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隻眼の天才

 大手新聞社で社会部の記者をやっている悠美は、上司のデスクの指示でとある企業の社長にインタビューに行くことになった。その企業は、ユニバーサルデザイン、つまり障碍者にも使いやすいモノのデザインをしていて、その使い勝手の良さが評判になり、創業8年、今や年商10億円の会社なのだという。
 社長は、大学生の時にいくつかのユニバーサルデザインを思いつき、商品化しネット通販を開始。その後、デザイナーとして、また経営者として業界で高い評価を受けるまでになった。また、彼の片目が見えないという特徴から、業界では「隻眼の天才」と呼ばれているらしい。

 会社に着き、受付がわりの置き電話に名を名乗ると、自分より少し若い20代中盤の女性に案内され、応接間に通された。部屋には小さなガラスのテーブルと古びた薄茶色の2人がけソファーが2つ向かい合わせである以外には何も無く、壁も小さな小窓がある以外には模様もなく真っ白だった。デザイン会社の応接間にしてはとても無機質だなと思った。

 5分程度待っただろうか。白い無機質な扉が開いた。扉のほうを見た悠美は、応接間に入ってきた社長の格好にびっくりしてしまい、自己紹介と挨拶をするのも忘れてしまった。事前に写真も数枚撮ると伝えていたはずなのに、社長はいくつか穴が空きペンキのシミも残るボロボロの白Tシャツに、色落ちし過ぎて青味がほとんど無くなってしまったヨレヨレのジーンズだったのだ。おそらく童顔であろう顔も、無精髭を生やしているので30歳年相応かそれより上に見えた。
 今まで悠美が出会った社長はほぼ全員、大手新聞に自分が載る、しかも悠美のような美人記者に取材されるとあって、誰もが自分の格好に相当気を使っていた。中にはどの服がいくらかまで事細かく悠美に説明してくる成金丸出しの輩もいた。
 そんな悠美だから、この自分と同い年の男の不精さには新鮮な驚きがあった。

 猫背の社長は大きくあくびをしながら、席まで向かい、悠美と名刺交換をした。あくびしてごめんね、徹夜明けでね、と社長は一言悠美に謝り、向かいの薄茶色のソファーに座った。
 社長は眠気のせいか少しうつむきながらも、悠美の質問に割と丁寧に答えてくれた。いまの会社のビジョン、これからの業界の未来などの話をした後、悠美の質問は創業当時のことに移った。
「では、これから創業のきっかけなど御社の歴史をお尋ねします。社長はやはり片目が見えないということで不自由された過去から、同じ境遇の方を助けようと起業なされたのでしょうか。」
その悠美の質問に、社長は初めて嫌そうな顔をした。そして答えた。
「僕はメディア様が描く感動ストーリーのような人生は送っていませんし、送りたくもありません。」
そういって彼は、窓がない扉側の壁を見つめて黙ってしまった。その社長のぶっきらぼうな言葉に、記者としてのプライドを少し傷つけられた悠美は、少し不機嫌な口調で社長に聞いた。
「では、社長はどうして起業されたのでしょうか。」
社長は数秒間を置いた後、息を吐くように答えた。
「僕が天才だからです。」

 本来その言葉は自慢や自意識過剰の代名詞とも言えるものだが、悠美には、その発言によく成金社長がするような自慢の色を少しも感じ取れなかった。彼の口調は、自分を誇示したいという意図が全く無く、客観的に自分を他人に見立てて言っているようだった。
 それでも、ちょっと意地悪をしたくなった悠美は、思いつくまま続けて質問をしてみた。
「なぜご自身が天才だと思われるのですか。」
「生まれつき片目しか見えないからです。」
彼もすぐ答える。
「どうしてそれが天才と結びつくのですか。」
そう質問すると、社長は悠美のほうを向き直り、今までにない真剣な眼差しで長く語り始めた。
「片目が見えない、という特性を僕の周りの人は持っていません。だからチャンスなんです。

片目が見えないと、周りの人が気づかないこと、例えば街の問題点や生活の不便な点に気づくことができるでしょう。そこを何か一工夫すれば自分で世の中に価値を生み出せると気付きました。ビジネスに、そしてお金になると思いました。
片目が見えないかわりに、僕はもっと大きなチャンスに気づけたんです。」
彼はここで一旦話を止めたが、返答させる間も無くすぐに続けた。

「・・・でも、一つ付け加えさせてください。こうやって言うことで、僕の人生が片目が見えなかったから成功したとは思われたくないんです。
正直言うと片目が見えないというのはとてもどうでもいいことなんです。生活がちょっと困るだけでそんなに健常者が思うほど悲観的に生きていません。

僕にとって必要だったのは、天才になるための『こじつけ』なんです。
天才に、成功者に誰だってなれるものならなってみたい。じゃあなるために行動、努力をしてしまえばいい。けれど行動している間、本当は自分が天才なのか凡人なのかってわからなくなって不安になるじゃないですか。本当にこれをやっていて報われるのかどうか。本当にこんなことやっていてご飯が食べられるのか。本当に世の中に認められる成功者になれるのか。
そんな時に、僕の心を支えてくれたのが『片目しか見えない』っていう自分の特徴なんです。自分が自分を天才と信じられる理由、それは『こじつけ』なんです。僕はこんな人と違う特徴を持っている。他の人と数十年間見えている世界が違うんだ。じゃあ自分はそんな人と違った経験と人と違ったものの見方という才能を持っているから天才なんだ。本当はそうじゃなかったとしても、僕はそう信じこんで生きてきたんです。」
太陽の角度がかわったようで、部屋の小窓から直接日光が差し込むようになった。
「そういう『こじつけ』を最後まで信じられた人が成功するんです。」
日光に照らされた彼は最後にそう呟いた。

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