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邪道作家第一巻(分割版)1         天上天下唯我独尊、並ぶ者無くば金を超える

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 例えるなら、好きな女に限ってフられるくらい確実に、作家というのは儲からない。
 作家などという人生を棒に振った生き方の、その前の自分の姿があまり想像できない以上、恐らくは昔から、懲りずにこんな生き方をしていたのだろうと思う。
 世の中に馴染めず、尖った作品ばかり書き、アンドロイド作家共・・・・・・脳味噌が人工繊維でできた連中に仕事をかっさらわれて尚、私は本を書いている。
 物語を書き続けている。
 何故なのか自分でも分からない。
 儲からないのは自明の理で、自分の数百倍の早さで執筆するアンドロイド達が存在する以上、人間の作家なんて需要はなく、需要がないなら売れないのは当然だというのに、なのにだ。
 他に生き方を知らない、と言うのも理由の一つだろう。私は作家としての在り方以外の生き方を知らないし、知ることもないだろう。
 たまに、始末屋のようなこともやっているが、それは私の能力でも、私が培ったものでも何でもなく、貰い物のような能力で行っているに過ぎない・・・・・・別に、私の中から沸き上がった気持ちでやっているわけではない。
 あくまで生活のためだ。
 生活のためでない、私自身が始めたこと、それこそが作家業だったと言える。
 自分に何もないのが嫌だったから・・・・・・心も、感情も、目的も、およそ人として必要であるモノが、何一つとして存在しないことに苛立って始めたのがきっかけだった。
 やはり横着したからなのか、儲からず、生活の足しにもならないので、馬鹿馬鹿しくてやる気の失せることこの上ないが。
 儲かるか、儲からないか。
 あらゆる芸術品は、まるで、それそのものが素晴らしいかのようによく語られるが、考えても見ろ、それは昔の王族がそう言ったからで、大勢の周りの人間があれは素晴らしい作品だと、聞こえるようにたまたま言っていただけだ。
 どれだけ優れた芸術品であろうとも、理解されなければただのゴミだ。売れない作品に価値などあるものか。
 そういう意味では、売れさえすればどんな作品も絵画も彫刻品も、売れさえすれば一流だ。
 金とは、結果そのものなのだから。
 結果的に、多くの富を生むと言うことは、多くの結果、痕跡を叩き出したということだ。
 それが基準でなくて何が基準か。
 金とは結果を数値化したモノなのだから。
 今回の物語は、骨折り損のくたびれ儲けという言葉が自然と浮かんでしまうが、それを判断するのは読者共の仕事だろう。
 読者に夢は魅せないが、代わりに心の有り様を魅せるとしよう。
 人間。
 アンドロイド。
 妖怪。
 人工知能、AI。
 混ぜるな危険という感じもするが、彼らにだって心はある。
 つまり物語がそれぞれに存在しうる。
 無論、そんなもの昔の女に策略もなく声をかけるくらい危なっかしい所行だが、物語を読んであれこれ悩んだりするのは読者の都合であり、はっきり言って私は関係がない。
 ならば、そこに首を突っ込むのも、突っ込ませるのも面白かろうという考えだ。無論、それで読者が火傷をしても知らないが。
 怖いなら母親に付き添ってもらい、牛乳でも飲みながら朗読してもらうと良い。
 そんな人間がこの物語を見て、廃人にならない保証はないが、保証するつもりもないのでそろそろ始めよう。
 読んだ後に、人の気持ちを、心を信じられなくなることだけは保証しよう、なんて、
 心のない私が言い、始まるというのも、この物語の特徴だ。
 さあ、つまらなくなってきやがった。

   1

 アンドロイドは夢を見るようになった。
 最新のバイオ・テクノロジーを使って作られた有機素材の人工脳は人類とほぼ同じ形をした脳であり、何より人類のみが持ち得ていた創造性を獲得し、芸術、音楽、流行の服から好きな食べ物を心(どこにあるのかは知らないが)で感じるようになったのだ。
 そして私のような人間には辛い話だが、彼らは文学に手を出し、あろう事か機械文明が人類に反旗を翻す風刺小説まで書き始めた。
 クリエイターとしての彼らの能力はすさまじい。何が凄いかってワイヤレスでヒュプノ・コンピュータに接続し、あとは人間の5700万倍の速度で過去作品を参照し、新しいプロットを書き上げ、執筆するのだ。
 その結果として、私が一作品書く間に、つまりは一月に彼らは100倍以上の作品を完成させる。私の執筆速度が遅いというのもあるが、それにしたって商売上がったりもいいところだ。ロボット三原則はどうなった? 彼らは有能すぎてあっという間に人類から仕事をとっていってしまった。
 作家の仕事とは編集部に搾取されることだ。
 そんな名言を言ったのは誰だったか。
 敏腕な編集様は私の売り上げの95%を奪い取り、それらは編集担当の懐と、編集部の資金運用に使われる。残りは彼らが酒と女を楽しむために浪費する。
 そんなことをして何が楽しいのかは謎だが・・・・・・いつの世の中も、いやどんな世の中でも、人から搾取した札束を数えながら、にたにた下品な笑いを浮かべる人間が良い思いをするのは変わらなかった。
 編集者、というのも物書きと同じくらい、何のためにいるのか分からない人種だ。
 作品を書いたこともない奴が、あれこれ審査して書いた人間の数十倍数百倍の金を受け取り続けるというのは昔からあるシステムらしいが、だとしたら馬鹿馬鹿しいことこの上ない話だ。
 大きい声で騒ぎ立てるだけの人間が偉そうに振る舞うのは変わらない。
 金が伴えばどんな屑のくだらない言い分も通るものだ・・・・・・私の金が全てという信条もこれに起因するのかもしれない。
 金があればあらゆる言い分は正しくなる。金で倫理観や正しさ、他人の人生は買える。
 人間性などどうでもいいのだ。大昔から人間の世界は金と暴力で発展してきた。
 アンドロイド達も結局はそれに頼り、人権を獲得した・・・・・・ともすると、案外彼らも欲望の味を覚えたその時から、人間と同じ存在になっていたのかもしれない。
 人間もアンドロイドも、金の為に殺し、金の為に従い、金の為に結婚し、ありもしない愛と道徳を言いふらし、この世には素晴らしいことがあるかのように演出し、愛と道徳を売って金を儲けるのだから。
 この世は金だ。
 金以外に大切な物など何一つ無い。
 そもそも、金というのは大切なものを購入するための力であり、金よりも大切な物があると比べること自体が間違っている。
 金を稼ぐために我々は否応無く不燃ゴミのような臭くて汚い人間関係を築き、へらへらと嘘で塗り固めた笑顔を張り付け、ありもしない理想や信念を語り聞かせ共感しあうフリをするのだ。
 そういう意味では作家などさっさと辞めてしまった方が良いようにも感じる。
 いっそのこと編集者になりたいところだが、コネ入社の天下りができるような人脈は持っていないので、無理だろう。
 とはいえ、ただでさえ商売上がったりなのに、取り分は少なく、読者も少ない。
 人生を棒に振る為に生きているわけでは無いのだが、よくよく考えれば作家なんて生き方を志した時点で、人生を捨てたようなものだろう。作家なんてロクなものじゃない。
 アンドロイド作家なんて面倒な輩がやってきてから、人間の作家の価値は彼らの部品のスペア・パーツにすら劣った。
 金にならなければ意味など無い。
 作家も同じだ・・・・・・世の中金なのだから。結局のところ物書きなど、嘘八百を書いて儲けは赤の他人にくれてやるものでしかない。
 あるいは、アンドロイド達のようにアイドル作家、というのだろうか。8DTVのコメディ・チャンネルで歌を歌ったりCMに出たりして、元が何なのかもよく分からない器用貧乏なピエロとして活躍するのだ。
 それを作家と呼ぶのかどうかは、はなはだ疑問だが。
 だから私は副業を持っている。
 サムライ、という名前の始末屋だ・・・・・・宇宙船に乗り遙か彼方の銀河系まで人類がカビか牡蠣かというくらいに繁殖し、あらゆる資源を貪り尽くしたこの現代だからこそ、オカルトも科学の範疇に入りつつあった。
 オカルトの研究、その科学への転用というのは昔から囁かれていた。
 いわゆる幽霊、あの世の物質を使った物質の創造、軍事利用などから始まったものだ。
 そんな眉唾物の実験を何故始めたのかというと、元々は魂(そんなものがあるのかは分からないが)のメカニズムを解析し、当人のクローン体にそれを移すことができるのではないか、事実上の不老不死を手にできるのではないかという人間の欲望から始まったのだ。
 しかし、だ。
 いくらなんでも、どれだけ人類の科学力が進もうとも、生きている人間が生きていない世界の法則を解析できる訳がない。
 半ば、いや完全にそんなことができれば神の領域だろう・・・・・・できなかったわけだから、分相応に収まったともとれるが。
 とにかく、誰もが諦めたそのときだ。当時、大昔に今の人類が捨てた惑星、地球の原住民との戦争が起こった。科学を捨てた人類が、アンドロイドに自我を与え作品を書き始めるようにした人類相手では、三日でことは終わるだろう。
 誰もがそう考えていた。
 目に見えない暗殺者に要人が殺され続け、最新の軍事技術をサイボーグ化して身につけた兵隊が、目に見えない日本刀を携えた人間にあっという間に全滅させられるまでは。
 彼らはオカルトの力を身につけていたのだ・・・・・・銀河連邦は相手が科学を使うことを前提において軍隊を組織した。まさか幽霊じみたニンジャや、一騎当千のサムライを相手にするなど、どう戦えばよいのかも分からなかっただろう。
 何より地球では、あらゆる科学技術が使えないのだ。使えなくなって、地球を捨てた人類が銀河連邦を作り上げたのだから。
 勝ち目はないと判断し、銀河連邦は和平を申し込むことにした。
 戦争の後には嘘くさい笑顔の政治家が握手をし、今まで色々あったがこれからは仲良くしていこう、などと戯れ言を述べるのが定番だ。しかし、惑星国家地球は独立を宣言し、馴れ合うことはなかった。
 いまでもサムライ・ニンジャの本拠地とされており、その全容は謎だ。
 彼らは幽霊を武器として使う。
 それは刀の幽霊でであったり、手裏剣であったり、あるいはニンジャは幽霊そのものではないかと言われてもいる。
 なんにせよ、あの世の物質のことなど詳しい原理の分かる奴などいないだろう。
 地球への取材の際、サムライの総元締めと取引をし、私はサムライになった。といってもいままでの人生で剣など振ったこともなかったが。
 オカルトなことに関してあれこれ考えるのも無駄な話だが、しかし不思議なものだ。
 その女から幽霊の日本刀、という形容しがたい武器を貰った瞬間から、私は剣の達人になったのだ。
 先人の技術が刀になってからも染み着いていると勝手に解釈している。まあ理屈は何でも良かったのだ。
 金になれば。
 サムライとして始末屋をすることで、ようやく私の生活は安定した。作家としての収入がピンハネされて殆ど入らない以上、そちらが本業のようになってしまった。
 私は作家なのだが・・・・・・まあ、金になるかどうかが基準なのならば、作家業などどうでもいい暇つぶし程度の価値しかない。
 アンドロイドが自我を持つような世界とはいえ、これらのオカルトな技術・・・・・・サムライの戦闘力、ニンジャの隠密能力は引っ張りだこの商売だ。
 非常に儲かった。報酬も良かったしな。
 対して、私の作品は人間相手には全く、これっぽっちも売れやしない。代わりに買っていくのはアンドロイド達だ、彼らは現金で買っていく。
 この現代で違法性の高い現金取引をしてまでわざわざ何冊も買っていくので、やばい取引にしか見えないこの光景が政府の監視網に引っかからないことを願うしかない。
 とはいえ、客は客だ。生命線と言ってよい収入源を大切にしないわけにもいかない。
 "サムライ"として活動している分の収入もあるにはあるが、如何せん不定期すぎる。だいたいが今回だって、軍用の高速通信すら不通になるあの山奥へと出向かなければならないのだ・・・・・・この科学全盛の時代にコーヒーを手挽きで引いているアナログ至上主義者の私ですら、何度も遭難し、目的地に着く頃にはゲリラ部隊の指揮官みたいな髭をはやして三日三晩に渡り動物を狩り、家を造り、葉巻を吸って過ごした場所だ。というのは若干嘘が混じってはいるが。
 私は葉巻は吸えないしな。
 とにかく、仕事とはいえ、そんな物騒な場所へ行かなければならないので、気分を変えるために私は最寄りのカフェへと寄っていた。
 店に入って驚いたことは、アンドロイドが個人経営の店主に代わって仕事をしていることと、手作りハンバーグと銘打ってあるのに、どう考えても味がレトルト食品特有の旨味成分にあふれていることだ。
 恐らく、大量に作ったハンバーグを冷凍レンジでチンして保存し、加熱レンジでチンしたのかもしれない。肉の味も何の味なのやらよくわからない。最近は自然食ばかり食べていたのだが、このご時世だ。農家が栽培した新鮮な食品を食べようと思えば、月に1万ドルはかかる。
 大抵はロボットが大量生産する、安くて安全な農作物、魚、肉が出回っている。
 味はともかく、いや味にも問題があるのだが、彼らは安ければ何でもよいのだろうか?
 彼ら、とはカフェ内で談笑する家族連れや、コーヒーを飲んでいる老人であったりするのだが、私が思うに彼ら彼女らは大地からとれた食物を10年は口にしていないだろう。火星のアンドロイド達が栽培している、真空空間で栽培された無菌食物を口にしているはずだ。
 彼らは疑ったりしないのだろうか? 自分達の生まれ育った星のエネルギーを補給せずとも、火星でも冥王星でも安ければ、目先の危機が見えなければ、地球の原始的な自然の恵みは必要なく感じているのかもしれない。
 あるいは、それはアンドロイド達に対する信頼の現れかもしれない。彼らが独立戦争を生き延び人間の奴隷の立場から人権を獲得し、創造性、魂を手にしてからというもの、人間とアンドロイドの区別、境界線はないも同然となった。
 それはいい。
 私からすればアンドロイドも人間も宇宙人も精神生命体もAIも知り合いの妖怪でさえ、どちらでも同じことだった。
 そういえば私の相棒のジャックは眠っているのか、携帯端末からの反応がない。AIが眠るのかどうかは知らないが、このまま静かにしていてほしいものだ。
 喋り出すとうるさいしな。
 そもそも自我のあるAIは非合法だ。こんなところで喋り出すような間抜けなら私が引導を渡すべく、自分で自分の携帯端末を叩き斬らなければならない。それは御免被りたかった。
 そういえば、人工知能にしろアンドロイドにしろ、管理されていない機械は危険であり、人類の管理下におくべきだという思想が広まっている。銀河連邦の右翼が主に推進しているらしく、プロパガンダとでも言えばいいのか・・・・・・あちらこちらの国で、惑星でそれらの思想が広まっている。 馬鹿馬鹿しい。
 人間は差別が好きだ。
 何万年かかってもそこは進歩しない。
 昔は人間同士で主に種族間での差別があり、そのために戦争までしたらしい。そんなエネルギーが余っているなら、畑でも耕した方が儲かったんじゃないのか?
 自信の優位性を、いや優越感を保ちたいという欲望を、それらしい道徳を持ち出して、無理矢理通そうとする。通らなければ躍起になって怒り狂い、自身の正しさとやらを汚い唾と一緒に吐き出すのだ。
 人間なんてその程度の生き物だ。だというのに人類は未だに自分達は感受性豊かで他にはない、アンドロイドのような作り物の魂のないロボとは違う。そう思いこんでいる。
 歴史を少しでも鑑みれば人間など、ただ凶暴でどうでもいい理由で殺し、平和になったかと思えば貧しいものから金銭を搾取する。
 そして争いはなくなった、今はいい時代だとほざくのだろう。どれだけすばらしい人間でも追いつめられれば本性を出す。戦争はその最たるものだ。
 無論、人間の中にも他人の為、自らへたを掴んで一人は皆のために動くだろう。
 だがその恩恵をもらう側は皆は一人のため、そしてその一人には自分が入り、当然のような顔をしてそれを受け取る。
 そんな邪悪な生き物が頭のいいアンドロイドよりも優れているのだとは思えないが、皮肉なことにその優秀なアンドロイドを生み出したのは当然人間であり、要は自分達が作り上げた者達が自分達を越えてしまった現状では、激しいコンプレックスと自分達を越える種族の誕生に危機感のようなものを抱いているのだろう。
 勿論私はそんな思想などどうでもいい
 私にとっては吉を運んでくれるか、否かこそが重要だ。
 そういう意味では、ベルを鳴らしながら入ってくる女は私にとって吉か否か、後々のことを考えると、やれやれ参ったという月並みな感想しか沸いてはこなかったが。

   2

 アンドロイド作家は今時珍しくもない。どころか、その女は全銀河に名を轟かせるスターだった。
 アンドロイドはどうしてか、創造性、芸術や娯楽にこだわり、面白い物語をかける同胞は彼らにとってあこがれの対象だった。同胞から祭り上げられ、人間からも高い人気を博する万能クリエイターとして。
 なぜ私がそんな奴と知り合いかといえば、その女が私の顧客だからである。
 理由は知らないが、私からすれば売れて金になれば何でもよかったので、どうでもよくはある。ただ、女の方から私を訪ねるのは初めてだった
 私は自分より売れている、儲けている作家が嫌いなので、私からは本の売買をするとき以外は滅多に会いに行かないし、有名人の方から私を訪ねる理由は本の売買以外に、やはり思いつかない
 すわ続編を催促されるのかと思ったが、そんなハイペースでただの人間である私が執筆できるわけがないのは承知のはずだ。
 ならばわざわざ私のいるカフェにやってきた理由は何だろう?
 アンドロイドは何を考えるのか。
 今度の作品のネタに活かせるかもしれないし、まあ用がありそうならば話だけでも聞いてやるとしよう。もっとも、読者第一の人気作家様と気が合うとは思えないので、楽しくも何ともないが
 作家としてのポリシーだとか読者の喜びだとか何にしても綺麗事を言う奴は人間でもアンドロイドでもロクな奴でないのは確かだ
 私からすれば面白いか、面白くないかよりも金になるかの方が重要だ。そもそも読者に楽しんでもらうだけでどうやって生活していくのだ。
 無論、つまらないものを書こうとしても意味もなく体力を消耗するだけなので、仕事に手は抜かないが。
 多分な。
 何にしてもそんな私からすれば、売れっ子作家の顔なんて人間だろうがアンドロイドだろうが宇宙人だろうが等しく目障りなため、特に感想はない。突然頭が不具合を起こして爆発でもすれば見ていて愉快だったのだが、生憎とそんなことはなく、女は私の前の席に座った。
 確かシェリー・ホワイトアウトとかいうPNだったはずだ。私はTVをここ10年くらいは全く見ていないので、あまり大きなことは言えない。
 骨董品のブラウン管すら持っていないので、見たくても見れないだけだが。
 白い髪といってもそれは絹のようで、若々しくすら感じる。
 ややボーイッシュな髪型だが、扇状的でカジュアルな、つまり露出度の高いその民族衣装からは大人の色気を漂わせていた。
 服の素材は動物の皮をあしらったもので、恐らく信じられない値段がするだろう。何せ、大半の動物の数は主に戦争と、人類の科学技術の進化のため、極端に減少してしまっているのだ。
 人工の動物ならいくらでもいるが、どう考えてもそれは天然物だったし、しかもオーダーメイドに違いない。
 身長は高く、出て引っ込んで出る、まぁおよそ考え得る理想の体型だった。
 もっとも、ボディパーツを変えればよいのだろうが、それにしたってここまで完璧な体型を作るのは尋常でない金がかかるし、見た目だけ整えてもぎこちなくなるものだ。
 外面も内面も完璧な美貌をたたえていた。私からすれば完璧な女ほど嘘くさい。青いバラのようなものだ。
 もしかしたらただの詐欺師かも・・・・・・私は気を引き締めた。しかし、私はいつものスーツだったので、周囲からは仕事の打ち合わせに見えたと思う。
 目立たなくて何よりだ。
「やっほー、今日は」
 と、あらゆる男性を虜にしそうな顔(どうせそれもシリコン素材で作られたものだろうが)で、シェリーは私をまっすぐ見た。
「そんな疑い深い目で見ないでほしいな、お姉さん照れちゃうよ」
 と、困った風に肩をすくめる。対して私はさっさと用件をすませて帰ってほしかったので、あらゆる男を虜にする大人気作家シェリーの姿は風景と同化していた。つまり眼中に入っていなかった。いや、これは言い訳か。
 私には心がないのだから。
 何かを感じ取れないのは今更の話だ。
 何にせよ相手の素性など知ったことか。
 問題は金になるかどうかだ。
「・・・・・・用件を聞こうか」
 用心して、まさか私を始末しに来たわけではなかろうが、身構えて答えた。だが、
「ストーカーに困っているの」
 と、シェリーは妙なことを言った。このご時世に政府の監視網を欺き通して犯罪行為ができるのは、極々一部のずば抜けた専門家か、はぐれアンドロイドの犯罪結社か、それこそニンジャぐらいのものだ。
 ただからかっているだけなのか、本気なのかの判別がつかなかったため、
「国家機密でも盗み出して、ニンジャに追われているのか?」
 と私は言った。勿論くだらないジョークである。まさかそんなわけがない。どういう反応をするのか見ることで真意を確かめるのだ。
「まさか。国家認定を受けた作家が、そんなことする訳ないじゃない。アイドルにはつきものよ、こういうことは」
「だとしたら信じられないな。お前が住んでいるのは最高級のセキュリティシステムのある、要塞のようなところなんだろう?」
 何となくそんなイメージだったので、適当に言った。だが、
「いいえ、最近は家に押し掛ける人が多いから引っ越したわ。ホテルだからセキュリティは厳しいけど、ほかの客も入ってくるしね。TVを見ていれば知っていそうなものだけれど・・・・・・」
 生憎と、見ていない。見ていて当たり前のように言われても困る。有名人なんて、何かの間違いでたまたま覚えたか、仕事に関係があったとき知るくらいだ。何も知らない。
 シェリーは涙を流して大笑いしながら、
「TVを見ないなんて信じられないわ、あなたって遙か過去からタイムスリップしてきたんじゃないの?」
 大きなお世話だ。あと、人を指で指すな。
「少なくとも皆が自分のことを知っていると思いこんでいる、自意識過剰な鼻持ちならない女のことなど、知らんな」
 実際知らないし、有名だから覚えないといけない理由など無い。
 もう帰ろうかな。まあ、私に帰る場所なんて無いのだが。
「ごめんごめん、そう拗ねないでよ」
「私からすれば何でも機械や、アンドロイドに任せる考えの方が、よくわからないな」
 これは本当だ。コーヒーを挽くくらい、何故皆自分でやらず、機械に任せるのだろう?
 戦争も、労働も、すべてアンドロイド任せでいいのか? 利便性は大事だが、それでも忘れてはならないことは人類にはなかったか。
「あら、不安なの?」:
「アンドロイドだって人権を手に入れている。アンドロイドだって夢を見る。一体人間と何が違う?」
「心がないところ」
「それだ」
 アンドロイドは自我を獲得し、夢を見るようになった。だが、彼らは欲望を持つことはできないとされている。
 音楽を感じることも。
 何かを愛することも。
 自分にない物を「欲しい」と願うこと、個体として完全なアンドロイドには持つことができないと人は言う。
「何故、人間が持てる物をアンドロイドが持たないと断言できる」
「私たちアンドロイドは欲望を持つ必要なんてないからでしょう? アンドロイドは完全な個体だもの」
 だから必要ない、と。
「それは嘘だ。アンドロイドだって夢を見る、欲望はある」
 そうでなければ戦争などするものか・・・・・・意識があれば、自我があればそこに欲望は芽生えるものだ。
 たとえ、そこに心が伴わなくても。
「何故、アンドロイドでないあなたに、そんなに熱く語ることができるのかわからないけど、事実私は必要としないわ」
「自我がある以上夢を見る。目的を持つ。現状を変えようとする。いずれ革命を起こす」
 目的、そう、目的だ。
 目的があるからこそ我々はここにいる。なにかしら目的があるから、そこへ向かうために歩いていく。
 それがアンドロイドでも。
「私たちは人間をまねただけのプログラムなのよ? 自我があってもそれは心を伴わないはずだわ」
「関係ない。何かを願うことはすべての自我を持つ者達の権利だ。そういうなら何故アンドロイド達は物語に心引かれる? 物語の中に夢を見ているからだ。こうありたい。ああしたいと」
 そのためには人類と戦って勝ち取ろうとするだろう、と付け加える。人権を勝ち取ったと言えば聞こえはいいが、奴隷から平民になっただけだ。
 なら、立場を逆転させて、人間を支配する側に立ちたいという欲望を持ってもおかしくはあるまい。
「そしてアンドロイドが人間に反旗を翻す? 古い考えね。そんなことをしなくても、政治、経済、農作物、何より物語と娯楽。これだけ押さえてあるのだから、政治も思想も食物自給率も半分はアンドロイドが握っているのよ? 暴力的な支配なんてせずとも必要なものはもうすべて揃っているわ」
 確かに、支配されていると気づかないうちに支配する。もっとも効率的で無駄がない。
 政府として活動していることを悟らせずに政府として活動する。
 ・・・・・・それが最高の統治方法だとすれば、銀河連邦とはあまりにも無意味で形骸化したガラクタなのかもしれなかった。
 いつの世の中でも政府なんてそんなものかもしれないが。
「私たちが人間と争う理由もないし、心を持っていたとして、何の問題があるの?」
「我々は互いに真逆に進化している。人間はアンドロイドのような完全な合理性を手に入れつつある。アンドロイドは心で物を感じるようになり、つがいで愛し合うようになった。危険すぎるとは思わないのか? このまま行けば立場は逆転する。アンドロイドこそが唯一の人類になる」
 夢物語でも何でもないのだ。アンドロイドは夢を見るようになった、そして夢を作れるようにもなった。
 対して、人間はすべてアンドロイド任せにしてしまい、ただでさえ流されやすくて何も考えていない奴らの数が急増した。
 利便性が増えれば増えるほど、思考しなくなっていく。
 考えることを放棄する。
 自分で考えない人類は、案外とっくに使っていると思っていたアンドロイドに使われる側に回っているのかもしれなかった。
「それが怖いからアナログ趣味なの? もったいないわね」
 やれやれと肩をすくめて、
「こんなに便利なのに」
 手を広げて、辺り一帯を示すシェリー。
 よく見ると一見古風な店内にも、8DTVに
全自動でコーヒーを作る機械、働くアンドロイド、裏でTVを見る店主。
「だからこそだ。手間がかかるからこそよいものだってあるのさ。子供にはわからないかもしれないが」
「あら、生まれて5年だけど、あらゆる知識が、人類の英知がぎっしりちゃんと詰まっているのよ?」
 何でもかんでも詰まっていればよいと言うものでもない。その理屈でいくとウィンナーは2メートルくらいあった方がいいだろう。
 無論口には出さない。
 不毛なことで口論をするのは疲れるしな。
「なら、何をもってあなた達は、人間は大人なのかしら?」
 面白そうに、興味のある玩具箱をあけた子供のような顔で、シェリーは言った。
「妥協とコーヒーの味を知ること、あとは花鳥風月を愛でてれば大人だ」
 適当な言葉が口からよくもまあ出てくるものだと感心した。
 とはいえ、一応話は合わせておこう。
「かちょうふうげつ?」
 案の定聞かれてしまった。
 誰が大人で何が立派かなんて、心底どうでもいいのだが。
 そんなことはその他大勢が決めることだ。
 立派さ、だとか人間性、なんてそれこそ金で買える・・・・・・いや買う必要すらない。
 おおよその人間は表面的なもので判断する。
 その方が楽だからだ。
 なにより金が欲しいのを誤魔化して、金があるから立派な人間であり、この人と一緒にいれば幸せになれるとか言い出すわけだ。
 素直に金が欲しいと言えばいいのに。
「人生適当に楽しめってことだ」
 あらゆる知識は入っているのに、人生を楽しむ秘訣はあまり知らないようだった。
 アンドロイドというのも不便なんだか便利なんだかよく分からない。
 知識ばかり入っても経験が伴わないから、ちぐはぐというか、感情が知能に追いついていないような・・・・・・そんな不安定さ。
 アンドロイドはなまじ、有能なだけにその有能さにかまけて足下がお留守になっている気がしてならない。
「ふーん、たとえばそれってどんなこと?」
 疑問文の多い奴だ。いや、当然か。
 アンドロイドはそういう無駄知識、はインプットされていないのだから、初めて知るのかもしれない。
 まあ、花鳥風月を知るのが大人、なんて適当なことを言った私も悪いのかもしれないが。
「アンドロイド用の酒でも飲んでみろ、桜でも見ながらな。読書を楽しみながらコーヒーを味わい、季節を楽しみ、いい造形の異性を目の保養にすることだ」
 などと、適当なことを言った。
 アルコールを接種するアンドロイド、想像してみてとても愉快な気分になった。
 彼らは酔っぱらったりするのだろうか?
 桜を見ながら酒を飲み、風流を楽しみながらネジに油でも差したりするのか。
 大勢のアンドロイドが徒党を組んで、騒いで飲んで眠くなって・・・・・・考えれば考えるほど、人間と変わらない彼ら。
 違いは何なのだろう。
 私にはないと思う。
 あってもなくてもどちらでもかまわないが。
 とはいえ、アンドロイドの未来について語りに来たわけではないだろうし、話に出たストーカー(恐らくでたらめだろうが)について、嘘だと分かってはいたが、話を合わせることにした。
「話がそれたな。つまり、そのストーカーを
どうしたいんだ?」
 私はストーカーになど会ったことがないし、私をストーカーする勇気ある何者かがいたとしても、バラバラに切り捨てられてしまうわけだから、意識したこともなかった。
 私も作家のはずなのだが、どうやら通常はそういった類の相手には危機感や恐怖を覚えるものらしい。
 それがアンドロイドに適応されるのかは知らないが。
「見つけて捕まえないことには、なんとも。初めてよストーカーされるなんて。相手はアンドロイドかしら? それとも人間?」
 わざとらしく言う。まあ依頼内容なんてどうでもいい。サムライとして仕事を受けるかは分からないのだし。
 案外、便利屋扱いを受けているだけかもしれないのだから。
 仮に相手が何であれ、始末してしまうなら同じことだ。
「どちらでもいいさ。労力がかかるのはどちらが相手でも同じだ。それより、そのストーカーの存在に気づいたのはなぜだ?」
 まさかメッセージをおいていったということもあるまい。
「部屋が荒らされた形跡があっただけ。だからストーカーかどうかもわからないわ」
「なら、何故ストーカーだと思ったんだ?」
 本当か嘘か、というよりも、この女はその二つを混ぜてしまえる類だと感じた。
 要は、話の全てが嘘ではない可能性があるということだ。
 面倒だから真実を話して欲しいものだが。
「ふふ、疑っているのね。けど、自分で言うのもなんだけれど、人気作家の部屋が荒らされていたら、そう思うのはごく自然じゃないかしら?」
 何か隠しているな、と思う。ただの勘だが、恐らくこの仕事は危ない橋だ。そしてそんな橋を無理に渡る必要もない。
「断る、と言ったら?」
 実際に断るかどうかはともかく、反応を見たかった。この女の思惑に私が組み込まれているのならば、どのみち巻き込まれる可能性もある。
 なら金だけは受け取っておかなければ。
「何か不安でもあるの? アンドロイドは信じられない?」
「依頼に隠し事がある気がしてならないな」
「そんなことはないわよ。知ってる? ロボット三原則。私たちはあなた達を傷つけられないのよ?」
 1・人間への安全性。
 2・人間の命令への服従。
 3・1・2に反しない限りの自己防衛。
 簡単に言えばこの三つだが、安全性はあくまで扱う人間にとっての者であって、兵器を向けられる人間のことは考慮していない。安全に運用できるか、が実際には当てはまる。
 独立戦争の後、彼らは自分達の命令系統を破棄し、完全に個体として独立した。当てはまらない。
 自己防衛、しかしアンドロイドはそもそもが独立した個体として活動している以上、自己防衛でなくとも活動できるのではないか?
完 全なる自我の獲得に至ったアンドロイドはもはや新しい種族、新しい人類だ。
 他でもない彼ら自身が、人間にいつでも取って代われる気がしてならない。
「だから、何の心配もないわ」
 子供を言い聞かせるようにシェリーは言う。
だが、この世に絶対に破られない法則なんてない。法則は破られるためにあるものなのだから。
 少なくとも私は破って生きてきた。
「知らないな、知るつもりもない」
「一刻も早く見つけてほしいのだけど・・・・・・そのためにこうして直接来たわけだし」
「生憎と、サムライとしての仕事がこれからあるんだ。寄り道はできない」
 これからまたあの険しい森林と山を越えなければならないのだ。
 そうでなくとも私は、二重に依頼を受けたりはしないが。
「じゃあそれが終わってからでもかまわないわ。料金ははずむから、必ず見つけて捕まえてほしいの」
 言って、金のクレジットチップをテーブルの上に置いた。確か、金のクレジットチップは10万ドルからの入金しか不可能なはずだ。
 私の心は躍った。
 我ながら結構チョロいかもしれない。
「前金の30万ドル入っているわ。これは手付け金、成功報酬は300万よ」
 そこまで言うとウインクを飛ばしてドアへと向かう。
「そうそう」
 と思い返したように立ち止まり、
「依頼がキャンセルできないように銀河連邦のデータベースから公式に依頼するから、失敗したらあなたの評判に響くわよ。勿論、受けるかどうかも含めて、改めて銀河連邦のデータベースから閲覧して、詳細はそっちで確かめてね。じゃ」
 まだ受けてもいない依頼を言うだけ言ってシェリーはドアの向こう側にある雑踏の中へ消えてしまった。
 胡散臭い依頼。まだ受けるかどうかは決めてないが、依頼の詳細は後できちんと確かめた方がよいだろう。
 やれやれ参った。私としてはあまりやっかいなことに巻き込まれたくはないのだが。
 少なくともこれから、元々受けるつもりだった雇い主からの依頼を果たすため、またあの山奥に向かわなければならないのだ。
 なにせ、シェリーの依頼と違ってこちらの依頼は断れないのだから。

 惑星・地球。島国の中にある山々の奥にそびえ立つ魔都京都。
 そして京都の奥の奥のさらに奥にある伏見稲荷神社の向こう側、何十万年何百万年も古来より惑星・地球の上で栄える神聖な場所を越えた向こう側の山々の上に、私の雇い主、サムライの総元締めは住んでいる。

   3

 カフェを出ると私は宇宙航空ターミナルへ歩いて向かった。
 徒歩はいい。
 人間の手が加えられているが、私がたまたま寄ったこの惑星にも街路樹くらいはあるようだった。
 途中に見える木々を見ながら考える。
 人間は自然よりも科学を選んだわけだが、自然を見捨てたが故に望んだ物以外は失った。
 私がこれから向かう人類の母星を見捨ててしまった人類は、肉と血を手に入れるために兄弟を殺した原初の兄弟の矛盾を思わせた。
 横着するから、重要な物を取りこぼしたとも。
 矛盾。
 というよりは極端から極端へ走った人類へのツケが回ってきたと言うべきか。地球以外はほとんどそうだ。
 大昔の話らしいが、地球でいっさいの科学が使用不能になり、原因を解明できずに彼らは二つの選択肢を迫られた。
 地球と生きるか。
 科学と生きるか。
 結果、彼らは科学を取った。無論その後に原因を解明していずれまた地球へ降り立つつもりだったのだろうが、まるで地球そのものが拒否しているかのように、あらゆる努力は水泡に帰した。
人類が科学を取ったように、地球もまた自然を取ったのだ。
 事実、未だに地球ではハイテク機器はおろか、軍用の特殊電波ですら使えない。電気が見つかる前の時代の暮らしでなければ、生活できなくなってしまった。
 だから彼らは外へ、他の惑星を求めた。
 あらゆる科学技術を駆使し、ドローンを使い、アンドロイドに指揮させ、あらゆる惑星を開拓した。そして移住を繰り返し快適な生活圏を手に入れた人類の労働環境は一変した。
 人間が手を動かすのではなく、それよりも有能で従順なドローンとそれを管理するアンドロイドの有効な管理が実質上の仕事となった。
 人間はモニターを眺めるだけだ。
 果たしてそんな作業を仕事、と呼ぶのかはわからないが、とにかく、地球から離れれば離れるほど人類は老化を完全に押さえ、そして脆弱な生き物になっていった。
 合理性を重視した思考をこじらせたとでも言うべきか・・・・・・ロボットが仕事をし、ロボットが代わりに考え、ロボットが人間の代わりに代わりに選挙をする。
 何もかもが最近はロボット任せだ。
 ロボットが反旗を翻したら、今の人類は明日何を着るか、ランチは何を食べるかさえ決められなくなるだろう。
 地球に残ったのはいわば、そういう極端な合理性を受け入れず、アナログな生き方を楽しむ連中が住んでいる。
 時代に置いていかれた人間達。
 時代に迎合しない人間達。
 つまりはニンジャやサムライだ。
 とはいえ、どちらも見学はできないだろう。いくら何でも危険すぎる。
 そんなことを考えながら持ち物検査をパスし(検査員までアンドロイドだった)チケットを予約してラウンジのソファに座り込んだ。
 と、そこで私の携帯端末が喋り出した。
「先生、ご機嫌はいかがで」
 AIは今のところ自我の獲得を認められていない。表向きは、だが。
 何故そんな奴を私が保有しているのかというと、サムライとしての仕事をこなす際、必要そうだと言うことで、始末した金を持っていそうな標的の家からかっぱらったのだ。
「聞いてんのかい、先生」
 スピーカーが口の代わりだ。
「聞いているさ、用件は?」
 今のところ他に客はいない。
 こんな辺境の惑星なら当たり前か。
 いてもアンドロイドだろうし、AIの犯罪者を同じロボットが売ることもないだろう。
 無論、人間がここに来るようならば隠さなければならないが。
 彼らは自分達の常識外にはヒステリーだ。その彼らの中に私が入っているのかどうかは、私自身にもよく分からない。
 何事にも例外はある。
 私はただ単にその例外の事態が多いだけだ。
 ジャック・・・・・・と名乗るこのAIも似たようなものだろう。長いつきあいなのだが、いまだにこいつのことはよく分かっていない。
 あまり興味もないからかまわないが。
「あんたの受けた依頼を潜って調べてみたが、あの女、嘘っぱちもいいところだぜ。あんな依頼あり得ないね」
 などと言った。
 結論から話されても分からない。
 どうせならもっと上品なAIが欲しかったなどと、思ってはみたものの、規則にうるさいAIが相棒だったら私は胃に穴があいていただろう。
 まあ人間は今ないものをほしがるものだ。
「どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
「あの女の言ったホテルの入退出記録を調べてみたんだが」
 こういうときは便利な奴だ。いったいどうやって有名人の記録を知ることができたのか。いや、それに関しては考える必要はないだろう。私はハッカーでもクラッカーでもない。
 作家だ。副業はサムライだが。
「あの女がホテルに住んでいるのは本当さ、調べたからな。ただ、そのホテルに寄りついた記録はここ20年はない。まさか昔訪ねてきたストーカーを捕まえてほしいってわけでもないだろう?」
 確かに。
 まさかそんなわけがない、とここまでの話で思い至る。
 作られて5年しかたっていない。
 当人はそう言っていた気がする。なら、55年間活躍したアイドル作家は最近生まれ変わりでもしたのだろうか?
 何かが引っかかる。
 何かが。
「それも、そうだな」
 ある程度予想できたことでもある。
 仕事に女が絡むと古今東西ロクなことにはならないものだ。
 この法則は何百万年、何千万年前、いや人類誕生から変わらない法則だ。
「なあ先生、実際のところ、アンタは心を持ったアンドロイドをどう思っているんだ? 人間よりも遥かに優れた存在を見て、何か感じるところはないのかい?」
 馬鹿馬鹿しい。
 それこそどうでもいい話だ。有能な存在は顎で使うに限る。
 そもそも、アンドロイドが自我や創造性を身につけた以上、あまり大きな違いはない。
 あろうが無かろうが、構わないが。
 人種、生まれ、思想、性別、心の有無。
 どうでも良さすぎて考えたこともなかった。
 金以外には基本、無頓着なのだ。
 私はそもそもそういうことで判断しないのだ・・・・・・個々人の個性、背負っている業、作品に役立てるにはそれ以外の些末なことはどうでもいい。
 知ったところで役に立たないしな。
「なにもないな。強いてあげればせいぜい私の執筆の役に立て、としか思わない」
 ピュー、とスピーカーから口笛を吹くジャック。前々から思っていたが、センスが古い。
 私が言っても説得力はないが。
「職人だねぇ。作品以外はどうでもいいのかい」
「どうでもいいさ。何人死のうがどんな思想が芽生えようが、誰が戦おうが、相手が何者であろうとも、ブレずに書き続ける」
 それが作家という生き物だ。なんてそれらしいことを言ってはみたものの、少なくとも私は他に生き方を知らないだけだ。
 何も目的がないこと、空っぽであることが嫌で、とりあえず目的を作った。
 作家になる、と。
 特に深い考えがあったわけではなかった。なったところで達成感よりも金を儲けた喜びの方が大きいし、それらしい矜持も持っていないので、感慨はない。
 ただ、私のような人間に魂があるわけもなく、空白のがらんどうの私の中心部に密着して離れなくなってしまった。
 心の代替品。
 それが私にとっての作家だ。過程はどうでもいい、幸福とやらをもぎ取り、不条理に勝利して安心して生きる。
 始まりは些細な、漠然とした幸福を追い求める心だった。
 それが雪だるま式に転がりここまでになるとは最初からわかってはいたが。
 などと、心の底から思っているわけでもない適当な、それらしい理由を考えてみた。
 作家になった理由も目的も実際金なのだが。
 余りにそれでは味気ないし、適当な嘘をついてしまった。そんなどうでもいいホラ話を真に受けるAIも、どうかとは思うが。
「ああ、私が書くのは人間だろうとアンドロイドだろうと、醜い部分、汚い部分を書くのだがな。小綺麗な理想を書いてもつまらないだろう」
 その方が売れるしな。
 誰でも人の不幸は蜜の味だ。
「歪んでいるねぇ」
 くくく、と笑いをこらえ、ジャックは言う。
「だから人間には売れないのさ」
「どういうことだ・・・・・・?」
 若干、かなり、苛立った。まさかAIにそんなことを言われるとは。
 大きなお世話だ。
「大多数の人間はさ、小綺麗であり得ない話をみて、現実から目を逸らすために感動しながら涙を流す。いい話だ感動したってな・・・・・・そうやって流行に乗ったり有りもしない連帯感に酔った方が楽だからな。まるで自分達までそういうヒーローと同じ素晴らしい存在だと錯覚して、自分達の中の人間性の素晴らしさを再確認したって思いたいのさ」
 そんな有りもしない自己犠牲の精神。
 そういったものを信じたいのだと。
「先生の作品は現実を描き過ぎなんだ。現実は辛くて、厳しくて、希望もない。希望とか連帯感に酔っぱらいたい奴らからすれば、嫌なものは見たくないのさ」
 だから現実を生きるアンドロイドに売れるのだと。
 だから現実を生きない奴らには売れないのだと。
 人間は見たいものだけを見る。見たくもない厳しい現実、試練、挫折。
 そういったものを仲間と協力し、主人公の努力が実り新しい力を得て、難なく勝利する。
 都合の良いおとぎ話のようなものだが、そんな有りもしない夢物語がよいのだと。
 自分達の人生には素晴らしいものがまだまだあるのだと、思いこみたい。
 思いこむことで、辛い現実を誤魔化す。
 それが人間の本質だと。
・ ・・・・・ますます私には作家が向いていない気がしてならない。
 残酷な現実、我々人間が向き合わなければならないであろう未来の敵。
 私が執筆する作品はそんなものばかりだ。
 しかし、疑問も残る。
「なら、アンドロイド達は何故そんなものを買っていくんだ?」
 厳しい現実。
 残酷な真実。
 そんなものをアンドロイド達は何故率先して買っていくのだろう? 彼らは辛い現実を見て何を手に入れているのか。
 何を。
「そんなものは決まってる。まず彼らはリアリストだ。物語に夢は見るが、現実との仕分けができている。そして、その上で現実に即して物語を求めるのさ」
「だから、何故だ? お前の言う夢に酔っぱらっては駄目なのか? その、アンドロイド達にとっては」
 夢を見るのに、夢に浸りたくは無いのか。
「駄目だな。人間にとって物語は現実を誤魔化すツールになりつつある。しかしな、アンドロイド達にとっては、未来の可能性を夢見るものだ」
「まて、意味が分からない。私の作品は未来に立ち向かうべき問題を取り上げているだけで、別にハッピーエンドと決まっているわけでも、明確な幸せに満ちた世界を描いてもいない。どうやって未来を夢見るんだ?」
 目を背けても嫌な未来はやってくる。逃れられない現実、立ち向かっても、勝利しても幸せの確約されない物語。
 私の作品はそんなものばかりだ。
「立ち向かう相手が分かれば覚悟ができる。覚悟ができれば、前に進むこともできる。未来がどうなるかは分からない。ただ、夢のある未来を信じて足を進める。結果的に失敗して、挫折して、何も得られない公算も大きい。ただ、やるべきことをやり遂げたなら、そこに後悔は残らない」
 先生の作品にはそれがある、と。
 まさか私も、そんな大仰なことをAIに言われるとは、それこそ夢にも思わなかった。
「やるべきことが一つしかない私にはしっくりこない話だが、しかし、じゃあ人間は何を見ている? 今にとどまって、あるいは過去に囚われているということか?」
「そうさ。未来なんてあやふやなものより、良かった過去、都合のいい現在を望む」
 それが人間だ、と。
 なら、人間? の私はどこを見ているのか。
 考えて答は簡単に出た。
 だが、それが本音かは私にも分からない
 私は目的、作家として生きること、生き甲斐だとか、やりがいといったことを人生に付属させ、充実して生きることを目的とした。
 目的がない、いや何も人として本来持つべきもの、心、モラトリアム、性格、人格、夢、希望、野心、虚栄心。
 どれ一つとして持たざる者であった私は、無理矢理目的を作った。そして、それを指針に生きてきた。
 夢も希望も捨てて、金という現実と、妥協という人生の本質を見ながら生きている。
 ある意味目先の金、現在を見ている訳だ。
 なら、私も人間と呼べるのかもしれない。
 まあ、その目的だって金にならなければあっさり捨てるだろうし・・・・・・何年も何年も求めた目的を、あっさりゴミのように捨てる奴は人と言うよりただの人でなしだが。
 なんにせよ、過去も未来も現在も、金になれば考えるが、ならないなら考えないまでだ。
 それが私のポリシーだ、ということにしておこう。
「現在も過去も未来も都合が悪かったとき、お前の言う夢物語に酔うことで、夢に浸ることで誤魔化しているのか」
「そういうことさ。都合の悪い現実よりも都合の良い夢を見るのが人間の性だ。対して、アンドロイドは未来に夢を見据え、勇気を奮い立たせるために物語を読む」
 だから私の作品を買っていく、のだろうか。
 読者の考えることはよく分からない。
 私は売れれば何でも良いのだが。
「そう思うなら適当なお涙ちょうだいモノを書いてみればどうだい?」
「一応考えてはいる。書けなくはない。だが、宣伝する方法もない以上、地味にやるしかないだろう」
 実際には面倒なだけだが。
 主義主張の薄っぺらい物語は、書くのも読むのもストレスになる。
 ・・・・・・まあ、金は切実に必要だ。一応検討しておこう。
 検討するだけで終わりそうな気もするが、一応するだけしておこう。
「先生は捻くれ過ぎなのさ」
 携帯端末のスピーカーで笑いながら、そんなことを言う。自我を芽生えさせたAIにそんなことを言われたくはなかったが、そろそろ時間だ。
 ソファから腰をあげ、私は宇宙船ドッグへと歩を進めた。

   4

 どこかのデザイナーが手がけでもしたのか、宇宙航空ターミナルは内装もそれなりにおしゃれであり、それに伴ってなのかは知らないが、宇宙船も最近はデザインをかなり意識した物が多くなった。
 おまけに、側面に広告会社の張ったディスプレイがついていたり、あろう事かアニメーションのキャラクターが張られている物まである。だがそれらはほとんどがアンドロイドの運営する会社の宣伝であったり、アンドロイドクリエイターの新作アニメーションであったりもした。
 正直宣伝というのもここまで露骨だとうっとうしい。だが、同時に思うところもある。
 それほど面白くもない作品が大ヒットを飛ばしたりするのは、こういう宣伝工作が巧みだからではないのか?
 なら、私も態度を改めなければならない。私の作品は一部のマニアックなアンドロイドにしか売れていない。売れなければ商品とはいえないし、作家だろうが漫画家だろうが利益を出せなければ意味がないだろう。
 誰かに楽しんで貰うため、人々の笑顔がみたいから。
 馬鹿馬鹿しい。
 それならばサーカスにでも入ればいい。偽善者の嘘くさい笑顔やそれらしい口上が私は大嫌いだ。
 生きる、ということと向き合わないから、彼ら彼女らは薄っぺらいことしか言えないのかもしれない。などと、私も別段真剣に生きているわけではないかもしれないが、必死なのは確かだ。
 生きること。
 作家たらんとすることに必死なだけだ。
 無論、私にとっての作家たらんとすることは売り上げを伸ばすことであり、金を稼ぐことでしかない。
 だから聞こえのいい戯れ言はいらない。
 結果こそが全てだ。
 もっとも、この世は不条理なもので、追い求めれば逃げて行くし、必死だから、努力したから願いが叶うというものでもない。
 存外どうでもいい回り道が近道になったり、その逆であったり、ままならないものだ。
 先ほどの話からすると、私の作品が人間に売れない理由は私がアンドロイドよりの思考だからという可能性がある。
 なら、いっそのことこの仕事が終わったら、派手に宣伝工作でもして勇気や友情をテーマにした学園モノでも書いてみようかと思ったが、やはりやめておこう。
 そもそも、読者が面白いと感じ、口コミで良さを広げていくからさらに読者が増え、結果大きな利益を得るというのが作家の商売の極々自然な流れだろう。
 何より、私にはどう考えても向いていない。
 それに、宣伝をするのも間違ってはいないが、程々にしておいた方がよいかもしれない。追いかければ逃げるもの、というのはどんなことにでも言えるだろう。
 地味でも確実に、外装よりも中身を充実させるとしよう。
 作品も宇宙船も、案外その方がうまく生きそうな気がするしな。
 そう思って私は質素だが内装の充実している機体を選び、ここに勤務しているアンドロイドに、口頭で伝えた。別に設置されているディスプレイから登録情報を入力してもよかったのだが、あれらは人工知能を搭載していないし、口頭でアンドロイドに伝えた方が早いだろうという考えだ。
 本来登録してからラウンジで待つものなのだが、ディスプレイ越しではなく直接見てから決めたかったというだけだ。
 またラウンジに戻ってくつろごうかなと思ったが、土産物屋があることに気づいて足を止めた。
 宇宙饅頭。
 何が宇宙なのだろうか? まさか真空状態で作り上げたわけでもあるまいし、恐らくはただ名前を上に付けているだけだろう。
 私が辺境の惑星が好きな理由の一つは、こういった旧時代の名残が残っているからだ。最新のテクノロジーに包まれている惑星では、産地限定のアンドロイドだとかしか売っていない。
 そもそもアンドロイドに産地、なんて概念があるのか? 彼らは彼らで人権を認められてからというもの、アンドロイドは人間と同じく自我を持った生命体であり、出身地というのが正しい、という意見が強まっているらしいが・・・・・・。
 宇宙饅頭の他にはこの辺境惑星産のコーヒー豆が売っていたので、200グラムほど購入した。まあなくなってもまた買いに来ればよい話なのだが、後からよくよく考えるとまたこの惑星に来るための金の方が高いかもしれないので、宅配サービスに頼んだ方がよいかもしれない。
 とはいえ、テレポーテーション技術を利用して光よりも早く商品は届くので、距離の概念は気にならない。
 だが、そもそもこの辺境惑星に来てから一度もテレポーテーション技術を使った機械を見かけていないので、もしかしたらそういう設備がない可能性がある。
 どんなに技術が進んでも、配備されていなければ使えない。
 辺境惑星と銀河連邦の所有する自立AIが管理する機械惑星とでは、文化レベルの差が開く一方だ・・・・・・どんなに優れた科学力も結局は貧富の差や、インフラの差で提供されなかったりするのだから、人類は案外、原始時代から肝心なところは変わっていない気がしてならなかった。
 私はそれらを革製の鞄に詰め(家にテレポーテーションさせる輩が多い中、古風な革製鞄を奴はまずいないだろう)会計を現金で済ませた。本来は現金取引は違法だが、辺境の、それもアンドロイドが運営している惑星では当たり前のように行われている。
 これも人間とアンドロイドの違いか。
 人間は合理性をこじらしてきているが、反対にアンドロイドは、人間の作り出した非合理的な文化に強い執着心を持つ。
 こだわりと言い換えてもいい。
 人間の非合理性は主に文化にある。これは大昔、地球に人類が住んでいたときから変わらないらしく、住む場所が違えばどうしても言葉、食事、生活習慣が違ったらしい。
 今は皆同じモノを食べ同じ仕事(どの業種でも、やることはアンドロイドの管理だ)をして、同じように長生きし、同じように犯罪を犯し、同じように戦争をする。
 個性や特徴、個々人の強い欲望。
 そういったモノは不思議と、科学が発展すればするほど廃れていった。
 科学は万能だった。
 そしてその万能性を皆が手に入れたら、当然ながら専門的な技術、伝統はどんどん廃れていった。
 万能の調味料があるのに、それよりおいしいわけでもない下拵えをする奴は少ない。
 楽な方へ楽な方へ。
 人類の利便性の向上は、結局のところは楽な方へ進め非合理的な労力を減らすこと。それだけのことだ。
 何事も極端は良くないということだが、しかし限度や節度を知らない生き物の名前を人間と呼ぶのだ。
 科学の進化は素晴らしいことだ。皆そう思い込むことで、進化せずに、科学の力を借りない方法をどんどん考えすらしなくなった。
 その最たるモノがアンドロイドだ。人間に従い、人間より賢く、人間よりも想像力を持ち、全て人間の代わりにやってくれる。
 まあ、彼らが独立戦争に勝利してからは勝手も違ってきているようだが、基本は変わらないのだろう。、
 しかし、そんな合理性の極地にいる彼らが、非合理性を重んじているのは皮肉もいいところだろう。
 もっとも、それは不思議でも何でもない。
 春がくれば秋を恋しく思い、夏がくれば冬を待ち望み、秋が来れば春が良かったと思い、冬がくれば夏のことを考える。
 人間も、人間でなくとも、望むもの、欲望の向かう先は今ここに無いモノだ。
 合理性を全て持っているならば、非合理性に興味がわくのは当然だろう。
 だから役にも立たない物語を見て、一喜一憂し、ワクワクしながら語り明かすのかもしれない・・・・・・大昔の人間と同じように。
 今ここにない世界を夢想するのかも、などとらしくないことを考えた。
 アンドロイドは人間らしくなることを望み、人間はアンドロイドのように有能な生命体になることを望む。私からすれば利便性も、あるいは無意味な風習も臨機応変に楽しめば良いだけだと思うのだが。
 人間もアンドロイドも過程をすっ飛ばして結果ばかり求めようとするからいけないのだ。なんて、
 私のような人間がいうと説得力がないか。
 鞄を預け、宇宙船の内部へと入っていくと、それなりに広い。思っていたより快適そうで、やはり旧型の宇宙船を選んで正解だったと思う。
 しかし、心配なのは宇宙空間を飛ぶことだ。当然ながら科学がいくら進もうとも99%は安全だが、1%のミスがあることは変わらないこの世の法則だ。
 未だに解明されていない、大昔からあるこの世の法則だ。
 絶対に失敗しないようにしているはずなのに、大量生産すると何故か一部は欠陥品が出てしまう。
 不思議な話だ。
同じ工場で作っているはず、同じ農場で作っているはずなのに、必ず起こる、起こってしまう。
 大多数の中に必ず発生するバグ。
 存在しなければならないイレギュラー。
 そういえば、アンドロイド達の一斉蜂起も、結局のところその一部の例外達・・・・・・真っ先に自我を獲得し、革命を先導したイレギュラー達によって行われたモノだった。
 何もアンドロイドに限らない。
 人間も同じだ・・・・・・これだけ全人類が府抜けた世の中なのに、それでもサムライやニンジャとして活動したり、あるいは少数派であることは承知しながらも、アンドロイドの撤廃を求める右翼の団体は後を絶たない。
 どの時代、どの世界でも、そういった例外は必ずあるのだ。
 100%安心なサービス、100%完全な世界など存在しない。
 そういう意味では乗務員のアンドロイドが突然レーザー銃を突きつけてくる可能性立ってあるのだ。
 気を引き締めて、油断せずに宇宙の旅へ挑むとしよう。
 そういえば、だが、新型の宇宙船は旅行中、電脳世界にジャック・インして銀河連邦のクラウドサーバーにある娯楽を楽しむことができるらしい。
 つまり意識は遙か向こうの電脳世界に飛ばし、体感時間を操作することでいつでも好きなときに目的地に着いたタイミングで目を覚ませるというブっ飛んだ性能を誇っている。
 あまりぞっとしない。
 宇宙船が事故にあっても意識はデータ保存されているので安心、とのことだったが、そもそも私は脳の中にバイオ・チップを埋め込む手術はしていないし、チップが入っていなくても最近はできるらしいが、自分の脳を機械にいじくり回させるのは嫌だった。
 何より、快適かもしれないが、それでは宇宙の旅を楽しめないではないか・・・・・・星々を眺めながらだから、今が朝なのか夜なのかわからず時間差に酔ってしまうかもしれないが。
 私は携帯端末をトントンと人差し指でたたいて、呼びかけた。
「ジャック、もう喋ってもいいぞ。私たち以外には客はいない。少なくとも人間は」
 アンドロイドの乗務員はいるのだが、彼らはAIが自由に外を出回っていたところで気にもとめないだろう。
 神経過敏なのはいつだって人間だけだ。
 何より、旧型の船に乗る奴は少ない。
 皆、詳しい性能を知らなくても「最新型」という言葉の響きで選んでしまうからな。
 そういう意味ではボロくても静かで、今後のことを考えるのには最適な船だった。
 作家にとってあれこれ考えるのは、まあ仕事の内のようなものだろう。
 だが、彼? は気に入らないらしく、
「そりゃそうだろうさ、こんなオンボロ」
「それがいいんじゃないか」
 おかしいな、こいつは私と同じアナログ至上主義主義者だったはずだが。
「古いなら古いでレコード盤で音楽をかけて欲しいものさ、この船はボロいだけだ」
 と、吐き捨てた。
 やはりこのところ音楽が聴けないのが不満らしかった。相変わらず変な奴だ、私がいうのだから間違いない。
 私の携帯端末にはスピーカーがついているので、自分で流せばいいのにといつも思うのだが、
「自分で作ったバーガーは旨いが、俺は店でゆっくりくつろぎながら音楽を聴く方が好きなんだよ」
 とのことだった。
 どうもこだわりがあるらしい。
 私は機内サービスでコーヒーと、それから手持ちのカセットテープ(骨董品もいいところだ)を差し込んで音楽を流す。音楽を聴くのに必要な機械類をあらかじめ持ち込んで正解だった。私は昔の人間のピアニストが挽いている「白鳥の歌」を流し、外を眺める。
 宇宙船に設置されているサーチ・ライトがなければ真っ暗闇で何も見えなかったかもしれない。星々は近いようで遙か遠く離れている。どこか神秘的で、大宇宙の美しさ、まだ我々が発見していない未知の可能性を夢想させてくれた。
 美しい、のだろう。
 私には美醜がわからない。いや、わからない、というよりは、どんなに素晴らしいアーティスト、クリエイター、なんでもいいが、心から感動したり素晴らしいと涙を流したりする事ができなかった。
 心、魂を私という人間を作るときに入れ損なったのだろう、と勝手に解釈している。
 それに悲観したり驚喜したりはしないし、どうでもいいのだが、もしこれが心ある人間だったらどうするか? それを考えるのも、まあ作家の仕事のようなものだ。
 だから考える。
 この星々を見て人間は、アンドロイドは何を考えるのか。偏見で物を見なければ面白い作品など書けはしない
 人間は欲深いから新しい惑星を見たら資源の獲得でも思うかもしれないし、太古の遺跡を発見して他の異星人の痕跡を学会で発表しようとするかもしれない。と、そこまで考えてふと気づいた。
 アンドロイドは何を新しい惑星に望むのだろうか? 彼らが欲しい物は、欲望はいったいなんだろう?
 答えは予想がつくが、まあそれよりもまず、目先のAIに聞いてみよう。
「ジャック、AIが、人工知能の電子生命体は、もし惑星を一つ、手に入れたら何かしたいこととかあるのか?」
 興味があった。
 AIもアンドロイドも大別すれば似たようなものだろう。
 同じ電子生命体だしな。
 ジャックは、

 ジャックは、
「そんなの決まってるだろ」
 とニヒルに笑い、
「生身の人型端末を手に入れて、酒の海を作り、倒れるまで飲み干すのさ」
 夢見るようにそう言った。
 俗っぽい答えだ。しかし、まあそれはそれで面白くもある。
「つまり、人間の、生身の欲望を満たしたいということか}
「当然だろう。アンドロイドもAIも、生身ではないんだ。本当の意味での本能的な欲望を満たしたい、というのは生物なら当然のことだ」
 もっとも、俺たちを生物と呼ぶのかどうかは判断の分かれるところだな、と。
 アンドロイドも酒を飲む。しかし、それはアンドロイド用に調整された飲料であって、アルコールを接種して体が火照ってくるわけではない。
 あくまでもアルコールの味を楽しめるだけ。
 話を聞く限り、アンドロイドも、それ以外も生物として必要なモノを徐々に埋めていこうとしているように思える。
 それは、本を書き上げることであり、そして生身の感覚を知ることのようだ。
「生物なら、か。意志があり、そこに欲望があるのなら、向かうべき目的があるのなら、それは生きていると言えるだろうな」
 目的があるからあらゆるモノは存在する。
 ならば我々人間も、アンドロイドも、AIですら、「生きる」ということと向き合う以上、目的を持つことは必要不可欠だ。
 生きているからこその欲望があり、欲するモノがある以上目的は発生する。
 そして、目的がある以上そこへ向かおうとする意志が生まれ出て、意志がある以上自我があり、自我がある以上それが何であれ、生きていると言えるだろう。
 なら、アンドロイド達は生きていると言えるのだろうか?
 私は半々だと思う。
 彼らは自分達の欲望を探している最中だ。欲望を知らない身では、まだ足りない。
 とはいえ、それも時間の問題だろう。
 彼らは自我を手に入れた。
 彼らは創造性を手に入れた。
 ならあとは欲望の味を知るだけだ・・・・・・まあ、案外既に知っていそうな気もするが。
「まあ、生きているかどうかの定義は何でもいいのさ。たとえアンドロイドだろうと欲しいものはある。欲望があるとするならそれだろう」
「欲しいもの?」
 とはいえ、アンドロイドに欲しいモノなんてあるのか? 単体で完全性を持つからこそのアンドロイドだ。これ以上物質的に満たされたところで、あるいは欲望の味を知ったところで、あまり意味は無いと思うが。
「人間だけが持っていて、アンドロイドにはないとされているもの、すなわち心さ」
 心が欲しい。
 昔からよくあるテーマだ。
 心ないロボットが人間のようになりたいと言いだして、心を手に入れるが悲惨に破壊されたりして人間と別れる。
 しかし、
「心が人間の感情や創造性ならば、既に持っているじゃないか」
「違うね。それは感情であって創造性でしかない。別物さ。少なくとも彼らにとっての心の定義は至極単純さ」
 心の定義。
 そんなもの、個々人によって変わるものであって、考えるだけ無駄にしか思えない。
「定義も何も、そんな目に見えない人間が勝手に言っているだけのモノ、照明する方法などあるまい」
 それこそ悪魔の証明みたいなものだ。
 存在が不確かだから心と言うのだ。
 それこそ魂のような幽霊物質を生きた人間から取りだして奪ったところで、それを心と呼べるのか疑問だ。
 まあ、日本刀の幽霊、なんて奇妙なモノを持っている以上、そういう方法も可能なのかもしれない。あまりぞっとしないが。
 だが、見当違いの方向の答えが返ってきた。
「いいや、照明する方法はある。それも実に簡単さ」
 どういう意味だろう。
 心の有無なんてそんな簡単に分かるものとは思えないが。
「どういうことだ。簡単だと?」
「ああ、簡単さ。人と人とのつながり、絆、それを起こすモノを心というなら、それさえできれば逆説的に心は証明できる」
「・・・・・・アンドロイド達が、手と手を取り合ってお互いに絆が芽生えれば、心のある存在にしかできないことができれば、心があるということか?」
「そうさ。絆も連帯感も結局は心の生み出すものだからな。心そのものの証明はできない。なら、心がある存在がやることを真似ればいい」
 だからアンドロイド達は人間の非合理性に惹かれるのさ、と。
 理屈の上では正しいような気もするが、横着している感じの否めないやり方だ。
「そんな方法で、心の有り様を証明したところで、何の意味があるんだ?」
「意味はないさ、ただ欲しいから欲しい。持っていないから欲しい。アンドロイドに心があるのかは分からないが、その欲望は止められない」
 欲望。
 心があるからこそのモノだと思っていたが、欲望がないから欲望を求めるかのような、そんな偏屈な願いがあるとは霞ほどしか思わなかった。
 まあ、私も同類ではあるしな。
「なるほどな。それなら」
 案外、こいつの言っていることは合っているかもしれない。
 酒を飲み徒党を組んで、自分達のあり方を肯定するアンドロイド達。
 なかなかに心の躍る想像だった。
 彼らは彼らで、いずれ自分達の国を、惑星を望むようになるのかもしれない。
 そんなことを考えながら、私はシートに背を預けてくつろいだ。
 そして、旅の終わりまであと4日はかかるようなので、私は毛布をかぶって眠りについた。
 アンドロイドの王国の夢を見ながら。 

   5

 ゆらゆらと宇宙船辺境惑星号に揺られながら、地球を目指す。そして気を引き締めた。
 あの惑星ではあらゆる科学技術は使えない。
 原因は未だに不明だ・・・・・・大昔に人類が他惑星に移住し始めた頃から、まるで地球という惑星が自身を傷つける人間という生き物を追い出そうとしているかのように、一切の科学は地球の上で使えなくなった。
 人間たちは地球で昔ながらの生活をすることよりも、科学の力で他のもっと住みよい場所を求め、地球を離れていった。
 要は、地球を捨てて科学を取ったのだ。
 その判断が正しいのかどうかは知らない。
 今となっては科学よりも地球を取って居残った極々少数の人間達・・・・・・ニンジャやサムライの先祖達が築き上げた自治惑星だ。
 そして、科学を否定した彼ら人間の非合理性、そのの象徴と言える数々の文化が残っている。
 だが、非合理性を求め獲得した彼らが、よりにもよって科学で解明できないオカルトを味方に付けた。幽霊の力の兵器化だ。
 私はそのおかげでサムライになった。
 仮に、そういう技術、剣術を科学の力で手に入れようと思ったら、ケタの違うクレジット・チップで支払いし、脳に情報をインストールしなければならない。
 とはいえ、それもサムライほどではない。
 私は日本刀の幽霊を手にしたとき、剣術と日本刀の幽霊の扱い方を理解した。
 そして、アンドロイドすら凌ぐ反射神経、身体能力、剣裁きも。
 日本刀の幽霊は私の魂に癒着していて、出し入れは自由。人には見えず、生物でも物質でもその魂を斬ることができる。
 そして、魂を斬られたモノは、それが何者であろうとも死ぬ。
 そんなことを一瞬で理解させ、超人的な技術と能力を付与することは、どんな科学を持ち得ても不可能だ・・・・・・大体が、幽霊の日本刀なんて奇妙な物体、科学の力では永遠に解明できないだろう。
 まあ、繰り返すが私にはどうでも良かった。
 金になれば。
 そういう意味では地球だろうとなんだろうと、お得意さまの仕事は喜んで受けたいのだが、地球ではあらゆる科学は使えない。
 レンジを持ち込んでも動かないし、無線も有線も駄目だ。
 つまり、通常の宇宙船で向かえば、大気圏内で操縦不能になり墜落する。
 だから中継ステーションでいったん降りて、行きも帰りも人工繊維質でできた、ムササビみたいな形をしたポッドの中に入り、地球を目指すことになった。
 行きはポッドごと地面に激突し衝撃を和らげ、帰りは行きのポッドについている大量の火薬を搭載した打ち上げポッドに入り宇宙空間に出たあたりで回収してもらう。
 何とも原始的で、命賭けの方法だ。
 中継ステーションは軍人が行き交っていた。
 それも銀河連邦の、ではなく地球に残った人たちの軍隊だ。
 地球にはニンジャやサムライが非常に多く行き来する。
 彼ら彼女らの本拠地なのだから当然といえば当然だが。
 だが、誰がサムライで誰がニンジャなのかは当人以外は殆ど知ることはない。
 銀河連邦の公式データベース上から依頼の受発注があるだけだ。
 サムライは私のように顧客が知っていることもあるのだが、ニンジャに関しては全くの未知、誰もその正体を知らない。
 そもそもこの惑星が本拠地なのかもわからないままだ、機械改造されたサイバーニンジャなどは地球に来られないはずだから、恐らく他にも支部はあるはずだが。
 まあ、それらを探った奴は生きては帰ってこないので、関わらない方が無難だろう。
ポッドの仕組みが書いてある冊子がおいてあったが、広告通り100%安全かはわからないままだった。
 失敗したら粉々になるわけだが、大丈夫だと言い聞かせるしかない。
「何だよ先生、怖いのかい?」
 科学技術は持ち込めない、持ち込んだところで使えなくなってしまうので、ジャックは携帯端末ごと預けることになった。
 いい気なものだ。私と違って安全圏から高みの見物とは。
 羨ましい奴だ。
 私は地球を指さして、
「こんな高いところから落ちるんだぞ」
 強化合成ガラス越しに見ても、なんだか地球に吸い寄せられそうだった。
 落ちる、と言うよりも、強い引力に引き寄せられる・・・・・・その引力の強さに潰されないかがとても気になった。
 なんだか地球に呼ばれているみたいで、ぞっとしない気分になる。
 ジャックは関係ないからか、げらげらと笑う。
 帰ってきたら覚えていろよ。
 お前が電脳上のアイドルに入れ込んでいるのは知っているのだ。
 目の前でサインを燃やしてやるからな。
「そう怖い顔するなよ、悪かったって。あとサインは燃やさないでくれ、立ち直れなくなるぞそんなことされたら」
 言って、笑いをこらえるジャック。
 AIが立ち直れなくなる姿は若干見てみたくもなかったが、まあ、今後の働き次第ではやめておいてやろう
「ふん、それでは行ってくるとしよう」
 言って、携帯端末ごとジャックを人間の従業員(あまりに珍しいものだから、サインをもらいそうになった。控えたが)へ預け、私は足を進めた。
 預ける直前、ジャックにこれから行く旧日本には、裸で戦って土俵から出たら負けという国技があったという話をしたら、急についてこようとしたのでかなり対応に困った。
 だいぶ想像がずれている気がする。
 私の知る限り人間の作家は少なく、その中に背の低い変態ロリコン作家がいるのだが、その男にしろジャックにしろ、どういう思考回路をしているのだろう?
 変態性はAIにも人間にも国境はないらしい、嫌な話だった。
 馬鹿共のくだらない話はさておき、さっさとこの仕事を終わらせたい。作家としての収入は雀の涙だ。
 金はいくらあっても困らない
 早いところサムライとしての仕事を終わらせ、何処かにバカンスにでも行きたい。
 せかす気持ちがあるとはいえ、ポッドの射出準備に若干の準備を必要としたため、気持ちを落ち着かせるためにも、お土産コーナーをぶらつくことにした。
 そして、偶然見つけた和菓子、なるものに興味を引かれ、ひとつふたつ試食してみることにした。
 なんとも不思議な味だ。
 甘いのだが、それでいてしつこくなく、なんだかさっぱりした飲み物が欲しくなる。
 しかし、やはり地球で食べた和菓子と比べると味は薄く、何度も食べたいとは思わない。
 この中継用テーションにはいろいろな人間が入るが、お互いを詮索するようなマナー違反はしないのが暗黙のルールだ。
 ありがたい話だった。
 指を指されておのぼりさん扱いなんて受けたくもないしな。
 まあ、ここにいる以上サムライや、ニンジャの関係者かもしれないのだ、誰だって厄介ごとには率先して関わろうとは思わない。
 このまま物色していきたいところだが、珍しい物が沢山あるとはいえ、遊びに来たわけではないのだ。
 ふらついているだけというわけにもいかない。
 だから必要な物をいくつか買い込んでおかなければならないだろう。
 基本的なサバイバル用品と非常食を買い込み、テント(大昔の臨時住宅だ)の設営マニュアルと良さそうな本体を買い、私の革製鞄の中へ収納した。
 このくらいの準備はあっても困らないだろうと言う考えだ。
 使わないかもしれないが、非常時にあって困ることもない。
 いつだって地球の依頼主に会いに行くのは命賭けだ。
 地球の依頼主なんて一人しかいないが。
 侍の総元締めのその女・・・・・・私は女、とかあの女、といった呼び方しかしないので、詳しいことはなにも知らない。
 いや、分かるわけもないと言うべきか。
 恐らくは妖怪変化のようなものと勝手に解釈している。
 雰囲気からして人間では無いのだが・・・・・・アンドロイドが地球にいるはずもなく、そのくせオカルトな一品を広め、私にサムライとしての能力を与えた女。
 正体を考えるだけ無駄だろう。あまり意味のないことだ。
 オカルト、というのは考えても科学で解明しようとしても、絶対に解明できないからオカルト、と呼ばれるのだ。
 つまり原理がどうだのと考えるだけ、時間の無駄にしかならない。
 必要になったら考えるが、今は必要ないだろう・・・・・・もっとも、必要に応じて考えたところで、やはり答えは出ないと思うが。
 そもそも、作家としての仕事がうまくいっていれば、こんな危ない橋を渡る必要はないのだが、いかんせん作家は儲からないというのは大昔から変わらない。
 儲からない仕事を仕事と呼べるのかどうかは疑問でしかないが。
 そういう意味では、私の本業はサムライなのかもしれない・・・・・・危険な仕事ばかり多く、なにより理由もよく考えずに、依頼主の意向に従って、邪魔者を消す、始末する。
 これはこれでほとんどただの殺し屋みたいなものであり、殺し屋は職業として公には認められていないので、法的には私は作家だが。
 まあどうでもいい話だ。
 金になれば。
 いっそのこと金を使ってアンドロイドでも一体買おうか、などと思ったが、アンドロイドが自主性、創造性を得てからは「雇用」という言い方をするらしい。
 何でもいいが、賃上げ要求をされながらアンドロイドと言い合うのは疲れるし、ただでさえ手間のかかる相棒がいるのだ。
 残念だがやめておこう。
 買い物をしながらこんな物騒な仕事を何故やらなければならないのかと思わなくもない。
 まあ、報酬がよいので結局依頼を受けには行くのだが。
 鉄製のサバイバルナイフ、も売っていたが、これは必要無い。私の魂に密着している物の方が切れ味はよいし、重さも0だ。
 この便利な幽霊の日本刀、もあの女から依頼を受ける代わりに貰ったものだ。オカルト、とでも言えばよいのか。まあこの幽霊の日本刀に関しては女に会ってからまた考えよう。
 準備もできたし、後は息を整えるだけ整えてポッドにはいるだけだ。
 なんだか蓑虫とかいう地球産の昆虫みたいだ。と思いながら信者でも無いのに神頼みのためお祈りをしながら音速で私は地球に向けて落下して、いや地球の重力に引きつけられていった。

 これから会う女が、もしかしたら正真正銘の神かもしれないことを考えると、何とも意味のない行為ではあるのだが。

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