった。仰いだら、前髪が束になって張りついていることに気がついた。フードを脱いで、頭を振った。しずくは飛ばなかった。

 漏れていく、息の白さが目についた。体が勝手に、ぶるりと震えた。

                               (了)

読んでいただき、ありがとうございました。