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バースデーキャンプ

31歳を迎えた日の朝、目が覚めてスマホの画面を見ると時刻は午前5時40分と表示されていた。

「あ、寝坊や、、、」

この日、京都の某有名な手作り市に出店の予定だったのだが、とにかく朝が早い。
そしてこの市はごくごく控えめに言って、なんとも京都らしい手作り市である。

会場での出店場所は運営側の指定ではない。
午前6時に鳴らされるホイッスルと同時に、「早いもの勝ち」という原始的な土地争いが繰り広げられるのだ。

朝っぱらからいい大人たちが一斉に駆け出しては、我先にと場所を取り合う姿を見せつけられるのは気持ちのいいものではない。
そんな光景を目の当たりにしては、やはり土地や資源をめぐる人間の争いとは永久に無くなりはしないのかという虚しさを早朝から抱かざるを得ない。

そのみっともな、いや、たくましさについていけない私は、文明人としての誇りを保ち後から空き場所を見つけて店を構えるのである。

そもそも、この「早いもの勝ち」というルールにも暗黙の了解がある。
要綱には「笛が鳴る前の場所取り」や、「いつものこの場所は俺のだ」という行為はいっさい禁止と明記されている。

しかし、以前出店した時の事である。
ホイッスルが鳴らされる数分前に「初めての方はいませんか~。」と運営の服を着た人が言っていたので手を挙げた。

すると、「いつも出店する人の場所があるから、一通りみんなが場所を取り終えてから空き場所を探すように。」と言われたのだ。

「おっさん、要綱と真逆のこと言っとるやないか、、、」とはもちろん心の中だけにとどめておいたが、いかにも古都らしく慎ましいやり方だなと感じるのである。

そんな場所取りのために無駄に早起きしなくてはいけないのだが、その日私は寝坊した。
そして、受付で出店料金の支払い時に渡さなければいけない「出店許可通知」を寝坊ついでに家に忘れてきた。

受付でそのことを告げると「ここに名前と住所を書いて。」と、にべもなくクリップボードに挟んだ紙を渡される。
そのタイトル欄にデカデカと、「マイナスポイント加算要素」と書かれていた。

私は31歳を迎えた最初の朝にいきなり「減点制裁」を食らってしまい、いくぶん気持ちが落ち込んだが、すぐに「勝手にしやがれ!!」と開き直った。
こちらは不注意以外のなにものでもないのだが、、、。

そんな事はどうでもよくて、毎年恒例となっている山田君とのキャンプの日がこの日と重なり、市の会場に遊びにきてくれた。
山田君とは、新卒入社した会社での同期である。
連休がとれたのがたまたまその日だったというが、もしかすると僕の誕生日を狙ってきたのかもしれない。

今は大阪のとある会社の、とある店舗で店長となったらしいのだが、まったく嫌みのないマイペースな男なのだ。
私とは見た目から受ける印象が正反対といったお堅いインテリ系メガネ男なのだが、出世や社会通念に無頓着なところがあるからか妙にウマが合う。

ちなみに山田君の趣味は「惰眠をむさぼること」だそうで、予定のない休日は朝から晩まで寝ているらしい。

「夕方頃に虚しい気持ちに襲われへんか?」と聞いても、「いい一日やったな。」と感じるのだというから、まったく変わった男である、、、。

「それにしても、誕生日を狙ってくるとは、どんだけ僕のこと好きやねん、、、」

「は?きょう誕生日なん?そんなん知らんかったわ。気持ち悪いこと言わんといてくれるか。」

などとガヤガヤやっているうちに手作り市が終了した。

前の恒例キャンプは3回連続して夜景が美しく見える山頂だったが、今回はアンダー ザ ブリッジ キャンプである。
橋の下とも言う。

お店で夕食を食べ終えてから車で田舎に向かっていると、霧が晴れた向こうの山々の上空に、あたり一帯を明るく照らす月が現れた。

思わず、「月がキレイやな。」などとうっかり遠回しの告白めいたことを言いそうになるのをギリギリのところでこらえた。

そして、月明かりに照らされながら橋の下で焚き火をして夜が更けていった。
今朝の「マイナスポイント加算」を補って余りある一日であったといえよう。


みなさまのご支援で伝統の技が未来に、いや、僕の生活に希望が生まれます。